114話 それを欲するのなら
よろしくお願い致します。
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仮面の女が手に持つ戟を前に付き出し、乗っている馬ごと、突撃する怒涛の勢いで突っ込んで来た。
そうはさせじと、メイスを構え、レオンの前方で待ち受けるキリア。
両者まさにぶつかり合おうというその時、戟を手にした仮面の女が不意に馬上に立ち上がり、跳躍してその姿を消した。
そしてレオンを守るキリアを飛び越え、上空から直接レオンを襲撃しようと大きく戟を振り上げる。
「あははははっ、逝っちまいなっ、レオンハルトオオォォーーっ!!」
だが──
──ガギイィィン!─
打ち合わさる金属音が響き、同じく馬上から跳んだキリアのメイスが、その一撃を受け止めていた。次に彼女はその受け止めていたメイスを、空中で真横に薙ぎ払う。
人間を遥かに凌駕した彼女の膂力により、それを戟で受け止めた仮面の女の身体は、自らの予想を超えた距離の先へと吹き飛ばされていく。
「深すぎる嫉妬は醜いですよ。ミランダ……」
そんな仮面の女が吹き飛ばされた姿を、目にした彼女の後に続いていた黒い鎧の異形の怪物が、それぞれの得物を手にし、一斉に飛び掛かって来た。
「ギイャェェェーーッ」
雄叫びを上げながら、俺を背にしたレオンにも複数の怪物が襲い掛かる。
「ぬんっ!」
向かってくる一体に向かい、手にした長剣を横に一閃! 返す刃で斜め上へと二閃! 十字に切断された怪物は絶命──
──かと思われたが、切断された肉片から飛び出した蜘蛛のような虫の足が、バラバラとなった肉片を繋ぎ止め、無理矢理に人としての形を形成させた。
その異様な光景に少し身を怯ませたレオンだったが、直ぐ体勢を立て直し、再びその怪物の身体を切り刻む。
一方のキリアは例の巨大なメイスを両手で振り回し、周囲の怪物に向けて叩き付ける。
肉片を撒き散らし、地面に転がる血塗れの物体。しかし、それも飛び出す虫の足によって掻き集められ、人の形を象る。
そしてそれらは再び襲い掛かって来る。
───
一体何なんだ。こいつらは……くそっ、ダメだ。このままじゃ切りがない……。
ま、まさか、ノエルの足が止まっているのは、こいつらと同じような奴らに襲われているんじゃ……だったら早く向かわないと!
時間が……時間が惜しい!!
たまらなくなった俺は、レオンに念話の言葉を大きく発した。
『レオン! 私も戦う。頼む! 利き腕じゃなくていい。私を手に取って、戦う間だけその腕一本、私に貸してくれ!!』
俺の念話の声に直ぐに答えず、目前の怪物を見事な剣捌きで切り刻むレオン。だが、戦闘の最中、僅かな隙を突き、剣を待たない左手を自身の背に伸ばした。
「了承した。手を貸せ、デュオ」
そしてレオンは黒い魔剣、“俺”を左手に取り、一度、ビュンッと真横へと振り払った。直後に俺は触手の一本を、レオンの左肩へと突き刺す。
よし! 繋がった。後は──
──行けっ!!
───
“俺”──漆黒の魔剣の放つ光が、目も眩むような紅い閃光を放つ。
同時に複数の黒い触手が、空間を縦横無尽に駆け巡った。
その尖った先端で怪物を串刺しにしながら、あるいは身体に巻き付き、圧力でバラバラに引き千切りながら、何度も何度も、意思を持つ生物の如くうねるように駆け巡る。
『──光の防御壁』
『──魔力の防御壁』
レオンの左手に持つ“俺”の先端でふたつ同時に白と青の魔法陣が浮かび上がる。次に、レオンとキリアの身体が白、青、それぞれの光に包まれた。
俺は続けて魔法の詠唱を行う。
無数の触手は暴れ狂ったままに──
『敵を喰らえ──黒血の牙!』
『敵に向かえ──黒の重力弾!』
魔剣の先端に再び浮かび上がる、今度は黒いふたつの魔法陣。
それにより、空中で黒い血のような物が出現し、それが渦巻いて鋭い牙を生やした大顎を持つ黒い血の塊を形成した。
そしてそれは、触手達がズタズタにした怪物の肉片、全てを喰らい尽くす。
一方、もうひとりの魔法によって出現した多数の黒い魔法球は、残った怪物達の身体へと追尾するように飛んで行き、それに触れた瞬間、怪物の身体は弾け飛ぶ。
そして──
『──黒の亜空間──』
剣先に現れる一際大きな黒い魔法陣──バチッバチッと音を立てながら、“俺”、魔剣の前方で空気が歪み、そこから大きな黒い球体が姿を現した。
