9話 トカゲと少女の心理戦
よろしくお願い致します。
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ロッティと名乗った小さな女の子は、俺の鼻の上に座り込む。
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『え~っと、ここにいるっていう事は、あなたが選ばれた勇者様だって事でいいんだよね? お名前は何て言うの?』
………。
言葉が話せるっていう事は、会話ができるって事だよな。という事は……。
『ねぇ、聞いてるの? ねぇってば!』
「──あ、あの、質問があるんですがっ!」
『はっ──はいいいぃぃぃ~~っ!?』
思わず興奮して急に話し出した俺の大きな口の動きに合わせて、座り込んでいた女の子の小さな身体が、ポワンと上方に大きく弾む。
「ここはどういう世界なんですかっ!? ここは何処なんでしょう!? それと、人が住んでいる村か街へはどう向かったらいいんですかっ!? えーっと、後は──」
『えっ……あの、ちょ、ちょっと待って待って!』
「それと、えーっと、それからそれから……」
『だ・か・ら、ちょっと待っててばっ!!』
「──う、うぐっ」
………。
あっちゃ~~っ、やってしまった。思わず会話ができるという事が、あまりに嬉し過ぎて!
俺のバカちんめ──ぐ、ぐふっ。
改めて女の子の姿を見てみる。
───
エメラルドグリーンのウェーブがかったロングヘアーに蒼玉色の大きな瞳。心なしか耳の先端が少し尖っている。
10歳くらいの可愛らしい女の子。白いワンピースを身に纏ったその身体が、フワフワと宙に浮いていた。
頭に思い浮かぶ通りの精霊像。
───
『あ~、びっくりした。あなたって、リザードマンなのに言葉が話せるのね。勇者って、なんでもアリなんだ』
「えっ、でも、それは君から話し掛けてきたから」
ん?……俺は何を見当違いな事を言ってんだ。そうじゃないだろっ!
精霊の女の子、ロッティは訝しげに首を傾げる。
『ん~……まあ、いいか。これはね、別に会話をしている訳じゃないんだよ』
「へ?……どういう事?」
『これは私が、あなたの心に直接語り掛けているの。つまり『念話』ってやつ。でも、あなたが言葉を話せるのなら、もうその必要もないわね』
「へぇ~、便利なもんがあるんだな。できたら、もっと早くに君と出会いたかったよ」
「えへへ~、それは光栄です、勇者様。ちなみにこれはもう、普通に喋ってるんだよ?」
そう言うと彼女は空中でくるりと一回転し、俺の右肩の所まで飛んできて、そのままその場所に座り込んだ。
「まあ、いいわ。あなたにも何か事情があるみたいだし、私が分かる範囲でのことで良ければ、教えて上げる」
「本当っ?」
「えぇ、本当よ。ただし、後で私の質問にも答えて貰うわよ。あなた、何だか主様からお聞きしているのと、大分様子が違うから」
げげっ、この子なんかやっぱ鋭い。うーん、それにそれってどうだろう? まあ、その時はあくまでリザードマンとして、何とか誤魔化すか。
俺は視線を右肩に座っているロッティに向け、質問を始める。
「それじゃ、まずこの世界は何処?」
ロッティがまず怪訝そうな表情をする。次に苦笑しながらそれに答えた。
「う~ん、そうね。この世界には四つの元素を司る大精霊様がいらっしゃるの。地・火・風・水、その主様達が世界を創造し、この“アースティア”っていう世界がある。あなたの言う何処っていう答えにはなってないけれど、それが今、私達がいる“ここ”。これでいい?」
「次にこの場所は? それと人が住んでいる所はどの辺りにあるんだ?」
この質問に対しては彼女は、少し困ったような表情を浮かべる。
「その事に関しては、私も良く知らないんだよね~。だって、勇者様の案内役として、最近生み出されたばかりだから。でも……」
ロッティは再び飛び上がり、今度は俺の目と鼻の中間辺りに座り込んだ。
「ここは人が住んでいる大陸から遥か彼方にある人がいない、言わば無人の孤島よ。誰がつけたか、人呼んで“最果ての孤島”……確か南方だっけ?」
「!!……」
思わず絶句した。
そして頭を鈍器で殴られる衝撃ってのは多分、こういうのだろう。何も知らず今まで這いずり回っていた、俺の数日間の努力は、一体何だったのか……トホホ。
「他に、何か聞きたい事は?」
………。
何か他に聞きたい事が色々とあったような気もするが、激しく動揺していることも相まって、取りあえずは首を横に振る。
するとロッティは無言で頷き、空中へと飛んで、そして浮かんだ。
俺は自然に彼女を見上げる形になる。
「それじゃ、今度はこっちの番!」
空中で俺のことを見下ろしながら、彼女はビシッとその人指し指を俺に突き立てた。
おおっ、様になって中々カッコいい!─って、そうじゃないそうじゃない!
何かすっごく嫌な予感がする。
「あなた。勇者様じゃないでしょう? いや、そもそもリザードマンですらない。あなた、一体何者なの?」
………。
さて、どうしようか……。
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ええい、ままよっ! こうなったら、一か八か、カマでもぶっかけてやるっ!
「何者も何も、見ての通りのリザードマンだよ。ただ、顔も身体も普通のそれとは規格外だけど」
ジロリと空中のロッティを伺いながら、俺は言葉を続ける。
「今までの質問はただ、生を受けた時から、俺がずっと疑問に思ってただけの事。一族には答えられる者がいなかったからな」
彼女は無言でじーっと、こちらを見下ろしている。
「言葉が話せる事とか、人が何処に行けば会えるか、何てみたいな事を聞いてきたのも?」
「まあ、そんなところかな。こう見えても俺は勤勉家なんだよ」
鼻を鳴らすように嘯く……自分で言いながら、何だか可笑しな気分になる。
「へーーっ、そんなんじゃなくて、ホントは人を食べてみたいとかじゃないの?」
お、おい、サラリと怖い事を言うんだな、この子はっ!
「─って冗談よ。でも、本当は図星だったりして」
ああーーっ、もう! でも、こっからが本番だ!
「もうそんな事はどうだっていいだろ。要は倒せばいいんだろう? 俺はその為にやって来た。さあ、ロッティ、案内してくれ」
彼女はまだ納得したような感じではなかったが、やがて自分自身を納得させるように小さく頷いた。
「もういいわ。余計な詮索はやめとく。じゃあ、私に付いてきて」
ロッティは前方を指差しながら、その方向に飛び出して行く。
俺もその後を追って行った。
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「そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかったわ」
「……勇者様でいいよ」
俺の答えにロッティは飛びながら振り返り、呆れたような表情で俺を見つめている。
「もうひとつ、質問いいか?」
「なに?」
「俺って、何を倒せばよかったんだっけ?」
ロッティは無言で正面に向き直り、飛ぶ速度を上げる。そしてその状態のまま、呟くように言った。
「命ある全ての生物の頂点に君臨する存在──」
……??
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「──竜よ」