109話 始動 魔剣アル
よろしくお願い致します。
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まあ、その何だ──人と人との出会いにはその後、様々な物語が紡ぎ出される。
初めての出会い、初対面。思いがけない巡り会い、邂逅。再び会う、再会……運命的、偶然的、突発的、悲劇的、うんたらかんたら……後、え~っと──省略だ。
とにかくだ。まず会う事から始まり、その後に色んな展開がある訳だ。だが、これは一体、どういう展開だ?
世間一般には、これは“再会”というものに分別されるのだろうが……取りあえず、俺が今、何を言いたいのかというと──
ごうごうと滝の水が流れ落ち、叩き付けられる音が響く川の浅瀬の中。黒い魔剣である俺が突き刺さっている。
そんな俺の姿に、ひとりの男が、見透かすような鋭い視線を向けていた。
俺は剣にある赤い宝石のような目を動かし、もう一度、その男の姿を確認する。
馬から降り、川の浅瀬の前で俺と対面している。腕を胸の前で組み、堂々とした風貌で仁王立ちしているその姿。
以前会った時と、少し変化している外見。
黒く長い髪を、後ろにひとつに束ね、縛っている。身体にはかつての黒い重鎧ではなく、動きやすそうな黒鉄色をした金属製の軽鎧。冒険者の出で立ちだ。
その腰には、例の愛用していると思われる長剣が鞘に納められ、取り付けられている。
そんな男の切れ長の鋭い双眸から、俺に向けて、射抜くような眼光の視線を向けていた。
……間違いない。この男は、あのレオンハルト王だ……でも、なんで? た、確かに俺は誰でもいいからきてくれって、あの時、叫んでしまっていたけれど、なんでよりによってレオンハルトなんだ?
全くの予想外の事態だ。この後から話が紡ぎ出される展開ってのが、俺にやってける自信が全然ないっ!
俺はこの人物の事は、本音を言うと実は少し苦手だ。この人の前では彼の鋭い目によって、自身の全てをさらけ出してしまう。何故かそんな感覚に陥ってしまうのだ。
ほら、こうやっている今も向けられる視線によって、そんな感覚に陥りそうだ……って、言ってる場合じゃないっ!!
取りあえず今は、この想定外の邂逅により、俺は大いに困惑しているっ! そう言いたいのだ!
……まあ、後で考えてみると、彼も俺、すなわち、デュオの事を探していた様なので、あながち全くの想定外とは言えなかった訳なのだが……。
だが、しかし……やっぱりダメだ。この出会いから物語が紡ぎ出される展開が、全く浮かんでこない……さて、どうするか。
一応あらかじめ、その為に用意していた台詞を言ってみるか? ただ、彼とは初対面ではないので、少し変える必要はあるけども。まあ、この際致し方なし。
それじゃ、気合い入れて……ばっち行くぞ?
俺は川を挟んで対峙しているレオンハルトに向けて、念話による言葉を発した。
『よくぞ我が呼び掛けの声に応じてくれた。勇敢なる心強き者──ミッドガ・ダル戦国の王、レオンハルトよ。汝と会うのは実に二度目となる。我は彼の黒の剣士、デュオ・エタニティの片割れである黒い魔剣、名はなき、漆黒の魔剣だ。我らはある出来事によって、その存在をふたつに別つ事となってしまった。願わくば、その身体と我が再び、ひとつとなり力を取り戻す。その為に、今一度、その力を我に貸してはくれまいか?』
……まあ、こんなもんだろう──どうだ! 俺のこの迫真の演技力! さあ、レオンハルト。返答は如何に!? えっへん!!─って、いかんいかん、これは俺の決め台詞じゃない。またノエルにどやされてしまう……。
俺は得意満面のドヤ顔でその答えを待つ。
──え? 剣なのにそんな表情できる訳ないって? そこっ、そんなに強く突っ込まないっ、これはあくまで俺の気持ち。うん、心情ってやつなのですよっ!