満天の星空を思い浮かべるようなその表面。
そしてその黒い球体は、残った怪物の身体、肉片、奴らが手にしていた武器や付けていた鎧、蜘蛛の足のようなものを持つ怪物を形成していた、ありとあらゆる要素、その全てを呑み込み、やがて消えていった──
───
「……やはりその力、凄まじいな。以前、出会った漆黒の剣を持つ、オッドアイの少女、デュオ・エタニティ。彼女の存在こそが、この世界に於いて真に最強の人間種である事は間違いないな……まあ、お前が正確にその人間種に該当すればの話だがな?」
左手に持つ“俺”に対し、レオンが少し皮肉とも取れる言葉を口にする。
そんなレオンの隣に、素早く自身を乗せた馬を寄せるキリア。鋭い眼差しで手にしたメイスを構え直す。その視線の先に──
──戟を地面に突き立て両腕を組み、まるで今まで繰り広げられていた戦闘を観察していたかのように立つ、白い髪の仮面の女。
ゆっくりと戟を手に取り、傍らにいた馬に飛び乗る。
「成る程、中核が言っていた、黒の御君曰く、異なる力って奴か。黒い剣──確かに厄介だね……だが──」
戟を振り上げ、再びレオンに向かって駆け出してきた。
「あっはははははあぁっ! 私は『滅ぼす者』、その眷族! 貴様ら塵屑如きが敵う相手じゃないのさ!!」
声を張り上げ、手にした戟を振り下ろす。
それを割り込んできたキリアのメイスが受け止めた。
戟と鉄槌、重なり合わさった互いの武器が、ギリギリと軋み合い、つばぜり合いが始まる。キリアと仮面の女の目と目が睨み合い、均衡する緊張の時が流れていく。
「!?──なんですかっ、この強力な力。先程とはまるで比べ物に……くっ!」
キリアの口から言葉が漏れる。その声に反応し、仮面の女の覗いた口元が歪にゆがむ。
「そりゃそうさ。どれだけ強かろうが、所詮、お前はただの人間なんだからねぇ──」
ギリギリと音を立てる互いの武器。やがて、押し返され、仮面の女の戟がキリアの身体に迫っていく。最早、彼女が追い込まれ、劣勢に立たされている事は明らかだった。
だが──
「──せやぁっっ!!」
気迫の声を上げるキリア。
同時に手に持つメイスに渾身の力を込める。直後、その力に耐えきれず、戟の打ち合わさっていた部分が、音を上げてバラバラに粉砕された。
その一瞬の隙を見逃さず、キリアは彼女に向けて、馬上から蹴りを放った──しかし見切られ、かわされてしまう。
身を反らし、それをかわし終えた仮面の女が前方に向き直る──だが、キリアが繰り出す次の攻撃が目前に迫っていた。
キリアが放つ、蹴りの勢いを利用した馬上で放つ回し蹴り。不意を突いたその攻撃により、仮面の女は不覚にも仮面部分にその一撃を受けてしまう。
「──ぐああっ!!」
仮面の女は呻き声を上げ、顔を両手で覆う。同時に──
カラン──
地面に仮面が落ち、そして転がった。
「……ぐうっ、ぐぐっ……お、おのれ!」
「確かに私は人間。だけど、ごめんなさい。ただの人間という訳ではなかったみたいですね」
キリアはそう言いながら、仮面の女に再び、目を向ける。だが、もうその目は哀れむ者を見るような、そんな光を帯びていた。
「……さあ、もう終わりにしましょう。私の友人、ミランダ……」
その声に、顔を覆ってうつ向いていたミランダと呼ばれた仮面を付けていた女が、ガバッと顔を上げる。
そんな彼女の顔も、自身の美しい白い髪に、劣らない美貌の持ち主だった。
だが、今は驚愕の表情によって歪んでいる。
「き、貴様っ。今、何と……ぐっ、ぐうあっ!……あ、頭が割れそう……だ……」
ミランダと呼ばれた女は、苦悶の声と共に再びうつ向く。
「……ごめんなさい。ミランダ。あなたがこうなってしまったのは、半分が私の責任……あなたがずっと愛していた人を私が奪ったのだから──」
「黙れ! 女!!」
「“レオンハルト”、その名の男性を私達は愛してしまった……私はあなたの気持ちを知っていた。あなたも私の気持ちを知っていた……だったら、取るべき道はひとつの筈。欲するのならば、戦って奪うのみ──恋も“戦争”なのですよ」
「黙れっ!! それ以上口を開くな!!」
「あなたはあの御方を諦め、戦う事を放棄した。その事がもう半分のあなた自身の責任……その事を私に対する友情に変換するのは、やめて下さい」
「……ぐううっ……もう、や、やめ……」
