118話 お前ら全部──ぶっ殺す!!
よろしくお願い致します。
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『見付けた!!』
黒い剣の姿の俺が、念話の声で大きく絶叫する。
山岳地帯の高くそびえ立つような断崖絶壁、それに挟まれた荒れた山道。そこにデュオ、いや、ノエルの姿が俺の視覚に飛び込んできた!
だが、それは俺の気が狂いそうな……絶望する光景だった──
黒焦げに焼けた岩肌、さっきまで戦っていた同じような複数の黒い虫の怪物、色々と視覚として入ってくるが、今は他の事なんてどうでもよかった。
ただ、ノエル……大きなひとつの翼を持つ黒い怪物。そんな怪物の手によって、彼女の身体に剣のようなものが突き立てられていた!
今、俺達はその場所より、一段高い断崖の上で馬を走らせている。
俺はレオンに向かい言葉を放つ!
『レオン! 私をっ、俺を、彼女の所に放り投げてくれ! 後はこっちで何とかするっ、頼む! 早く!!』
「──了承した」
レオンは背に手をまわし、魔剣を掴み取る。そしてノエルの元へと目掛けて投げ付けた。
「行け、そして再び自らの姿を取り戻せ! デュオ・エタニティ!」
放物線を描き、落下する魔剣──
丁度、顔を天に向けていたノエル。彼女に向かい、落ちていく俺の姿を、彼女の視線が捉える。
──アル─
感じ取れる彼女の声。
力なく……それでも何とか、その手を天に向かい広げた。そんな彼女の手に導かれるように、俺達はその距離を縮める!
そして──
『──ノエル! 俺はお前をもう絶対に離さない!!』
『──アル! 私も二度と離れない!!』
漆黒の魔剣とノエルの広げた手が触れ合う──その瞬間、目も眩む程の強烈な紅い閃光が辺り一面に広がった!
『!?──があああああぁぁっ!……な、何だ! め、目が!!』
黒い怪物が驚愕の声を上げる。
そしてその光は放つ光を弱め、いつもの鈍い紅い光に戻った。
───
ノエル。彼女の右手に収まった魔剣は、彼女の右肩に二度と離れないようにして、黒い触手をがんじがらめに絡めた。
次に……強くもう二度と離れない! そう心に誓う!
──そして再び、彼女の右肩に三本の触手を突き立てた──
─────
……久方ぶりに俺に、身体の、手足の、頭の感覚が感じられる。
俺は、人間に……俺達は再びデュオ・エタニティに戻れた。そう実感する。
それと同時に、口内にむせる程に溢れる血の感触と味。そして身体中に迸る激痛に襲われ、一瞬目が眩む。
俺は口内に溜まった血を、血ヘドのようにして地面に吐き付ける。
ぐうっ……この激痛はノエルが……彼女が今まで耐えていた痛み──よくも……こんな……。
感じる激痛に耐えながら、俺の心の中に『怒り』、そんな名の負の感情が、沸々と沸き上がるのが感じ取れる!
右目から溢れ出す紅い光。
ノエル。いや、今はデュオ・エタニティ。その俺の身体全体が、魔剣から送り込まれる鈍く紅い光に包み込まれるようにして発光を始める。
──キイィィィィン─
右手に持つ漆黒の魔剣が、甲高い音を放つ。
デュオの身体中にあった傷口、破損箇所、その全てが魔剣の力により、瞬間的に修復、再構築されていく──
身体に感じていた激痛、倦怠感が消滅し、代わりに感じる溢れんばかりの強力な活力。
そんな時、心の中でノエルの声が響いてきた。とてもか細い声だった……。
『……お願い、もう絶対に離さ……ないで……』
『ノエル……』
その声は更に弱くなる。
『でも、間に合ってくれて……良かった。アルが……きてくれたから……もう安心……』
『……ノエル?』
『……ごめん。ちょっと……疲れちゃった……少し休むね……ふふっ、やっぱり……ここは居心地がいいや……』
そして彼女の声が聞こえなくなった。
だが、身体の中でノエルの精神の存在は感じ取れる。おそらく気を失ったんだろう。
『ゆっくり休んでくれ……』
俺はゆっくりと顔を上げた。
『──後は任せろ』
そして元凶であろう黒い怪物に視線を向ける。
『……てめぇ、その目……オッドアイ……そうか、翼を取り戻しやがったか』
片翼の怪物は俺の顔を見て、そう声を漏らした。
俺は横目で置かれた状況を確認する。
直ぐ前方に立つ、黒い右の片翼を持つ禍々しい姿の黒い怪物。おそらくは『滅ぼす者』の眷族なのだろう。
そして俺を取り囲むようにして立つ、例の蜘蛛の足を生やした異形の怪物。その数、数十体といった所か……。
おや、あれは──?