やがて、しばらくそれに沈黙していたレオンハルトから、静かに声が発せられる。
「それは何のつもりだ? ふざけているつもりなのか、デュオ……」
……これは……この展開は……またかっ、また、やってしまったのかっ……ダメだ、風が吹く! 冷たい風が吹いちまう!!──ごめんなさい。風の大精霊様! 本気でやめて……いや、ほんとに……。
そして──
──ヒョォォォウ─
剣である俺とレオンハルトの間に、一瞬だけ、冷たいつむじ風が吹き荒んだのであった。
──寒っ!! ううっ、ホント色んな意味で……でも、さすがは百戦錬磨の戦王レオンハルト。俺如きの茶番なんぞ、所詮通用しないって訳か。
そんじゃまあ、そこはもう、いつも通りって事で……。
『……え~っと、改めてお久しぶり。レオンハルトさん。その……ちょっと、おふざけが過ぎた……かな??』
完全に開き直った俺が、そう念話の声を発する。そして彼の返事を待たずに、続けて問い掛けてみる。
『それで……俺。い、いや私、デュオの事をどこまでご存知なんで……?』
その問いに、レオンハルトは俺を見据えたまま、表情を変えずに答えてきた。
「別に俺はお前の事をそんなに知ってる訳ではない。今のこの状態に於いてもだ。むしろ何も知らん。だが……そうだな──俺はデュオ・エタニティという人物を捜索中だった。その最中で、彼女に似た声のようなものと気配を感じ取った。そしてそれを追って、この場所に辿り着いた──そんな感じだ」
『………』
「まあ、いざ対面となってみれば、そこにデュオの姿はなく、彼女が手にしていた剣が突き刺さっている訳なのだが。だが……黒い剣。お前が、“デュオ・エタニティ”という存在なのだろう? 分かれたという身体の方ではなく、お前が本体なのではないのか?」
……その慧眼、全く畏れ入る。だけど──
『違うっ! 俺いや、私! 私達はどっちが本体でどっちが分身なんかじゃない!! この剣とあの身体、ふたつで“デュオ・エタニティ”っていう存在だ! どちらかが欠けた時点で、デュオじゃなくなってしまう!!』
「………」
その俺の言葉に、レオンハルトは予想もしなかった言葉を投げ掛けてきた。
「俗世では、人は俺の事を人間という種族で最強と評している。また、その自負もある。黒い剣、デュオ。お前、俺と組むつもりはないか?」
──!?
「いずれ相見える『滅びの時』 それに対峙すべき時、あの少女の身体よりも、俺のそれの方が全ての要素に於いて比較する必要すらない。お前が目指す目的の為ならば、むしろ当然の選択と思われるが……?」
成る程……至極当然、幼子でも容易に辿り着く答えだ。戦闘に於いてほぼ素人。しかも少女であるノエルよりも、人間に於いて最強と称されている歴戦の王、レオンハルト──もしも、俺がノエルと出会ってなかった頃、同じ提案を彼から受けて入れば、一もニもなく飛び付いていただろう。だが、今の俺の返事は決まり切っている──!
『ない……あの身体と私が同体となった象、存在。それが私達、“魔人デュオ・エタニティ”! それ以外に考えられない!』
そう、念話の声を言い放った俺、黒い剣に対して、レオンハルトは押し殺した笑い声を漏らした。
「フッ、フフフ……まあ、そう言うと思ってたさ」
そして浅瀬に足を入れ、俺の元に近付いてきた。
「よかろう、デュオ。元々そのつもりだ。その願い聞き届けよう……ただし、条件がふたつある。ひとつはその身体が再び、ひとつとなった時、前にも言ったが、お前の目的の為の旅に、俺も同行させて貰う」
『勿論、それは構わない』
「そしてもうひとつは──」
レオンハルトは俺の前に立ち、無意識なのか、魔剣の視覚部位である、赤い宝石のような部分を見つめながら言う。
「……それは、あとしばらくの後、くるべき時がきた時──その時に受け入れて貰う。さあ、返答は?」
……後のもうひとつの条件ってのが、妙に気になるけど……とにかく今は、まず“デュオ・エタニティ”に戻る──ノエルとずっと一緒にいる。その契約を守る為に──
『受け入れる。力を貸してくれ、レオンハルト』
その言葉にレオンハルトは、剣である俺を手を掛け、そして引き抜く。
「了承した。デュオ、これからよろしく頼む。それと前にも言ったが、俺の事はレオンと呼べ」
『ああ、こちらこそよろしく。レオン』
さあ、行くぞ! 待ってろよ、ノエル──