115話 ブレイクスルー
よろしくお願い致します。
「……はあ、はあ……うっ……はあ、はあ……」
周囲に崖がそびえ立つ山岳地帯の荒れた大地。そんな光景の開けた場所。
少し離れた所に、私達をここまで運んでくれた馬車が、無惨に壊され横たわっているのが見て取れた。
──トクン、トクンと背中越しに、クリス君の脈打つ鼓動が伝わってくる。
私とクリス君。今は互いに背中合わせに立ち、手に持つ武器をそれぞれ構えていた──
──私達を取り囲む異形の怪物へと向かって……。
その中の一体が、身体をすくみ上がらせるような雄叫びを上げた。
「グウァッ!グギャァァァァーーッ!!」
人間としての形をかろうじて象った、蜘蛛の足を生やした黒い怪物。そうとしか形容する言葉が見付からない。
そんな者達が放つ声に、私は右手に持つ小型の黒い剣を握る力を強めた。
「……はあ、はあ……」
…………。
私達は無事でこの場を切り抜けられるのだろうか……。
◇◇◇
馬車に揺られ、クリス君、コリィ君、それと私。三名は順調に、そして着々とアルを示す紅い光。その場所に向けて距離を縮めていた。
残る距離は後、僅か──もう少しでアルに会える。
会った時、どう声を掛けようかな?
──久しぶり。元気にしてた?…………いや、普通過ぎるだろ。
──あんた、こんな所で一体何やってたのよっ!…………ダメだ。トゲがあり過ぎる。
──寂しかった……ずっと会いたかったの…………うん。絶対にあり得ないな……。
溢れる“嬉しい”という正の感情に、私は完全に浮かれていた。いや、囚われていたのかも知れない。だけど──
突如として前方の山岳から、ひとつの黒い集団が駆け下りてくるのが目に入った。その先頭で馬を走らせているのは、黒い髪を逆立てた仮面の男。見覚えのある姿だ。
私とアルを別れさせ、崖下へと落とした男──
「デュオ姉! まずいっ、取りあえず、コリィを安全な場所に隠すでっ!!」
「うんっ、分かった!」
クリス君は、ひとつの大きな岩影に向かって馬車を移動させる。そして停止するのを待ち、そこからコリィ君を抱きかかえ、私は馬車から跳び降りた。
目をやれば先に降りたクリス君が、近くの岩影の前にいた。
私達がくるのを待って更に進み、もうひとつ奥の岩の壁に向かい、火球の魔法を放つ。
岩が砕ける音を共に、土ぼこりが舞い上がった。やがて視覚が明確になり、確認できる岩の壁に空いた大穴──そこに向けて、クリス君はもう一度、火球を放った。
それにより、穴の深さが奥に広がった。
成る程、コリィ君ひとりなら、充分に隠れる事ができるだろう。
私は空いた穴の前に、そっとコリィ君を降ろした。
「……デュオさん……」
潤んだ目で、震える声を漏らすコリィ君。そんな彼の頭をやさしく撫でてあげる。
その間にも後ろでクリス君が、私達に様々な種類の魔法をその口から紡ぎだし、施してくれる。
私達、三人の身体が多数の色の光に包み込まれいく中、私はコリィ君の背中に手を添え、できた大穴の中に入るように促した。
「……デュオさん、クリスさん……」
「コリィ君、静かになるまで、ここでじっと隠れていて……入り口を塞ぐから、暗くなるかも……ごめん、我慢してね」
コリィ君は胸に手を当て、涙を流している。
「……デュオさん、クリスさん。また会えますよね?」
消え入りそうなその声に、クリス君はコリィ君の肩に手を乗せる。
「大丈夫や、心配せんでええ。アレンを救い出すちゅう大目的が、我が小さな反乱軍にはあるからな。こんな所でやられへんわ。ちゃっちゃっと手早く片付けてくるさかい。そやからコリィ、いい子にして待ってるんやで」
「……ぐすっ……はい。クリスさん」
私も屈んでコリィ君の頬に、そっと手を添える。
「私も行ってくるね。クリス君やコリィ君のように、私ももっと強くなりたいから……だから、待っててね」
「はい……うっ、ぐすっ……デュオさん」
そしてコリィ君は穴の中へと入る。入った後振り返り、涙を堪えながら、私達に向けて無理矢理に笑顔を作っていた。
「僕もこの穴の中で一緒に戦います。ふたりが無事であるようにずっと、祈ってます……だから、クリスさん、デュオさん、また必ず会いましょう! きっと、約束です!」
「そやっ、約束や!」
「うんっ、約束だね!」
────
そして私達は、ふたり掛かりで大きな岩を移動させ、その入り口を隠した。
……いくらふたり掛かりっていっても、こんな大きな岩を動かせちゃうなんて……やっぱり今の私の身体は、最早、乙女なんかじゃ……って、こんな時にバカな事言ってる場合じゃない!
