125話 お休みなさい
よろしくお願い致します。
キリアからの視線から逃れるように、身体自体まで横を向き、逸らすレオン。一方のキリアは、組んだ手を胸の前に当て、潤んだ情熱的な眼差しでレオンの事を見つめていた。
──何だかんだ言って結局、レオンって、キリアには弱いんだよな……。
『ねぇ、アル。レオンハルトさんとキリアさんて夫婦なの?』
ノエルの問い掛けの声が聞こえてきた。それに対して俺は、自信満々の声で返事を返す。
『全くもって知らん──ノエルはどう思う? レオンとキリアさんって、夫婦に見えるか?』
『質問に質問で返さないでよ──でも、そうだね。表現の度合いは全然違うけど、互いに想い合っているのは間違いないね……』
『ふ~ん、そんなもんなのかね。俺にはさっぱり分からん……』
そんな俺の言葉に、ノエルは突然笑い出した。
『──あははははっ! うんうんその答え、やっぱりアルだねっ』
……何かバカにされている気がしないでもないが……。
まあ、いいか。
そしてコリィが、レオン達の上げた言葉の返答となる声を発した。
「はい! 僕の方こそ是非よろしくお願い致します。僕達の反乱軍に加わって頂ける事、とても心強く思います。だけど……正式に反乱軍に加わって貰える返答は少し、待って貰えませんか?」
言いながらコリィは、キリアの腕の中で眠るクリスティーナへと目を向ける。
「我が小さな反乱軍の参謀──クリスティーナさんが、まだ眠ったままなので……」
申し訳なさそうな口調で、コリィは顔をうつ向かせながら言う。
「いや、コリィ王子、お前のその見解は正しい……そうだな。この件に関しては、彼が気付いてからの事としよう……しかし、クリスティーナ──ふむ……」
あごに手を当て、何かを思案するような仕草をするレオン。そして──
「“クリスティーナ”……彼は火の寺院の長で、火の大精霊を『守護する者』、確かそうだな? 何処かで見た顔だと思っていたのだ」
コリィは軽く頷き、それに答える。
「はい。レオンさんの言う通りです。クリスさんは『守護する者』、火の寺院の長、その“クリスティーナ”さんです」
「フフッ、そうか。ならば、なおさらの事、彼が気付くのを待たねばならんな」
そんなレオンの言葉に、コリィは不思議そうな表情で問い掛ける。
「それにしても、お詳しいんですね。大精霊を『守護する者』──もしかしてレオンさんは、それに対して全て知ってるのですか?」
レオンはコリィに顔を向け、答える。
「まあ、昔……といってもつい最近までの事だが、俺はそれに携わっていたからな。なので、その知識は充分に得てある。人を監視する為、人在らざる種族から選び出される『守護する者』──風の大精霊、エルフの中でも特別な存在であるハイエルフのフォステリア・ラエティティア──水の大精霊、かつての獣人族の王であった獣人のエリゴル・タランス──火の大精霊、竜人族の長である竜人クリスティーナ・ソレイユ──そして詳細は不明確だが、地の大精霊──種族不明のテラマテル──」
その時、俺は疑問に思った事を不意に口走っていた。
「白と黒……零の精霊を『守護する者』は?」
その問いに、一瞬目を見開いたレオンが俺の顔を捉えた。そして直ぐにいつもの静かな精悍と感じる面持ちに戻る。
「フッ、それはどうだろうな。“そんな存在がいるのかもな”──」
──??……んんっ、それはどういう……。
「それにしてもこの小さな反乱軍。そうそうたる面子だな。王子を救出どころか、国がひとつ簡単に滅びそうだ……」
レオンが呟くように言うその言葉に、コリィが怯えの表情で一歩、後退りをした。
それに気付いたレオンは言葉を付け加える。
「おっと、すまん、例えの話だ。戯れ言に過ぎんよ。意味もなく国を滅ぼす──そんな愚かな行為。俺はせんよ……それよりもだ。もう直ぐに日も沈む。主要人物も既にここに集まる事となった。今後の事は、クリスティーナが目を覚ますのを待つ事として、今日はこの場にて一夜を過ごそうと考えているのだが……何処か良い場所を探すとするか」
……うん? だったら、さっきコリィが隠れていた場所なんかいいんじゃないのかな。
「それだったら、ちょうど良い場所知ってるけど……」
そう言葉を発する俺。だが、自然とその後に言葉が続けて出てしまった。
「取りあえず、お腹減った……」
『……私も……』
◇◇◇
結局、その夜の食事はレオンが提供してくれた。
──お腹減った──
その俺の言葉を聞くなり、彼は無言で山岳の奥、山の中へと入って行く──そして再び姿を現したレオンの右手には、彼の手によって狩猟された一頭の大きな野鹿が引きづられていた。
やがて、同じく彼の手によって狩猟された獲物が、皮、肉、骨へと手慣れた手付きで解体されていった。ちなみに解体に使用しているのは、勿論、腰にある彼の愛用の剣ではない。
こういった事態に備えて、身体の何処かに解体用の刃物を忍ばせていたようだ。
コリィが隠れていた岩壁の大穴の前で火を起こし、焚き火を炊く──その周りに並べられる木串に刺されたたくさんの鹿肉。
味付けはキリアさんが担当したようだった。
