116話 黒い片翼の翼
よろしくお願い致します。
「ヒャッハーーッ!!」
仮面の男は跳躍し、右手に持つ剣の一撃を、クリス君に対して叩き込んだ!
クリス君はそれを長杖で受け止める。それによって空いた僅かな隙の箇所、そこに向け、仮面の男はもう片方の剣を振り上げる!
その時、クリス君の右手のひらが男に向けられた──手に浮かび上がる赤い魔法陣。
「──爆発!」
そして爆発が発生しようとする瞬間!
仮面の男は瞬時にクリス君の身体を蹴り、その反動で大きく後方へ跳び退く。
一方のクリス君は、身体にその一撃を受けながらも、踏ん張り堪え凌いでいた。
──両者の間で爆発が発生する!
間近で爆発音が鳴り、同時に閃光と衝撃が周囲に広がった。ビリビリと空気が震え、衝撃が迫ってくる!
その時、クリス君によって施された光の壁が、私達の身体を包み、襲ってくる衝撃から守ってくれる。
「──くうっ!」
そして爆発が収まり、白煙が立ち込める中、片膝を着いていた仮面の男が、ゆっくりと立ち上がる。
「ヒャハッ、さすがだな。『守護する者』、まさか、そんな瞬時に魔法を繰り出せるなんてな!」
男はそう言葉を吐き捨て、手に持つ剣でクリス君の後方で輝く魔法陣を差した。
「てめぇの後ろにある、そりゃあ何だ? とびきりどでかい魔法でも、ぶっ放そうって腹か!?……だが、そうはいかねぇぜっ!!」
再びクリス君の口から詠唱が発せられる。
「──大爆発!」
杖の先から浮かぶ魔法陣。直後、仮面の男がいた場所で大爆発が発生した!
再び先程より強力な衝撃が周囲に走る。それを何とか耐えしのぎ、目を開く。だが──噴煙が立ち込める中、爆発が起こった別の方向から仮面の男の声が聞こえてきた。
「確かに魔法ってもんは、とてつもなく強力だ。相手に接近する必要もねぇしな……だがよっ」
仮面の男は再びクリス君に向かい疾走する!
「なっ?……くっ──爆──」
クリス君の手に持つ杖の先に浮かび上がる魔法陣──しかし、それよりも早く近付いてきた仮面の男が放つ、右手に持つ剣の一撃!
それを魔法を発動仕掛けた長杖で受け止める! 続けて放たれる、左に持つもうひとつの剣による二撃目!
仮面の男はそのままクリス君、後方へと走り抜けた。
「──ぐうっ……ぐあっ!!」
白い法衣。その腹部が切り裂かれ、覗いた軽鎧の隙間から、鮮血が迸った!
──クリス君の身体が、ユラリと揺らぐ。
「──!? クリス君っ!!」
傍らに走り寄り、私は彼の身体を支える。
「ヒャハッ、ヒャハハハ! 魔法ってもんはな、絶対に発動前に魔法陣が浮かび上がらなきゃなんねぇ。俺はそれより速く動けちまう──遅ぇんだよっ、魔法ってやつはトロ過ぎるのさ。威力がどれだけ凄まじかろうが、当たんなきゃ意味ねぇーだろうがよ!」
私に身体を支えられ、苦々しげな表情で、その声を発する男を睨み付けるクリス君。
「魔法ってのは結局の所、どんなに早かろうが、発動という手間に、例え僅かでも必ず隙ができちまう。それにさ、ひとつ詠唱を始めちまうと、同時にもうひとつって訳にはいかないんだろ? ヒャハハハハ!」
男の放つ笑い声を耳にしたクリス君は、私の手を払いのける。
「所詮、魔法なんてもんは一対一の戦闘に於いて、補佐……いや、オマケみたいなもんさっ、主戦力にはなり得ないんだよ! 全て発動前に近付いて、この剣でズドン!──ヒャハッ!」
怒りに震えるクリス君。私は彼の身体にそっと手を添える。
「……大丈夫や、デュオ姉。それに僕、もう我慢でけへんのや……」
私の手を再び振り払い、クリス君は長杖を両手に構えた。
「……クリス君」
─────
「はんっ、何か企んでるのかと勘ぐったが、結局何もなかったのかよっ。魔法は詠唱を同時に行えねぇ! てめぇの後ろで、テカテカと光ってるそれは何だ? それはただのこけおどしだろうがっ! ヒャハッ、行くぜえぇぇーーっ!!」
一度高く跳躍し、仮面の男はクリス君に向かい、駆け出してきた!
「──クリス君!!」
私は声を上げ、クリス君の助けとなる為、彼の近くに寄った。だけどそんな私を、クリス君は手で突き飛ばす。
「……な、なんで?」
「心配せんでええ。これも僕の作戦の内や……」
そして私に顔を向けてきた。
「僕からなるべく遠くに離れるんや! さあ、早よう行けっ!!」
私はその声を聞き、クリス君の目を凝視した……そして無言で頷く。
──うん、分かった……クリス君の事、信じる……。
振り返り、私は全力で走った。
─────
それでも気になった私は、走りながら振り向く。そんな時──
仮面の男が右手に持つ剣を、クリス君に向かい振り下ろしていた! しかし、その斬撃を長杖で受け止めず、クリス君は空いた右手でその男の繰り出した腕を掴む。
「ヒャハ? 何だぁ!」
次に放たれる男の左手に持つ剣の一撃!
