10話 竜と呼ばれる存在
よろしくお願い致します。
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森の奥深く、樹海の中に奴はいた。
首を身体に埋めて今は寝息を立てている。
俺とロッティは、木の影に身を潜めながらその様子を伺っていた。
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これが全ての生物の頂点に立つと言われている竜か。なんて、でたらめなデカさなんだ──
片膝を着き、さらに観察を続ける。
頑丈そうな灰色の鱗、鋭く尖った爪、強靭さを漂わせる太い尻尾。そして何といっても驚くべきはその巨大な身体。
………。
この巨躯のリザードマンがまるで、子ウサギのようだな。何ていう竜なんだろう? まさか、人智を超えるとかという伝説の古代竜とかじゃないよな?
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空中にフワフワと浮いていたロッティが、俺の鼻の上に降りてきて座り込む。
どうやら、彼女のお気に入りの場所らしい。
そして俺が考えていた事を、察したかのような内容の話を俺に語り掛けてくる。
「最強の存在である竜。その起源は、この世界をお創りになられた四大精霊の主様の方々を守護する為に、同時にお創りになった四体の『守護竜』と呼称された者……それが、竜と呼ばれる存在の発端だそうよ。そして今尚、この世界に於いても実在している、その種を受け継ぐ存在。今、私達の目の前にいるこの竜も、いわゆる守護竜と呼ばれた者の遠い眷族となる恐るべき存在よ……」
「─って、君ね。すっごく物騒な話をさらっとしちゃってるけど、そんな奴を俺ひとりで倒せだなんて、君の主様ってのも、かなりの無茶振りを言うお人だよな?」
「ご、ごめんなさい。その事に関しては私も否めないわ。でも、あいつは竜の中でも巌竜って呼ばれる自我を持たない下位種の竜だそうよ……ねぇ、あいつの背中を見て、何か気が付かない?」
彼女にそう言われて、俺は奴の背中を確認する。
「!!……翼がない?」
ロッティがコクンと頷いて答える。
「そう、翼がない。主様がおっしゃるには元々、この孤島に竜は存在しない筈なの。大陸から泳いでくるには距離が離れ過ぎていて不可能。そして身体に翼を持たない……という事は?」
何か不吉な予感に襲われて、思わず唾を飲み込む。
「誰かが連れて来たか。いや、出現させた……?」
ロッティが、相づちを打つ。
「まあ、そんなところでしょうね。元々いるはずのない場所に“あれ”を出現させた。そして“あれ”は眠りながらその時を待っている」
「な、何を待っているんだ?」
ロッティが真剣な眼差しの視線を俺に向けて、呟くように言う。
「この孤島の全てを破壊し滅ぼす。『滅びの時』──あれはこの孤島に送り込まれた『滅ぼす者』……」
最近耳にした、聞き覚えのあるその言葉。
「──ホロボスモノ……」
「そう、その時が来れば、あいつはこの孤島に住む生き物や森、この島の全てのものを焼き尽くし、破壊しようとする」
「なんで! 一体、誰がそんなことを!」
俺のその問い掛けに、ロッティは視線を自分の足下へと落とした。
「それは多分、本人達は気が付いてないでしょうけど、人……人間自身──」
「な、何だって!?」
一体、この子は何を言っているんだ?