地面に倒れているひとつの人影、その身に纏う白い法衣は無数に切り裂かれ、そこから血が流れていた。
……この人物はノエルと共に戦い、死んでいったのか……だが、その動かないと思われた身体の胸が僅かに上下に動いている。
どうやら、まだ息はあるようだ。
俺は“取り囲んでいる者達”、それをないもののようにして、倒れている人物の元へと歩いて行く。
そしてしゃがみ込み、その上半身を抱き起こした。
この子は……まだ子供じゃないか、しかも女の子……?
意識をなくし、苦し気な表情で弱々しく息をする藍色の髪の女の子……そうか、この子も勇敢に戦っていたんだな……。
俺はその傷付いた身体に向けて、左手を広げた──浮かび上がる青く光る魔法陣。
「──癒しの水」
次に続けて浮かぶ白い魔法陣。
「──治癒」
傷口を癒し、体力を回復させる魔法をその身体に施した。
その様子に周囲を取り囲む怪物達は、未だ動こうとはしない。
先程までズタズタに切り裂かれ、瀕死の傷を負っていた身体。それが瞬時に修復された様に驚愕しているのか、或いは漆黒の剣が放つ気配に怯んでいるのか、取りあえずは……。
俺の……魔剣の力を伺っているのだろう。
そんな時、崖を滑り降り、こちらへと駆け寄ってくるひとつの人影──レオンだった。
「……デュオ。首尾よく本来の姿を取り戻したようだな」
その問いに、無言で頷く。
「レオン、頼みがある。この子を連れてこの場から離れてくれ。一応、治癒魔法は施してある」
女の子を抱きかかえて立ち上がり、レオンに対して向き直る。
力なく項垂れているその子を、レオンは俺から受け取った。
「了承した」
そして彼は背を向ける。
「デュオ。今、お前の中に沸き上がっている感情、『怒り』『憎悪』それら負の感情は何も生み出さない。残されるのは新たな負の感情のみ。そしてそれは連鎖され、永遠に途切れる事はない……だが、得られるものがひとつだけある」
レオンは僅かにこちらに振り向く。
「それは“力”だ。──『怒り』『憎悪』、それらも人間としての感情の中で、否定できない、なくてはならないもの。使い方を誤らなければ良いだけの事……それを忘れるな」
そう言葉を残し、レオンはこの場から離れる為に歩き出した。
『──てめぇら! 黙って見てりゃ、何勝手な事をしてやがるっ! 逃がすかよ!!』
黒い翼の怪物が声を上げ、レオンの方へと向かおうと動き出す。
俺はそれを遮るように、手に持つ魔剣を真横へと振り払った。
──ヒュン─
漆黒の魔剣が紅く光る残像を残しながら空を斬る!
『──!!』
動きを止める黒い翼の怪物と異形の虫の怪物達。
そして俺は──
──両腕を大きく下方に広げながら、うつ向き、目を閉じた。
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さっき、ノエルと再会して、彼女は大きく傷付いていた。身も心も──
自らの身体に剣を突き立てられていた──どんなに苦しかっただろう! どれだけ絶望した事だろう!──
そう想像した時から、どんどん大きくなってくる『怒り』『憎悪』、それら負の感情。普段の日常に於いても極力抑え込み、それに囚われる事のないように、常に自分に対して戒めてきたつもりだ。
だけど──
「今回ばかりはいいよな? もう我慢できそうにない……ホント感謝してるよ。お前達が人間じゃなくて『滅ぼす者』、俺の敵だった事に──」
『……てめぇ、一体何をする……つもりだ』
うつ向きながら俺は言葉を続ける。
「今、もうひとりのデュオは俺の中で意識をなくしてる……一度試してみたかったんだ。『両目紅眼』──この魔剣が持つ、今の本来の力を──」
俺は右手に持つ魔剣に対し、強く念じる──
「俺は“再びお前らと会った時、その時は今度は絶対に躊躇しない”、そう決めていた。だから……お前ら全部──」
持つ全ての力を俺に与えろと──
「──ぶっ殺す!!」
──Sign off─My master──
──Are you ready?──
──ああ、頼んだ。
──all right─Limiter releases──
そして──
両目から溢れ出す紅い光を感じながら、俺はゆっくりと顔を上げる。