「──今以上にあなたが傷付くだけだから……欲するのならば戦うべきだったのです。裏切られる事になろうと……その心を削り取られる事になろうと……諦めずに──」
キリアはミランダの姿を見据えながら、彼女を指で差す。
「──戦うべきだったのです!!」
そんな彼女の凛とした声に、ミランダと呼ばれた女は白い髪を振り乱し、見悶える。
「おのれっ、おのれっ、耐えろ!! この脆弱な人間の身体めがっ! ぐっ、ぐあああああーーっ!! 頭が、頭がああああああーーっ!!」
苦しむ女の姿を、キリアは悲しみの表情で見守っていた。
そんな彼女の隣に、静かに馬の足を進めるレオン。
「……ミランダ・オルフェス……キリア、俺は先へと進む。後は任せた……相手となる存在は、今の姿であればおそらく、お前であれば問題ないだろうが、そうでなくなった場合。その時は構わず引け。無謀は厳禁だ」
「はい。承知致しました」
馬の踵を返し、先へと進むレオン。見送るキリアに対し、前を向いたまま手を上げる。
「後で会おう。“必ず”だ!」
「──御意!!」
その声に応じ、馬上で騎士の礼を取るキリア。
◇◇◇
レオンハルトの姿が、完全に視界から消えたのを確認し、キリアは再び振り返り、その手にメイスを構えた。
そんな彼女の目に、馬上でうつ向きながら、ミランダと呼ばれた女が身体を小刻みに震わせている姿が映った。
しばらくしてその動きが止まり、やがてゆっくりと顔を上げる。
以前と違い、凍り付いたような無表情だったが、目だけは怒りに猛け狂っていた。
「……ふう、まだ頭は痛むが……幾分ましだな。全く、人間の身体は脆くて使えん……むっ、右腕も、もう使い物にならないじゃないか……まあ、いい。さっさとこの女と先程の男を殺し、右翼と合流するとしようか」
そう言い放ち、ダランと力なく垂れ下がる自身の右腕を、ブチッブチッと音を立てながら引き千切った。
吹き出す赤い鮮血。
その断面から、一瞬にして長く尖った爪を持つ黒光りのする新しい腕が、姿を現すように競りだし、生えてくる。
右腕が異形となった女が、口元を歪にゆがませた。
それを目の当たりにし、メイスを再び構え直すキリア。
そして、キッとミランダと呼んだ者を見据える。
「──いいでしょう、ミランダ。今こそあなたに引導を渡し、私自身に課せた責務をここで果たす事と致しましょう!」
◇◇◇
──助けて、アル──
疾走する馬の振動をレオンの背中で感じながら、俺は心の中でその声を聞き取った。
──死にたくない。生きたい……生きてアル、あなたに会いたい──
『──ノエルっ!!』
思わず叫んだ念話の声に反応し、レオンが声を掛けてくる。
「どうしたデュオ、何かあったのか?」
『………』
心の中で感じ取れるノエルの紅い光はまだ健在だ。相変わらず、その動きは止まったままだが……だが、心なしか、放つ光の強さが徐々に弱まっているような気がする……。
『大丈夫、まだ気配は感じ取れる! だけど、急いでっ! 時間がないっ……とにかく急いでくれ! 早く!!』
俺はレオンに向かって、絶叫するような声を上げた。
「了承した……すまんが、もう馬は使い物にならなくなるぞ──せいっ!」
そしてレオンは馬の速度を、その馬の持てる限界以上に速めた。
彼の言葉通り、おそらくこの馬はその足を止めた時、再び自らの足で立てる事すらできなくなるだろう。その事にも、すまないと罪悪感を感じ、心の中で謝罪する。だけど、今はそれよりも──
──頼む! 間に合えっ、間に合ってくれ!!
紅く光るノエルの気配との距離は確実に縮まっている! 後、僅かだ!!
そんな時、再度俺の頭の中に、ノエルの悲し気な声が響いてきた。
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──私は離れたくない……あなたと離れたくないんだ。私達は一心同体……いつも一緒だよ──
……ノエル!!
──アル──
そして俺の頭に思い浮かんでくる見慣れた、元気な微笑みを浮かべる少女。
ただ、その顔は彼女の特徴的な大きな癖毛は、前に垂れ下がっていて、目も互い違いのオッドアイではなく、そのふたつの目は綺麗な青い輝きを放っていた。
デュオ・エタニティではなく、“ノエル”という名前の、この世界でひとりしか存在しない女の子──
揺れる背中で、俺は心の中で大きく叫ぶ!
──待ってろっ、ノエル! 俺はいつだってお前の傍にいる! 俺達は一心同体だ!!