俺は訳が分からず、ロッティのことを見つめた。
すると、その視線から逃れるように彼女はうつ向きながら飛び上がり、俺の右肩の上に移動する。そして座り込み、そのまま両膝を抱えて項垂れた。
俺は彼女の次の言葉をずっと待つ。
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やがて彼女は再び話し始めた。
「この竜が現れた時、主様は対策を講じられた。どうすれば、それを止められるのかを……この島で戦えそうなのは亜人種くらい。だけど、それらを一致団結させて、戦うのはどう考えたって、とても無理。だから……」
「だから?」
「だから、この孤島で最強の亜人種であるリザードマン、あなたの部族に交渉したの。あの竜を倒して欲しいって……」
「それでその答えが、この俺っていう訳か」
「……うん」
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俺は改めて、このリザードマンの身体を観察する。
普通のそれとは明らかにあり得ない巨大な体躯。そして隆々と盛り上がった筋肉。おそらく並みのリザードマンが何十匹、束になって掛かってきたとしても相手にはならないだろう。
それに加えてこの顔。
通常のリザードマンなら、トカゲの頭部を持つのに、こいつの顔の形状はまるっきり鰐そのものだ。
こいつもリザードマンとしては強大な力を持つ、異様の存在なのかも知れない。
………。
───
「……そうか、そういう事か。そいつらは戦う事を放棄したんだな」
「うん。多分、あなたが戦って敗れるようなら、戦っても無駄な行為だと思ったんでしょう。戦って苦しみながら死ぬよりは、抵抗しないで安らかに滅ぶのを望んだみたい……」
俺は拳を強く握り締めて呟いた。
「……なんて、バカな奴らなんだ」
「……わ、私は……」
ん? 何か、様子がおかしい。
俺の右肩にいるロッティに目をやると、彼女は両手で顔を覆い隠し、泣いていた。
「……私はね、この世界に生まれて間もないけど、この島の森や生き物、たくさんの自然。その風景全てが私にとって、初めて目にしたもので大切なものなの。だから好き……大好き……それが全部壊れて無くなっちゃうなんて……」
「………」
「主様も私も本当はもう諦めてたの。ああ、もう全て無くなっちゃうだなあって……でも、そんな時。戦うあなたの姿を見た。黒い剣を振るって、強力なグリズリー達を一瞬でやっつけちゃうあなたの姿を……なんてすごく強いんだろうって思った。こんなに強いのなら、もしかしてって……だから、だからっ……」
ロッティの嗚咽が激しくなる。
「勇者様、お願いです! 主様を、私達を、この島を、どうか、どうか救ってくださいっ!」
「………」
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俺は何も答えずに無言で右肩のロッティに左手のひらを差し出す。
それに気付いた彼女が、チョコンと手のひらに乗ってきた。その手を俺の鼻の所まで持ってき、そっとその上に下ろした。
──彼女、お気に入りの特等席だ。
「任せろ! ロッティ、俺を誰だと思ってるんだ。トカゲの大勇者様だぜっ!」
「……うんっ!……ぐすっ……ばか……」
彼女は泣きながら、それでもニッコリと満面の笑顔を俺にくれる。もうそれだけで充分にやる気が出てきた。
俺はぶんぶんと腕を振り回しながら、おどけるように言う。
「あ~あ、でも相手はあの竜か~。さすがの俺でも中々骨が折れそうだなあ~」
ロッティも俺のその調子に合わせてくる。
「大丈夫よ! 勇者様だったら、よゆーっ、よゆーっ!」
俺は準備運動を続けながら、さらにおどけてみせる。
「何かご褒美が欲っしいなあ~、いや、貰えたらいいなあ~」
ロッティは小首を傾げながら囁く。
「ご褒美?」
「うん。何でも、とある国では竜を打ち倒した者に、竜殺しっていう称号が与えられるらしいんだ」
「それじゃあ、その称号。私が勇者様にあげる」
そう言いながら再び、ニコリと笑ってくれるロッティ。
「本当? それじゃ、全力でがんばらなくっちゃな」
俺は準備運動をやめ、戦闘体勢を整え始める。
地面に突き立てたハルバードを左手に。自らの背にある漆黒の魔剣を右手に、それぞれその手に取る。
「それじゃ、行ってくるよ」
ロッティに向かい、魔剣を振り上げながら、竜に向かって歩き出した。
「行ってらっしゃい、勇者様……どうか、お気を付けて──」
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──さあ、トカゲによる竜討伐の始まりだ!!