126話 言いたかった言葉
よろしくお願い致します。
───
──ふと目が覚める。
いや、そもそも眠れていたのか……。
薄く目を開けた俺の耳に、パチッ、パチッと、焚き火のはぜる音が聞こえてくる。
………。
俺は横でひとつの毛布を一緒に被って眠っているコリィを、起こさないようにゆっくりと上半身を起こした。
少し離れた場所でひとつの毛布に、身を寄せ合って眠っているキリアとクリスティーナの姿が見受けられる。
そして──
開いた穴の入り口の前で、炊かれている焚き火の傍らであぐらをかき、身体に何処から取り出したのか、大きめの黒いマントを羽織っているレオンの後ろ姿が目に入ってきた。
……ずっと、火の番をしてくれてたのかな……。
そんな風に考えながらも、明日からの事を考えて、少しでも眠っておかないと……そう思い、俺は再び寝転がる……。
目を閉じて……眠ろうと頭をカラッポに……そうがんばってみる───
──だが、やっぱり眠れなかった……。
………。
ふと、穴の入り口から覗く夜の空を見る。
良く晴れ、たくさんの星が綺麗な輝きを放っていた。
──そうだ。夜空を見に行こう……。
───
そして俺は再びコリィを起こさないように起き、立ち上がった。次に地面に置いていたフード付きのマントを身に纏い、穴の入り口の方へと歩き出す。
パチッ、パチッと、はぜる音が近くなる──それともうひとつ、シャッシャッシャッという音も聞こえてきた。
これは──摩擦音?
その音を立てているレオンの方へと目を向ける。そして確認できる彼の後ろ姿……。
どうやら自身の愛用の長剣。それの手入れをしているようだ。後ろからでも僅かに見えてくる、手に持つ携帯用の白い砥石。それで長剣を研ぐ作業を続けている。
──シャッシャッシャッ─
……何か一心不乱に手入れしてるな。そもそもレオンの剣って、何とかっていう名剣とかって、キリアが言ってなかったっけ、砥石が無駄になるだけなんじゃ……必要あんのかな?
──シャッシャッシャッ─
……ま、まあ、いいか……。
───
「……デュオ、どうした。眠れぬのか?」
気配を感じたレオンが、顔を僅かに振り向かせ、静かな声で問い掛けてくる。
「うん、ちょっと眠くなるまで散歩してくる。直ぐに帰って来るから……」
「了承した……余り遠くへと行くな。それと、できれば睡眠は充分にとっておけ」
「うん、分かった」
俺は入り口から出て行き、外へと向かう。そして振り返らず、手を上げレオンに合図をした。
─────
いくらか歩き続け、頭上を見上げる。
──あそこからなら、良く見えそうだな……。
そして俺はその見上げた崖上へと、連続で跳躍し、駆け上がった。
頂上へと辿り着き、俺は天を見上げる──
そこは予想以上の大パノラマが広がっていた。
俺の周囲を遮る他の障害物が一切なく、その足元まで一面、無数の星が煌めく夜の空が広がっていた──
「うわっ、すっげぇ……綺麗だ……」
──俺はこうやって、星空を眺めるのが大好きだ──
……いつからだろう? “剣”になる前から? いや、もしかしたらこの世界に来る前から……?
でも、そうだな……今はそんな事はどうだっていい。
──ただ、こうやって星空を眺めていると、沸き上がってくるワクワクとした好奇心に身を焦がす……そして同時に切なくもなる──
「………」
今日という夜。俺が何故眠れないのか? その理由は分かっている。それは──
“ある人物に言いたかった事、それをまだ言ってなかった”から──だから、敢えてこんな時に、俺はこんな場所へとやって来たんだ。
─────
そして、やがてその“人物”が俺に対して声を発してきた。
『わあ~~! すっごい場所だね、辺り一面輝く星がいっぱい……綺麗……』
『ノエル、ごめん。起こしちゃったか?』
『ふふっ、そりゃこんな所にきたら目も覚めるよ。それにしてもアルって、本当に星を眺めるの好きだよね?』
『まあね……』
『……なんでこんな時に? 眠れなかったの?』
『ん~……そうかな? うん。眠れなかったから、何となく……』
『……そっか、同じだね。実は私も今晩、全然寝付けなかったんだ……』
………。
『……えっと』
『……あの』
ふたりほぼ同時に念話の声が重なった。
『えっ……いや、じゃあ、アルから言って……』
……いや、まあ、ノエルがそう言うのなら……
『……え~っと、あれだ。今更だけど……久しぶり、元気にしてたか?』
『………』
──んん??
