124話 小さな反乱軍の新参者
よろしくお願い致します。
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「………」
先程行われた戦闘……いや、あれは一方的な“殺戮”だったのかも知れない──それを終えた俺は、その場でただ、立ち尽くしていた。
今の俺の心で感じるのは『虚無感』それのみだ……。
右手にある魔剣、それが持つ力の全てを自らの身体に注ぎ込まれた状態。
『両目紅眼』──その時の俺の力は、自身の予想を遥かに上回る強大……いや、絶大かつ絶対的な力だった。
自身が下した意思の命令を、身体が信じられない速度で反応を示し、それに応じて信じられない速度で動いた──その時、剣の斬撃もおそらくは脅威的な力となっていた事だろう。
ただ、それを実感するまでには至らなかった。それは……
──余りに脆く、敵となる者の身体が破壊される事となったから──
そして俺の目の前で次々と刻まれ、存在をなくしていく黒い怪物達。
その時に俺の中にあった感情は、正でも負でもなく、ただの『無』だった……。
そんな中、唯一強く感じられた事は──
“全ての力を吸収し、取り込み、魔剣の持つ力をより強大にする”
それだけが自らがするべき行動だと感じ取れた……。
「………」
……この剣は……俺は一体、何なのだろう? 何を求めているのだろうか? 正も負も“感情”そのものが関係ない……“剣の力を強くする”──それだけが本来の俺の目的なのか……?
『……アル、どうかしたの?……大丈夫?』
不意に心の中で久しぶりと感じる聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ノエル、気付いたのか?」
『うん……ごめんね。私、気失っちゃってて……もう終わったんだね……?』
「……ああ」
『アル、声に出ちゃってるよ。念話っ念話っ──くすっ』
『ぐふっ……す、すまん』
久しぶりのやり取りに心が和む。
『それにしてもアルはやっぱり強いね……それに比べて私なんて、全然強くなれなかった……何も守れなかったよ。私も強くなりたい──ずっと、そう思ってたのに……』
『そんな事ないさ』
『──えっ……?』
『俺がお前と入れ替わった時、ノエル、お前は深い傷を受け、身体中ボロボロだった。激しい痛みも感じた。それでも倒れず立っていた。それに近くで倒れていた女の子、お前はその子の事を守ろうと、必死になってがんばってたんだろう?……ノエルは凄く強いよ、本当に強くなった。大丈夫、心配すんな。お前も充分に“デュオ・エタニティ”だよ』
『……ありがとう。アルに……アルにそう言って貰えたなら、私……う、嬉しいよ……アル……』
──むぐっ!
……なんか妙に苦手な雰囲気になりつつあるような……そ、そうだ!
『そ、そういえばさ、一緒にいた女の子って、一体誰なんだ? 一応俺も治癒を施して、今は見るにどうやらキリアさんが、後を引き継いで治癒をやってくれてるみたいだけど……』
『!?えっ──忘れてた……あーーっ! 私ってバカあぁーーっ!! クリス君、クリス君は無事なのっ!』
『──おわっ、声でかっ!! いくら念話とはいえびっくりするわっ!……え~っと、大丈夫。心配ない無事だよ──って、んんっ??』
『ご、ごめん……そっか、良かった──って、んんっ??』
『“クリス君”って誰!?』
『“キリアさん”って誰!?』
……そう言えばお互いの事情の説明まだだった……。
─────
そして俺達は、別れてから今までにあった互いの事柄を説明し合った。次にレオンがいる場所に目を向け、順に視線を送った。
『ノエルも知ってると思うけど、黒い髪を束ねた剣士の人が、今は味方となったかつてのミッドガ・ダル王、レオンハルト。その隣で女の子を抱いて座っている女の人がキリアさんだ』
それに続き、今度はノエルが答える。
『そのキリアさんっていう人に抱かれているのがフォリーさんが言ってた、火の大精霊の『守護する者』、クリスティーナ──クリス君。ちなみに言っとくけど、彼は女の子じゃなくてれっきとした男の子だよ……多分、信じられないかも知れない……ケド』
『へっ──嘘だろ……??』