「どや、デュオ姉。例の剣はまだ感じ取れるんか?」
私は目を閉じ、魔剣の気配を感じ取る。
──うん、感じ取れる。アルの放つ紅い光が……っていうか、こっちに向かってきてる?……間違いない。きてくれている……紅い光が……アルが──
「うん、大丈夫。ちゃんと感じ取れるよ。しかもこっちに向かってきてる!」
「えっ?……そうなんやな……」
少し考える素振りをするクリス君。
「よしっ、作戦をゆうで。僕とデュオ姉、絶対に離れずに背中合わせで戦うんや。相手にするのは向かってくる目の前の敵のみ! いわば時間稼ぎや」
「時間稼ぎ……? 剣がきて私が力を取り戻す為の?」
「いや、そうやない。今から僕は、あの地下洞で使った取っておきの魔法の詠唱を始める……ホンマゆうたら、こんな短期間であれを発動させるのは、初めての試みやし、身体に掛かる負担も半端やないやろうけどな……こんなんなるんやったらあの時、たかが妖蟲の集団如きに、あれを発動させるんやなかったで。ちょっと調子にのってしもとった……まあ、今更ゆうてもしゃーないけど」
「あれって、あの青い炎……」
「そや……せやけど、今はそんな事、気にしてる場合やない!」
「……大丈夫なの?」
「さあ、それはやってみな分からへんな……でも、このままやられる訳にはいかへんやろ? 僕達には、まだまだ、せなあかん事がようさんある……そやろ、デュオ姉?」
そう言いながら、クリス君は私に向かって拳を突き出してきた。
──コツン─
彼の拳に、私は自分の拳を当てる。
「そうだね。私達にはこれから、たっくさんのするべき事があるからね」
──そう私達、デュオ・エタニティには──
「だから……行こう!」
「よっしゃ! ほな行くでっ!!」
そして私達、ふたりは仮面の男が待ち受けているであろう場所へと、肩を並べて向かって行ったのだった。
◇◇◇
「……はあ、はあ……まだ時間掛かりそう?」
「まだや……後、半分といった所やな……ふぅ~、今からが踏ん張り所やで、デュオ姉……」
背中合わせで会話をする私達。お互い後ろを返り見ず、ただ前方から襲い掛かってくる怪物のみに向かって、がむしゃらに剣を振るい、切り倒している。
でも、どうやら敵はクリス君の方を集中的に狙っているようだった。
「ギイャアァァァーーッ!」
クリス君に向かい、複数の怪物達が襲い掛かる。
彼は向かってくる一体を、手に持つ長杖の穂先で串刺しにする! 武器に付与された魔力により、青い炎に包まれる怪物の身体。
それを力任せに振り払い、長杖から投げ飛ばした!
その青い炎に燃え上がる怪物の身体が、後から跳び掛かってきた怪物達に直撃する!
青い炎が飛び移り、地面でもがく異形の怪物達。
尚もクリス君は攻撃の手を緩めない。
「──大爆発!」
長杖の尖端に浮かび上がる赤い魔法陣。その直後、クリス君の前、後方に大爆発が起こり、複数の怪物の肉片が辺りに飛散する。
そんな様子を目にしていた私にも、またも異形の怪物は襲い掛かってくる!
例によって、私はそれを視て、虚を見付けて、突いた!
紅い鈍い光を刀身に纏う小型の黒い剣。そんな剣に切り付けられる力の強さ、生じた傷の深さ、全ての物理的要素を無視して、ただ、剣先が怪物の身体に触れただけで、その部分が弾けるように消し飛ぶ!
──パァァンッ、パァァンッと音を立てて、弾け飛んでいく!
周囲に赤と緑が交じった、血液か体液だか分からないものが飛び散り、身体の何割かを失った怪物が地面を転げ回る。
そんな光景が繰り広げられる中、怪物達の後方で立ちながら、手にした双剣の一本で自身の肩を、トントンと一定のリズムで叩くような仕草をする男の姿。
逆立たさせた黒髪の仮面の男──私達の戦闘の様子を、ただ、じっと観察していた。
私の黒い小型の剣、クリス君の爆発の魔法。そしてそれによって、バラバラに四散する異形の怪物達──
「ヒャハハハハッ! 楽しいなあ……さすが『守護する者』とこの世界に存在し得ない『異端の力を持つ者』……だけどよ──」
不意に仮面の男が口を開き、楽しそうに呟く。
「黒蟲兵。こいつらはただの化け物じゃねぇぜ……ヒャハッ」
……そうなのだ。確かにあいつの言う通り、この怪物達はどれだけ身体を切り刻まれても、バラバラに砕けても、焼かれて墨のようになっても……僅かな肉片、いや、身体を形成する要素の欠片さえ残っていれば、群がる目に捉えられない程の、小さな黒い蟲のような物達によって、直ちに人の形を無理矢理形成し、そして再び襲い掛かってくるのだ。
その度に──より強力に、より歪に、その象を変化させていく。
「……はあ、はあ……でもここが、がんばり所……」
私は目前の敵に注意を向けながら、チラリとクリス君の姿を確認する。
彼の頭上後方で、輝く一際大きな魔法陣。
クリス君の持つ魔法の詠唱だけを行える、もうひとつの思考によって完成させられていく秘策となる最大級の魔法。
その輝きは溢れんばかりに輝いていた。
……後、少しだ……。
そして私は再び、剣を振るった!
─────
「……ふ~ん。奴ら無駄だと分かってるくせに、やたらとねばりやがるな……何か企んでやがるのか? ひとつ試してみるか、ヒャハッ」
何か言葉を発して、仮面の男は双剣を振りかざしながら、急速に駆け出してきた!
男が向かっている先は──クリス君!
「──ヒャハハハハーーッ!!」