113話 女性って基本怖い?
よろしくお願い致します。
俺を背負ったレオンがキリアの元へと近付く。
彼女の目前では、ある者は武器を捨て、ある者は身軽となる為に鎧を脱ぎ捨て、またある者は混乱しているのか、自らが搭乗していた馬さえも捨て、自分の足で逃走を始める者もいた。
今、ノースデイ王国軍は戦意を失い、戦いに破れ、全ての兵士達は散り散りに敗走をしていた。
その原因となる要素は──キリア・ジ・アストレイア。
その恐るべき恐怖の対象から逃れる。その為に。
やがて、彼女は近付くレオンに気付き、その顔を向けて、ニコリとやさしい微笑みを浮かべる。
千の大軍勢対一騎の騎士。そんなあり得ない戦争の勝利者とは到底思えない、可憐な風貌だった。
「やはりさすがだな、キリア、見事。礼を言う」
レオンのその言葉に、彼女は右手に持つ戦鎚を放して、そのまま地面に落とした。ゴトリと鈍い音を立て、おそらくはその物凄い重量によって地面にめり込み、直立に立つ白銀色の巨大なメイス。
そんな光景に目を奪われるその隙に、キリア。彼女は今度は自身の馬から、レオンの馬上へと跳び移った。そして──
再びその首元へと自身の両腕を絡み付ける。
「これは今回の戦の私への恩賞とさせて頂きます」
レオンの口をまた一度、キリアの唇が塞ぐ。そしてそのまま、しばらく時間が流れた。
そんな中、聴覚として入ってくる、何となく卑猥っていうか、やらしいって感じる接吻の音……まあ、これがいわゆる深いキスってやつなんだろ……さすがの俺だってさ、それくらいは分かるって。それでも……はあ……。
はい。もういくらでもあなた方の好きにして下さいな……言っとくけど、別にひがんでる訳じゃないからな。俺は元々、こういうの苦手だし。
─────
壊滅し、敗走した王国軍の跡地に異常がないか、通り抜け様、その様子を確認する。
レオンとキリアは、横に馬を並べてゆっくりと足を進めていた。そんな並走の最中、ふと思い出すかのように、キリアはレオンに声を掛ける。
「……それにしても珍しい事ですね、レオンハルト様。貴方様がご自分の愛剣、『真刀ハバキリ』 それ以外の剣をその身体にお帯びになさるとは……」
その言葉に、レオンはキリアに視線を向ける。
「この背中の剣の事か? これは俺の所持する物ではない。そもそも剣と呼んでいいシロモノなのかも怪しいしな」
「そうなの……ですか、それにしても美しい剣ですね。流れるような曲線の形状と、漆黒の輝きを放つ刀身……まるで何もかも……全てを吸い取られてしまいそう……」
魅入るようにして剣に向けて凝視するような視線を送るキリアさん。やがて、その目は剣の赤い宝石部分を捉え、見つめてきた。
すなわち今、俺は美しい大人の女性と見つめ合っている……何だコレ。
「執着のようだな。手に取ってみるか?」
「……良いのでしょうか?」
レオンの言葉に、彼女は目を輝かせる。そしてレオンは自身の背に手を伸ばし、“俺”を手に取った。
──おっと、身体に絡み付かせた触手を解かねば……。
レオンから黒い剣である“俺”を受け取るキリア。天に掲げ、ひとしきり眺め終えると、今度は一度、上から下方へと勢いよく振り下ろす。
空気が裂ける音を立てる。次は下から上方に一閃。
ヒュンッ──見事な剣捌き。
キリアはそれを終えると、手に持つ黒い剣である“俺”を、そのまま自身に引き寄せ、改めて見入る。そして再び赤い宝石部分を凝視する。
「……あなたの中に意識を感じる……そう、あなたは自我を持つのですね? この場に向かっている時、私は何者かが発する言葉を心の中で感じ取りました……あの声はあなただったのですね?」
……さすがは人間という種族最強の人物。まさか、第六感まで超越しているとは……。
『ご明察、私は魔剣。名は、今は仮にデュオとします。よろしく。え~っと……』
「凄い……本当に言葉を発する事ができるのですね。ふふっ、私の事はキリアとお呼びになって下さい」
そしてレオンの口から、俺との関係。それと今までの事柄を簡単に説明を受ける彼女。
─────
「……全てを語って下さり、感謝の言葉を申し上げます。レオンハルト様。貴方様が王をお辞めになった理由が、初めて私にも理解する事ができました。ありがとうございます」
その言葉を言い終えた彼女は手にしていた魔剣、“俺”をレオンに手渡した。
「成る程、この剣はとても良い物です。鋭く、軽い。そして何より手にした時、身体に流れ込んでくるような力を強く感じます……なれど」
そう言いながら、傍らの地面に、突き刺さっているかのようにして立つ巨大なメイスを手に取り、自身の胸の前で掲げてみせる。
「私にはこれが一番……ですね」
そう言ってニコッと微笑む。
「そういえば黒い剣、デュオさん。何故、私が剣を用いないと思われます?」
再びレオンの背中に収まった俺に対し、キリアがそう問い掛けてくる。
『剣術が余り得意でないとか?』
「剣術に於いては、私は最も得意とするものです。むしろ鈍器による戦闘術の方が少し苦手です」
『へっ……じゃあ、なんで?』
「理由はふたつあります」
そう言って彼女は、二本、指を立てる。