あの時、見た顔はとてもじゃないが男とは思えなかったが……そう考えていた時、突然再び俺の頭の中でノエルの大絶叫が響く。
『ああーーっ! コリィ君の事もすっかり忘れてたぁーーっ! わあぁ~~んっ、私の大バカ者おぉーーっ!!』
『──うおっ、だから声がでかいってば!! それより一体どうしたんだ!?』
『コリィ君っていう子なんだけど、さっきの戦いに巻き込まれないように、岩壁に穴を作ってそこに隠れて貰ってるの……早く助け出さなくっちゃ!』
『何処なんだ?』
『案内する。早く出してあげてっ』
そして俺はノエルの指示に従い、その方向へ向かって駆け出す──途中、不意に動き出した俺に向かい、レオンが声を掛けてきた。
「どうしたデュオ、何かあったか?」
顔を向け、こちらへと歩き出そうとするレオン。その隣で座り込み、クリスティーナを抱き抱えているキリア。俺に視線を向けてくるふたりの姿が目に入ってくる。
「大丈夫、特に何でもない。ただちょっと探し物をさ……見付けて直ぐに帰ってくるから心配しなくていい」
「……了承した。力が必要ならば呼べ」
「ありがとう」
レオンに礼の言葉を言い、俺達はその場所に向かった。
─────
『──ここっ、ここだよ!……コリィ君、大丈夫かな……?』
そして目的の場所に辿り着き、ノエルがその旨を伝える声を上げた。
俺は視界に入ってきた目の前にある巨大な岩を見つめる。
……なんちゅうでっけえ岩! 動くかな? 取りあえずやってみるか。
「──ふんぬっ!!」
気合いの掛け声と共に、巨大な岩を両手で持ち上げ、横へとぶん投げる──思ってたよりも軽く感じられたそれは、横に宙高く放り出された。
……気合いの声、全く必要なかったな……。
そして俺の目にひとりの小さな男の子の姿が入ってきた。
岩壁に作られた大穴。薄暗いその中で、目に涙を溜め、泣き出す事を必死に耐えるように両手で自身の肩を回すように抱いていた。そんな男の子の目が、俺の姿を捉えた瞬間、緊張の糸が切れたように両目から涙が溢れ出す。
そして男の子は泣きながら俺の胸の中へと飛び込んできた。
「──デュオさんっ!!」
「うおっ──どうした!?」
突然抱き付かれ戸惑う俺にノエルが声を掛けてくる。
『……コリィ君。無事で本当に良かった……アル、抱き締めてあげて……』
『えっ、なんて?』
『その子の事、やさしく抱き締めてあげて……』
『ん、ああ……』
ノエルの声に答え、俺は抱き付いてくる男の子の背中に手を回し、包み込むようにやさしく身体を抱き返してやった。
トクン、トクンと命の鼓動が伝わってくる。
「……うっ、うぐ……デュオさん、無事で良かった……ぐすっ、本当に……僕、ずっと祈ってました……」
「………」
「ぐすっ……デュオさん、クリスさん。ふたりが必ず無事でいられますようにって……ずっと、ずっと祈ってました……」
……そうか、この子も戦ってたんだな。この小さな身体で暗いとこ、ひとりっきり……ずっと戦ってたんだな。
「良くがんばったな……」
そう呟きながら俺は、男の子、コリィの頭を撫でてやる。
『……コリィ君』
そしてしばらくの間、この状態のまま時が過ぎた。
「コリィ、もう大丈夫か?」
「……はい、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうか、じゃあ行こうか」
─────
俺はコリィの手を引き、レオン達が待つ場所へと戻った。
そんな俺の姿を確認したふたりの元へと、近付いて行く。
「戻ったか……で、その子供は?」
レオンが俺に問い掛けてくる。
……さて、どう答えたもんかな? 俺も詳しくは知らないんだよな。ノエルに聞いてみるか……。
『ノエル、あのさ──』
『アル、あのね──』
彼女も同じように考えていたのだろう。念話の声が重なった。そんな時──
「僕の名はコリィ。ノースデイ王国、第二王子のコリィ・ジ・ノースデイと言います」
俺と繋いでいた手を離し、一歩前に踏み出して、力強くそう答えるコリィ。
「……それは本当か?」
表情を変えずにレオンが問い返す。
「はい、本当です。そして僕はデュオさんと、そこの女の人に抱かれているクリスさんと一緒に、兄さん──ノースデイ王国、第一王子アレンを助け出す為に、王都バールに向かっています」