『……ぷっ……あはっ、あはははははっ!』
『なんでソコで笑う! 笑うようなトコじゃないんですけどっ!!』
『あはははっ……いや、ごめんっ、ただ私もね。考えてたの、アルとまた再会した時になんて言おうかなって──さっきの、アレ。私も最初に思い付いたダメなやつだったから、それで可笑しくて、つい……ホントごめん……くすっ』
『─って、まだ笑ってるじゃん! 一体どこがダメだったんだ?』
『だって、普通じゃない? ありきたり?』
『……言われてみれば、確かにありきたりだな……』
『でもさ……こういうのって、なんか私達らしいよね?』
『……そうだな、俺達らしいな』
そして俺は言う──“言いたかった言葉”を──
─────
『“ただいま、ノエル”──』
『──“お帰りなさい、アル”』
─────
再び夜の空を見上げる──目に入ってくる無数の煌めく星達。
そんな素晴らしい景色を彼女と共感できるように、俺はくるりと身体を回転させた。
再びノエルの口から、感嘆の声が漏れる。
『うわぁ~、本当に綺麗な星空……』
俺は身体の回転を止め、夜空を見上げたまま、彼女に話し掛ける。
『ノエルはさ、夜空の星を見て何を感じる?』
『えっ……素敵、綺麗、神秘的……後は見ていると心が落ち着く、癒される……そんな感じかな?』
『まあ、皆そう言うし、普通はそう感じるんだろうな……』
『……アルは違うの?』
『……この夜空に煌めくたくさんの星──四大精霊が世界を創り出した時に散らばった、精霊の欠片とも言われているし、神様っていう架空の存在が、ただの闇であった夜の空を美しく彩る為に、散りばめた宝石とも言われてる……だけど、俺はどれも違うと思うんだ』
俺は夜空に向け、両手を大きく広げながら言葉を続ける。
『輝く無数の星達──そのひとつひとつに、それぞれ異なる世界が広がっていると思うんだ。それは今、俺達がいるこの世界と同じような世界なのかも知れない。あるいは、人間が存在しない世界だってあるかも知れない……いや、生命や精霊といった者達が全く存在しない世界だって──』
『?──アル……』
『……輝いているたくさんの星。きっと、その数のたくさんの世界が、この空の上に広がっているんだ……俺はそう感じている。ノエル、俺がもう一度、身体を回転させてみせるから、今度はそう考えながら夜空に広がる星達を眺めて見てくれる?』
『うん、分かった』
───
そして俺は、もう一度夜空を見上げながら、先程よりも速度を緩め、ゆっくりと身体を回転させた──続けて、二回転、三回転と星空の空間を舞うように回転し続ける。
──俺達の周りを、包み込むような星の世界が展開されていく──
───
『──うっわあああぁぁ~~っ……何これ……凄い! まるで迫って来てるみたい……』
さっきとは違い、驚きの声を漏らすノエル。
俺は身体を止めてから、彼女に問い掛ける。
『どうだった?』
『え~っとね、上手く言い表せないんだけど、とにかくすっごいのっ! ただ綺麗だなって、感じてただけの星達。その存在が強く感じられて……あれってどう言ったらいいのかな? 星達が発してくる圧? いや、生命力?……とにかく、たくさんのそれが、私に向かって迫って来るように感じられて……』
『……うん』
『星空って、綺麗ってだけ感じるものだと思ってたのに……感じる圧倒感──私、思わず震えちゃった……凄いっ、凄いよ!! 考え方ひとつでこうも感じ方が変わるんだ!』
興奮の声で彼女はそう答えてくる。
『そっか。アルって、いつもこんな風に感じて星空を眺めてたんだねっ!』
興奮したままで声を上げるノエルに対し、俺は静かな声で答える。
『……俺はこの剣の姿になる以前の記憶は、全て失ってしまったけど──俺が何かを達成や成功させ、喜びを感じた時、星空を眺めて自分がそれに傲らないように戒めた。何かがあって、悩み、悲しみ、落ち込んだ時も、星空を眺めてそれはちっぽけな事なんだと、自分を元気付けた……だって、星空に無数に輝く星の数だけ世界があるんだから──』
『……アル?』
『……それと同時に沸き上がる、この広がる無数の世界を体験したいと感じる好奇心……その事がおそらく叶わない願いだという事から、生じる切なさと虚しさ……ただ俺はいつもこうやって、星空を見上げていたと思う……そんな気がするんだ……』
そして俺は星空へと右手を伸ばした。星を掴み取るように──
『アル……?』
『……“剣”である俺の世界の星はどれなんだろう……? この広がっている夜空の中にあるのかな? いや、もしかしたら、目に入ってさえこない場所で、何処かにあるのか……?』
──ああ、俺はどういう存在なんだ、俺の本当の居場所は──
『──そんな事ないっ!! だって、アルは──あっ………ううん……』
ノエルが急に大声で叫ぶ──だが、その声は途中で止まってしまった。
『……どうだっていいんじゃないかな……?』
『えっ?』
続けて感情を押し殺したような声で、彼女は呟いた。その声に反応し、俺は伸ばしていた手を下ろす。
『アルが剣であっても、何処か違う世界からやってきたとしても、“今のあなたはここにいる”──フォリーさんやレオンハルトさん……この世界の色んな人達がアル、あなたの事を必要としている。だから……今はアルが何者かなんて、そんなの、どうだっていいんじゃないかな……?』
『……ノエル』
頭の中にノエルの顔が思い浮かぶ──
『それに私だって、“ずっと一緒にいる”──そう契約したよね?……ううん、ずっと一緒にいたい……だから、アルの居場所はここだよ……』
そんなノエルの言葉に、俺は、ハッと我にかえる──ちょっと感傷的になっていたのかも知れない。
確かに彼女の言う通り、俺自身、今は何者であるのか、それは未だに分からない──が、少なくともこの世界でするべき自身の『目的』が今の俺にはある!
『そうだな……ノエルの言う通りだ。俺の居場所は“ここ”だ──ありがとな、ノエル』
『いいえ、どういたしまして──えっへん!!』
『おおっ、出たなっ……お得意の決め台詞!!』
『へへんっ……えっへん!!』
『うおっ、まさかの二連続っ!!』
───
そして後、しばらくの間、俺達はその場で星空を眺めるのだった。
───
………。
『………えっへん!!』
『……いや、さすがにもういい加減、しつこいわっ……』
『ちぇっ、つまんないの……えへへ』