121話 火の一族の勇者、カマール・ダンディーノ
よろしくお願い致します。
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「フォステリア様! 左側は抑え込んでおりますが、我々が進む右側、未だ敵の勢いが衰えておりませぬっ、このままでは突破できませぬぞ!」
私の隣で馬を並走させているヤオが、声を上げた。
「ああ、言われられずとも分かっている!」
そう返事を返しながら、私は弓の弦を絞り、矢を放つ──それが遠方のノースデイ王国兵士の手甲に突き刺さった。
矢を受けて落馬する兵士──私は直ぐ様、背にある矢筒に手を伸ばす。
「──ちっ、空か……」
そして空の矢筒を外し、放り投げ、鞍の側面に取り付けてある予備の矢筒を取り、背に取り付けた──再び、矢を射る。
「──爆発!」
横の馬上で、ヤオが爆発の魔法を放つ。そして王国軍勢の中ではなく、前方で爆発が発生した──その爆音と爆風に巻き込まれ、何体かの騎馬が倒れたり、或いは馬の嘶く声と共に放り出されている。
そう、殺す為ではなく、威嚇の為に放った魔法だった。
前方で手に持つ武器を、各自振るう竜人戦士達、彼らもまた、兵士の急所は狙わずに武器を持つ手や腕などを狙い、攻撃していた。
そんな様子に目をやりながら、私は再び弓の弦を絞り、王国兵士の手甲を狙って矢を放った──
◇◇◇
火の寺院から六百余名の竜人族戦士達を率いて、我々はデュオとクリスの探索に向かった。
ちょっとした軍勢だ。
理由は三つある。
ひとつは人海戦術によってその効率を上げる為。ふたつめは我らが大人数で行動する事によって、デュオやクリスに私達、寺院の軍勢の存在に気付くのを容易にさせ、合流の確率の向上を図る為。そして残る3つめは我々に対応し、出撃した王国軍勢を迎え撃つ為。
今の現状は、その三つめの状況に遭遇していた。
──あれはデュオの探索を、分けたメンバーに指示を出していた時だったか……。
その時に、デュオ。彼女が発する強大な気配と紅い光を、私は確かに感じた。
……そうか、デュオ。やはりお前は無事なのだな。全く大した者だ。今、彼女の元にはレオンハルトが向かっている筈、彼ならばきっと……ならば、今の私がするべき事は──
そして私達、寺院の軍勢はクリスと合流する事を優先させる事にしたのだった。
進む先をアレン王子が捕らえられている牢獄のある、王都バールへと変更させる。
クリスは今は身を潜め、行方不明だが、いずれ自らの目的。その為にそこへと向かう事だろう。こうやって堂々と行進して行けば、途中で合流できる可能性も充分にあり得る。そう配慮しての行動だった。
そして我々、火の寺院軍勢は王都バールに向けて馬の足を進めたのだった。
────
その途中で姿を見せた王国軍勢と我らが鉢合わせする結果となった。
出現した王国軍勢の数、我々六百余名の約倍……千二、三百といった所か……。
だが、こちらは人間より優れた身体能力を持つ竜人の戦士。そして曲がりなりとはいえ、『守護する者』たる私もいる。
その数が、例え倍といえども我々が本気で当たれば、殲滅させる事は容易に可能だろう……だが、これもおそらくデュオの影響なのだろう。
今の私は、無駄に命を散らす行為は極力避けたかった……。
「軍勢を二つに分け、敵を抑え込み、その隙に乗じて中央突破だ!」
私は後から続く竜人族の軍勢に向けて号令の声を上げる。
「いいかっ、自身に危機が迫るその時以外は、無駄に命を奪うな! 戦う力を失わせるだけでいい、我々の目的は殺戮ではない! それを忘れるな!」
◇◇◇
「フォステリア様! 右側、我々前方の敵が、勢いを盛り返してきましたぞ!……これでは……最早、手加減している状況ではないかと……?」
ヤオの声に前方を見据える。
……確かに前方で展開している我々、竜人族軍勢の勢いが衰えているように感じた。
何か、敵軍勢に新しい力が加わったとでもいうのか……?
ヤオの言う通り、私の考えが甘いのは充分に承知の上だ。だが、それでもやはり、私はもう……。
デュオ。彼女だったら、こんな時。一体どうするのだろうか……?
………。
─────
私の頭に思い浮かぶは水の神殿での戦い。
デュオは仲間に気を配りながらも、自ら先頭に立ち、手に持つ漆黒の剣で道を切り開いていた──
そんな姿が思い浮かんでくる。
………。
「ふっ、そうだな。デュオ、お前はそういうやつだったな……」
私はそう呟きながら、手に持つ弓を背にある取り付け具に納め、腰にある刺突剣グロリアスを抜き取った。そして馬の横腹を蹴り、前方へと突出する。
次にグロリアスを天に掲げ、激となる声を上げた。
「私、フォステリアが道を切り開く! 皆は開かれた道に後から続け!」
精霊の刺突剣、グロリアスの力を解放させ、その細い刀身が青白い光を帯び始める。
それを構え、馬を駆った私が、前方で競り合う軍勢に今にもぶつかろうかとする、その時──
「──嫌ああああああぁぁぁーーっ!!」
突然、我が軍勢後方から大きな声……いや、奇声が轟き、その声を発した人物がぶつかり合う軍勢の方へと迫って行く姿が伺えた。
ひとつ疾走する馬、それに騎乗する隆々と盛り上がる筋肉を持つ見事な巨躯、そんな強靭な体躯にピッチリとした露出度の高い黒い革製の革鎧、それのみを身に付けている。
毛むくじゃらの太い生腕、生足……その手には何の武器も見受けられなかった。
黒い髪を後ろに撫で付け、青く目立つひげの剃り跡──ごつい顔の男だった。
ただ、奇妙な事にその顔は長い付け睫毛、濃い紫のアイシャドウ、それに真紅の艶やかな口紅……明らかに濃いと感じる化粧が施されていた……。
「嫌ああぁぁーーっ! やめてえぇぇーーっ! お願いだから近寄らないでえぇぇぇーーっ!!」
その奇妙な男は、馬を駆り、素手による平手打ちをブンッブンッと音を立てながら、周囲の敵に振り払うようにして繰り出していた。
そんな強力な平手打ちの前に、周囲の王国兵が複数吹き飛ばされる。
「な、何だ……こいつ……!?」
「──ひっ、ひえぇーーっ! 気色悪っ─ってか、怖えぇぇーーっ!!」
王国兵士達が恐怖の悲鳴を上げる……おそらくは違う意味での恐怖だろうが……。
「嫌だああぁぁーーっ! だ・か・ら──近寄らないでって言ってる……でしょおおおおおーーっ!!」
その奇妙な男は平手打ちで群がる敵兵を、張り倒し続けながら、単騎で駆け抜け、唖然としている私の前を通り過ぎる。
そして敵王国軍勢へと向かい、突き進んで行く。その道を開けるように左右に分かれる竜人族達。
やがて奇妙な男は敵軍勢に単身、突っ込んで行った。そして激しくぶつかり合う!