思いがけない力強い声に、俺も横にいるコリィの顔に視線を向けた。
「僕達三人はアレン王子救出の為の反乱を起こします。小さな王子の小さな反乱──僕はその小さな反乱軍のリーダーです!」
先程まで俺の腕の中で泣きじゃくっていた小さな男の子。そんな子供が今、同じ人物とは思えない毅然とした態度で、そう言葉を放った。
小さな子供が放つ、姿にそぐわないその気迫に気圧され、少しの間、静寂となった──やがて
「──フッ、ふははははっ」
静寂と感じた時を破ったのはレオンが上げる静かな笑い声だった。
「……むっ、すまん。思わず笑い声が漏れてしまった。久しく愉快と思えたのでな──おっと、勘違いをするな。お前の事を侮辱している訳ではない」
レオンが笑い声を上げるなんて、珍しい事もあるもんだな……ってか、出会ってから見たの初めてじゃねぇか……。
ふと見ると、彼の隣で座っているキリアも、楽し気な小さい笑みを浮かべている。
「そうか、小さな反乱軍か──気に入った。是非俺も加えさせて頂こうか?」
レオンが上げる声に続き、キリアも手を上げる。
「では、私も是非参加させて頂きたく存じます」
その声に、レオンはキリアへと顔を向ける。
「キリア……お前のこの地での目的は達成されたのではないか? それに国境に自身の軍勢を待たせているのだろう。戻らなくていいのか?」
「国境に待機させている我が軍勢には、私が三日以内に戻らぬ場合、即刻本国に戻るよう、命を下しております。そして私の目的もレオンハルト様が申されるように、達成させるに至りました……ですが──」
彼女は自身が抱き抱え、静かに眠っているクリスティーナの綺麗な顔に視線を落とし、その頭をやさしく撫でる。
「私は“ミランダ”、それが理由でこの地を訪れた訳ですが、この地で新たな巡り会いを果たしました。こうやって今、頭を撫でているこの子、この国の勇敢な小さな王子、そして──異端の力を持つ漆黒の剣とその片割れであるオッドアイの少女──」
キリアは俺の方へと、一度視線を向け、直ぐにレオンへと戻す。そして次に視線を再び自身の腕の中にいるクリスティーナへと落とした。
「私はこの地で出会った人達が成そうとする事。それを見届けたく存じます……私はまだこの地を去りたくありません。それになにより、レオンハルト様。今しばらく貴方様のお傍にいたい──お許し願いますか……?」
真剣な眼差しでレオンを見つめながら、懇願するキリア。そんな彼女の視線に、一瞬目を逸らすレオン。
「……いいだろう、お前の好きにすればいいさ。だが、“この地で成そうとする事”、それが成されれば、お前は本国に戻れ。お前にはまだまだ、我が義弟達に力を貸してやって貰う事が多々ある──いいな?」
それを聞いた彼女の顔に静かに、それでも満面に喜びの笑みをパァッと咲かせた。
「──はい! 承知致しました。ありがとうございます。レオンハルト様!」
レオンはコホンと咳払いをひとつする。
「──ホンッ、え~っとあれだ。コリィ王子、自己紹介がまだだったな。俺はデュオに雇われている一介の剣士、名を“レオン”と言う。そして隣にいる彼女が──」
その言葉の続きを遮るように、キリアが声を上げる。
「その妻で名をキリアと申します! よろしくお願い致しますね、コリィ王子様」
美しいその顔にニッコリと微笑みを浮かべ、コリィに小さく頭を下げる。そして顔を上げ、今度はその視線をレオンの方へと向けた。
再びニコッと微笑み、自身の肩の方へと頭を少し傾ける。次に上目使いで、かつ悪戯っぽい口調で、彼女はレオンに対して言う。
「旦那様の方も改めてよろしくお願い致しますね!」
言いながら、尚も追い討ちで片目を閉じ、ウインクするキリア。
──普段のクールなイメージから、およそかけ離れた大胆なアプローチ。その破壊力は絶大だったのだろう。
さすがのレオンもそれに対し、完全に視線を外し、バツが悪そうに最早、顔自体もそっぽを向いていた……。
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──恐るべし! 粉砕皇女キリア・ジ・アストレイア! レオンのハートまでも粉砕させるとは!!──