「凄くいい匂い……美味そう。調味料なんて何処に持ってんの?」
「それはですね──あそこです」
俺の問いに、彼女は自身が乗ってきた愛馬を指差した。
成る程、自分の馬に緊急事態に備えて、色々と携帯している訳なんだな……さすが良くできた奥さん。
─────
そして皆で味わう外での食事。
キリアの味付けも絶妙で、とても美味かった──ただ、こういった場面では、必要以上にテンションが高くなるノエル。そんな彼女の様子が、少し大人しいのが気になり、俺は念話で話し掛ける。
『ノエル、どうした? 何か少し元気がないみたいだけど……』
『──えっ……いや、ちょっとね……クリス君が、ずっと眠ったままなのが気になっちゃって……』
そんな彼女の言葉に、俺達の後方でキリアが用意した毛布にくるまって眠っているクリスティーナの姿を、チラッと見た。
俺の目に美しい、到底男とは思えない安らかな寝顔が確認できる。
キリアが言うには、回復に時間が掛かっているのは、一時的に大量の魔力を失った。その影響で身体の快復に遅れが生じているのだろうという事だった。それと、それもおそらくは一晩眠れば、意識が戻るまで快復するだろうとも言っていた。だから──
『大丈夫だよ。クリスティーナは、ノエルがちゃんと守ったんだろう? だから、きっと明日になれば快復してるさ』
『……うん、そうだね……それもそうだけど、アル──』
『えっ、何?』
『さっきも言ったけど、クリス君の事、クリスティーナって呼んじゃダメだよ。ちゃんと言った通り、クリスって略して呼んであげてね?』
『へいへい』
『何、そのやる気のない返事……ただでさえあの子、何か妙な所で勘が鋭いんだから。それにさっきのコリィ君の件もあるし……あぁ~、でもやっぱり分かっちゃうよね。デュオの中に、私とアル。ふたりがいるって事に……はあ~……』
──そうなのだ。ノエルの言う通り、さっきコリィに俺は問い掛けられたのだった。
─────
「……デュオさん。その目、どうかしたんですか? 右目が赤い……大丈夫なんですか……?」
「へっ? あ、ああ、大丈夫! 心配しなくていいよ。これが私の本来の目だから、今までのは、その……ちょっと調子が悪かっただけだから。むしろ今のこれ──オッドアイっていうんだけど、この時の方が絶好調だから!」
「……なら良いのですけど……」
─────
…………。
『もう成り行き任せでいいんじゃない?』
『えっ、それってどういう事?』
俺の念話の声に、ノエルが問い返してくる。
『俺達がデュオになってから、初めて別れてしまった。その時のお前が中身のデュオ──そんな存在が、今回色んな人と出会い、関わりを持った。これによって生じた今、俺達が頭を悩ませているこの問題も、普通だったら絶対に経験できない事だ──何かこう、ワクワクしない? 未知なる体験をしているみたいでさぁ、もっと楽しまなくっちゃ──』
そんな俺の言葉に、ノエルがつく深いため息の音が頭の中に聞こえてくる。
『はあ~~。アルって、本当にそういうの好きだよね?……まあ、そこが良い所のひとつでもあるんだけど……』
『それにさ、もうフォリーやレオンには、俺達デュオの中に実はふたりいるっていう事実はもうバレてるしな……まあ、もう開き直って、成り行き任せで気楽にいくって事でっ!』
『………』
『うん? どうしたノエル?』
『……ああぁぁーーっ!! そういえばこの場にフォリーさんがいない! アルは知らないの? フォリーさんは何処? 無事なのっ!?』
『──うぐっ、だから念話とはいえ声がでかいってばっ!……え~っと、レオンが言うにはデュオ。すなわち俺達を探し出した後、俺達が崖下から落とされたあの場所で落ち合う約束をしてたらしい……まあ、結局の所、俺達ふたり、完全なデュオ・エタニティが、探していたレオンと会う事になったのが、今っていう訳になってしまったんだけど』
『……っていう事は、フォリーさんは……?』
『大丈夫だよ。フォリーの事だ。きっと俺達が向かう場所へ彼女も向かってくる筈……近い内にまた必ず会えるよ』
『……確かにそうだね。あのフォリーさんだもんね……』
………。
『とにかくまた明日、クリスティーナの目が覚めてからこれからの事を考えよう。今日はもう疲れただろう? 特にお前の方が……だから、今夜は何も考えずに寝よう』
『クリスティーナじゃなくって、クリスね。でも……うん、そうだね。アルの言う通り、今夜はもう何も考えないで眠るよ……』
─────
そして夜が更け、岩壁の大穴の中、俺達はキリアが用意してくれた毛布にくるまって横たわった。同じ毛布の中には俺の腕の中で抱かれたコリィの姿もある。
「……すぅーっすぅーっ……う、う~ん……アレン……兄ちゃん……すぅーっすぅーっ……」
『ふふっ、コリィ君、良く眠ってる。よっぽど疲れてたんだね』
『……まあ、無理もないさ』
『うふっ、こうやってアルを感じながら眠るのって久しぶり──私も寝るね』
『ああ、お休みノエル──』
『お休みなさい、アル──』
─────
そして俺は、しばらくの微睡みに落ちていった。