王国兵士達が、男の繰り出す目も止まらぬ平手打ちに、次々と叩かれ吹き飛ばされていく!
「もう……やだやだやだ!……嫌なのおおおぉぉーーっ!!」
男は大きな奇声の雄叫びを発しながら、強烈な攻撃……もとい、平手打ちの手を緩めない。
そんな男の手によって、王国兵士達はどんどんその数を減らしていく……だが、足元に転がる敵の王国兵士達は、そのほとんどが、痛みに呻き声を上げながらのたうち回っているのが確認できた。
……さ、さすが素手による平手打ち、纏った鎧を破損させる程の強力さだが、辛うじて命まで奪わぬか……いや、わざと手加減をしているのか……。
思わず妙な感嘆の声を心の中で発する私。
周囲からはその男に向けて、称賛の声が次々に上げられていた。
「さすが、カマさん! 持ってるモノが違う! かあーーっ、相変わらずゾクゾクするぜ!」
「ああ、完全にイッちまってる……今日も絶好調だな、カマ殿」
……カマさん? カマ殿? イッちまってる? 絶好調?……
「………」
私は隣にきたヤオに無感情な声で問いかける。もしやすれば、カタコトになっていたのかも知れない……。
「……ヤオ、あの生物は、一体何……なのだ……?」
ヤオの自信に満ちた声が返ってくる。
「あの者の名は、“カマール・ダンディーノ”──少し変わり者ですが、我が火の一族の中でも三本の指に入る猛者です」
カマール・ダンディーノか……少しどころか、強烈なインパクトを放っているのだが……。
「そ、そうなのか……?」
色々と理解不能なのだが……まずは彼のおかげで道は開けた。
私はグロリアスを前に突き出し、声を上げる。
「火の一族の勇者、カマール・ダンディーノ。彼の者が道を開いた! 我々も後に続くぞ!」
──“おおーーっ!!”──
そして私達は、開けたその道を駆る!
……しかし、あの者の名、“カマール・ダンディーノ”……名前からして奴は自らの人生を、どちらの道を突き進もうとしているのだ。
オカマ? ダンディ?
……まあ、今はこんな下らない疑問は置いておこう。
そう考えている間にも、何体かの王国兵士が、横から攻撃を仕掛けてくる。
私は向かってくる敵の手の甲や腕を狙い、グロリアスを突き立てながらカマールの後を追った。
やがて、私を先頭とする軍勢は、敵味方が入り交じり囲んでできた空間に辿り着いた。その中央に立つ馬に跨がった人影──
赤黒い髪に仮面を付けた顔、見慣れた黒い鎧を身に纏い、手に長槍を持つ姿。あの時、デュオが崖下に落とされる事になった戦いに於いて、交戦したふたりの仮面の男。
──そのひとりだった。
そんな仮面の男が馬上で待ち受ける場所へと、カマールが一足早く辿り着く。
「あら、何かしら……貴方、只者じゃないわね……?」
カマールが仮面の男に向かい、声を発する。
「でも貴方、あたし好みのいい男ね。仮面で顔は見えないけれど……感じるわ。貴方から発せられる強力な力を……」
仮面の男は、無言のまま体勢を崩さない。
「……いいわっ、いいのよっ! 感じる……ビンビンに感じちゃう!!」
カマールは自らの両腕を身体を抱くように回した。そして身悶えるように、怪しい動きでクネクネと身体を揺らし始める。
「あはん──エクスタシーぃんっ!!」
厚化粧の巨漢がそう声を漏らした……。
……むう、正直、直視に耐えられん……あの生き物、どうにかならんのか……。
すると突然、カマールは姿勢を正し、いつの間に現れたのか、自身の横に馬上で並ぶ何故か戦場だというのに黒い燕尾服姿の男に向かい、声を上げた。
「セバッスチャン! あたしの得物をお出しっ!!」
「──はっ、カマ様!」
そして執事のような男から受け取った武器を、手にして構えた。
「うふふふふ──強い男は大好きよぉ~、だから、あたしも失礼のないように全力でイカせて貰うわね──っていうか、イカせて頂戴。あはん……うふふ」
巨大な戦斧、それを構えながらカマールは、ジリジリと仮面の男へと距離を縮めた。
──い、いかん!!
私は咄嗟に声を上げる。
「待てっ、カマール! その男に手を出すな!」