「理由のひとつは、剣は物によっては軽く、鋭く、切れ味も勝ってますが、使い手の能力を以てしても、決して補えない欠点がひとつ存在します……それは脆く、折れやすいという欠点です。長期戦ともなり得る戦場に於いて、これは致命的な欠点です。それに比べて──」
彼女は手に持つメイスの特殊な形状をした、鎚の部分を愛しそうに撫でた。
「──このコは絶対に折れません。そして私の力に応じて敵の全てを“粉砕”してくれる……私の大切な相棒、白銀のメイス『刃のない断頭台』──」
……何か嫌な予感を感じつつも、俺はもうひとつとやらの理由を聞いてみる。
『もうひとつの理由は……?』
その問いに、彼女はニヤッと別の笑みを浮かべた。
「もうひとつの理由……そうですね。黒い剣、デュオさん。あなたにもしも身体があると想定して、自身がその最後を迎える際……あなたの身体に突き立てられるのならば、鋭く尖った切れ味の良い剣と、鈍く重い重厚な鈍器……あなたはどちらがお好みかしら?」
人差し指を口元に立て、ニヤッとした笑みを浮かべたまま、恐ろしい内容の言葉を口にするキリアさん。そんな様子に、俺は思わず絶句する。
そしてレオンの背にある俺の赤い宝石部分を見つめながら、彼女は再び口を開く。
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっとからかってみただけですよ」
そう言い、前へと向き直る彼女。そのまま、何事もなかったかのように馬の足を進める。一方、それに並走するレオンも表情を変えず、無言だった。
……キリアって女の人は確かに特別な人間かも知れないけど、トマト好きのノエルといい、怒りでバーサーク状態になった時のフォリーといい、取りあえず──
女って、怖えぇぇぇーーーっ!!
そう大声で叫んでいた……心の中で、おおっ、怖っ!
─────
谷間を抜けると、辺りは山岳地帯が広がっていた。少し狭くなった山間の道を、レオンとキリアが並んで馬を走らせている。
「どうだ。お前が探している者は、明確に感じ取れているのか?」
レオンの問いに、俺はそれに応じて感じ取る事に集中する。
──間違いなく感じ取れる、ノエルの紅く光る気配。しかし、その位置は依然として同じ場所に留まっていた。さっきの戦闘で大分時間をくってしまったが、この場所からその距離は然程離れている訳ではない。
だが、何故かさっきから、嫌な焦燥感がずっとまとわりついていた。
──ノエル、待っていてくれ! 直ぐにそこへ向かう!!──
『うん。しっかりと感じ取れている……だけど急いでくれっ、そのまま真っ直ぐだ!』
「了承した。馬の足を傷めぬ程度に少し速度を早めるぞ」
─────
だが、結局の所、やはり世の中は基本、理不尽だ。自分が思い描いた望みも、思い通りになる事より、ならない事の方が圧倒的に多い。それもまた、この世界の道理なのか……。
突然、右前方の山岳から、ひとつの人馬の集団が砂塵を上げながら駆け下りてきた。
その数、三十前後だろうか? そして集団の先頭を駆る黒い鎧の細身の兵士。
キリアが纏う鎧と全く同一の物だった。 ──“黒い戦乙女”──
相違点は髪の色が透き通るような白である事、手に持つ武器が長い戟である事、そして最大の違いは顔を仮面で覆い隠している事だった。
──こいつは、まさか……。
先頭を駆る仮面の女騎士を目にした瞬間、レオンとキリア、ふたりの表情も険しいものとなり、向ける眼光の鋭さも増す。
『……あれは、あの“仮面”は俺……私達を襲った黒い鎧の奴ら……』
「ふん……そのようだな」
腰にある鞘から、白銀に輝く長剣を抜き取るレオン。
そのレオンの前方を塞ぐようにして、巨大なメイスを手にしたキリアが躍り出た。彼女は後ろに振り向かず、言葉を口にする。
「ノースデイからの撤退命令。その時に乱心し、行方を眩ました者達について、私は調査をしていました……何故なら、その中に私の無二の友の名があったからです」
右前方の山岳から駆け下りた黒い集団が迫ってくる。
「行方を眩ました者達は、全員で六七名の我が戦国の兵士の内、隊長級の者は、過去の戦いで家族も部下も失った副官オルデガ。もうひとりは幼少の時、虐待により自身の両親をその手で殺めた斥候、及び特攻隊長のヒューリ。そして残るもうひとり……私の親友で恋敵でもある指揮補佐官、ミランダ……全て“負”の感情に取り込まれる要素が強かった精神の持ち主です。彼らはおそらく選ばれたのでしょう」
『………』
キリアは前方に顔を向けたままで言葉を続ける。
「レオンハルト様。貴方様は何故、私がこの地にやってきたのかを、尋ねてらっしゃいましたよね?」
「……ああ」
「その本当の理由は、私が原因で救えない存在となってしまった者に対して引導を渡す……その為に参りました」
「……そうか」
そして目前に迫る仮面の女を先頭とした黒い集団、その女騎士の後に続く者達は身体中から蜘蛛のような足を飛び出させていた異形の怪物の姿だった。
白い髪の仮面の女から狂気じみた絶叫のような声が発せられる。
「あははははははっ! 見つけたぞおぉぉーーっ! この穢らわしい身体が追い求める人間の雄、レオンハルトォォーーっ!! あはははははっ!!」