それをクリス君は身をせり出し、その攻撃をわざと自身の右肩で受け止めた!
「何だあっ!? て、てめぇ……!!」
「──クリス君っ!!」
クリス君の肩から鮮血が流れる……。
「──つ~か~ま~え~た──」
ゆっくりと顔を上げ、仮面の男を見据え、そして微笑んだ。
「……てめぇ、一体何をっ!!」
クリス君の頭上後方、そこに浮かび上がる魔法陣。その輝きが臨界点を迎える。
「どうも、いらっしゃい──」
「くそっ、てめぇ! やっぱ何か企んでやがったのか!?──離せっ!!」
しかし、腕を掴まれた男は容易に逃れる事ができない。そこへ突き出される杖を放り出したクリスの左手のひら。
「毎度、おおきに──消し飛んでまえ! 終焉の業火!!」
─────
魔法陣が放つ光の量……とでもいうべきか。それが凄まじく、目が霞む……ダメ、もう開けていられない。そして多分、あれがまたやってくる──
私は再び、前に向き直りながら全力で走る。やがて前方に跳び、そのまま地面に伏せた。そして身体を守るようにして、その身を縮める。
あの全てを焼き尽くす、“青い炎”から身を守る為に──
──オオォォォォン─
手で塞いだ筈の耳に、そんな声のような音が、聴覚として感じ取れる。
発せられる筈のない青い炎の叫び声──
そしてその燃え盛っていると感じる音は、身を伏せ、目を閉じて両耳を塞いでいる私の後方から迫ってき……周囲へと広がっていく。
「……ギィ……」
「……ガァ……」
「……ギ……」
怪物達の断末魔にすらならない声……いや、音が、塞いだ耳に届いてくる。
何かが焼ける嫌な臭いと、皮膚が焼けそうになる程の痛みを伴う凄まじい熱量。それを私の身体も受ける──出現した光の壁が、ミシミシと軋む音を感じながら、私は必死でそれに耐えた。
おそらく今、この辺り一面に、あの全てを燃やし尽くす青い炎が駆け巡っているのだろう……そう、全てを燃やし尽くし、全てをなくす為に──
「──ヒャハハハハハッ!! まさか、この俺が……俺の身体がああぁぁぁーーっ!!」
仮面の男の叫び声が響いた……そして静かになる……。
─────
しばらくして、私は立ち上がり振り返った。
前方に右肩をもう片方の手で押さえながら、苦しそうに肩で息をして立つクリス君の姿が目に入った。
──例の炎は自らの役目を終え、複数のそれが渦巻き、ひとつの青い炎の柱となって天に向かって昇華されるように消滅していった──前回と同じように。
黒い虫の怪物。そして破損して横転していた馬車。荒れ地に僅かにあった木々や植物……その全てが消滅していた。
岩肌や地面だけが焦げた白い煙をくすぶらせている。
ただ、前回とはひとつだけの相違点。それに気付いた私。いや、クリス君を含め私達は──
驚愕──そんな感情に心を捉えられる事となる。
『……ギギッ、ギギ……キサマ、ヨクモ……モウ……カラヲ……ギギッ……』
焼け焦げて墨のようになった仮面の男。身体も数ヶ所が欠け、細く棒のようになった男の身体……それでもその男は──“立っていた。”
頭とおぼしき所から、再び消え入りそうな、か細い声が漏れてくる。
『……ワル……イ……チュウカク、オレハ……カラヲ……ヤブル……』
そしてその細い墨のような身体全体にヒビが走る。
『……オレハ……ホロボスモノ……ソノケンゾク……』
ボロボロとそれが剥がれ落ち、黒光りのする新たな肉体が姿を覗かし始める……順に足、腕、身体……最後に頭へと……。
『……『滅ぼす者』三番手の尖兵。“テルティウム”……その右の翼だ……』
筋肉の筋が浮き上がった細身の黒光りする身体。新しく姿を現した剣の形状をした上腕部を持つ拳のある両腕。その先に伸びる鋭く長い五つの爪。槍の穂先ように先端が尖った両足。
そして逆立てた髪が、そのまま甲殻化したような形状の頭部。ぎらつく眼光の金色の目。牙を持つ大きな顎……何より際立っていたのが、背に生やした黒い羽の大きく美しいと感じる漆黒の翼──
仮面の男だった怪物が放った言葉通り、右側のみに生える片翼の翼だった。
「………」
その姿は、まるで伝説上の“悪魔”……私にはそう感じた──
─────
『……もうこれで俺達は、本来の完全なテルティウム。それに戻る事は不可能になっちまった……だがよ──ヒャハハハハッ!──この代償は高くつくぜっ!!』
片翼の黒い怪物が吠えた──!!