106話 出発 小さな反乱軍
よろしくお願い致します。
ガタガタと音がして、その度に車輌が揺れる。
前方に見える景色も、良い天気と相俟って、とても清々しく感じる事ができた。
昨日の出来事が嘘のように思える。
昨晩はあの戦闘があった建物の地下室で、一晩明かしたのだった。
そして今、僕達兄ちゃんを救う小さな反乱軍は、朝の街道を走るひとつの馬車の中にいた。
馬を操る前の従者席にクリスさん。後ろの幌を屋根とした荷台に、僕とデュオさんの姿があった。クリスさんは、真っ白なフード付きの法衣の背中に長い金属製の杖を取り付けて、その上から茶色のマントを纏い、フードを目深に被って馬の手綱を握っている。正体を隠す為だ。
そんな背中をボンヤリと眺めていた僕は、目を自身の横へとやった。
そこに、白い袖のない服に藍色をした麻の半ズボン。その上から何か金属製の軽鎧を、胸や脛といった箇所に取り付けた、冒険者風の出で立ちをしたデュオさんの横顔が、僕の目に入ってきた。
そんな僕の視線に気付き、デュオさんはニッコリと微笑んでくる。僕もそれに微笑み返した。
そうしている間にも、馬車は音を立てて進んで行く。デュオさんが探しているという黒い剣の元に向かって──
「少し寒いね」
そう言い、デュオさんは横に掛けてあった黒いマントを羽織った。
「コリィ君は大丈夫? 寒くない?」
その声に僕は答える。
「大丈夫ですよ。ほら、僕もマント羽織ってますから」
そう言って、マントをバタバタとはためかせてみせた。
「ふふっ、なら、いいや」
本当にのどかだな。昨日の事がなかったように思えてきて、何だか前の従者席にキース先生が乗っていてもおかしくないってさえ思えてしまう……馬車の馬を操るキース先生。うん、とっても様になるね。きっと良く似合うんだろうな。
………。
「でもクリス君。馬車が残ってて、本当に助かったね」
「うん。ホンマにそうやわ。例え偽りの会社でも、普通に運送業もやっててくれて、あいつらにはメッチャ感謝してる……」
クリスさんとデュオさんの会話が聞こえてくる。
「あ……ごめん。また辛気くさい話になってしもとったな」
「ううん。そんな事ない」
「ところでデュオ姉。愛しの黒い剣とやらは、この方向で合ってるん?」
「え~っと……って、何言ってんの? そんな言い方やめてくれる? それじゃまるで私、変な武器愛好家みたいじゃないっ!」
「おおっ、怖っ! かんにん~」
そして目を閉じるデュオさん。
─────
「──うん。感じる……いいよ、それで合ってる。そのまま真っ直ぐに進んで。もう直ぐだ……もう直ぐに会える」
ん? なんかデュオさんの声が、震えているような気がするけど。
「確認やけど。剣を取り戻したデュオ姉が、本来持つ強力な力を取り戻し、そのままアレンがいる王都バールに、僕とデュオ姉が突撃を敢行! それでええな?」
「違うよ、クリス君。“突撃”じゃなくて“潜入”!」
「……まあ、そうともゆうな……」
全然違いますよ。クリスさん……。
「といっても、強力な力がどれくらいのものなのか。私にはその基準がよく分からないけど、少なくともアルは、私なんかよりもずっと強いよ。それこそクリス君に負けないくらいに」
うん? アルって誰?
「ん? アルって誰なん?」
クリスさんも同じように思ったみたい。
「えっ……い、いや、何でもないよ。こっちの事……」
──??
慌てたふりで答えるデュオさん。
「?……とにかくや。それが分かれば充分。僕と同等の強さ……うん、全然OKや。そのまま王都に突撃──やなくて潜入して、アレンを救い出し、ついでに王さん取っ捕まえて、直ぐにそこからとんずらや。期待しとるで、デュオ姉!」
「うん! 任されてよっ」
─────
穏やかな時に包まれたまま、馬車は更に進んで行く──
「会える~♪ アルに会える~♪ もう直ぐアルに会える~♪ ふん、ふふ、ふ~ん♪」
無意識なんだろうか? 身体を小さく揺らしながら、デュオさんが楽しそうに歌を歌っていた。
歌詞も何だか不明で、メロディーもいまいちだけど、凄く綺麗な歌声だった……いや、だからアルって、一体誰?
手綱を引いたクリスさんが、後ろに振り向く。
「えらいご機嫌さんやな~、デュオ姉?」
「う~ん。そうかもっ!」
あれ? そこはもう誤魔化さないんですね。
「会える~♪ 彼はまだ動かない~♪ きっと私を待っている~♪ もう直ぐアルに会える~♪」
あっ、二番もあったんだ……。
「……あかん。何か腑抜けてもとるわ。まあ、今はそれでええとして、向こうに着いたらキッチリ頼むで! コリィ、お前もやで。ちゃんと僕らを指揮してや?」
──えっ、ぼ、僕??
「はい。え~っと、よろしくお願いします?」
「お前はこの反乱軍のリーダーなんやからな。しっかり頼むで。さしずめ僕は軍の参謀で、コリィの右腕っていうとこやな」
その言葉に、デュオさんが抗議の声を上げる。
「えーーっ、それじゃ私は!?」
「ん~? なんやデュオ姉も役職欲しいんかいな……う~ん、そうやな……」
クリスさんがパチンッと指をならした。
「そや。デュオ姉にピッタリのがあるわ。軍の総料理長なんてどないや? 通称その名もコリィの“胃の腑”や! どや?」
……胃って、クリスさん。酷いです。でも……くすっ。
「──うんっ、そうそう、私の見事な女子力で皆の胃袋を鷲掴みっ!!──って、なんでやね~ん!!」
後ろからクリスさんに向かって、デュオさんが手を振り上げる。
「ああっ、デュオ姉。また僕の方言バカにしたやろっ! つーーん。どうせ、僕は田舎もんですぅーーっ」
後ろに振り返ったクリスさんが、口をとがらせておどける。
そんな光景が、可笑しくて、楽しくて……とても暖かくて。
デュオさんとクリスさんにやさしく抱き締められた時に感じたあの感覚。包み込まれるような温もりと安心感。
あれと同じ感覚を、僕は昔に感じた事があった。あれは──
そう兄ちゃんの背中におんぶして貰った時だ。
兄ちゃん──暖かさ──生きている証……。
地下の牢獄で捕らえられていた兄ちゃん。最後に会った時、兄ちゃんは何もかもを失っていた……生きている証さえも。
……そうだ。助け出したら、まず抱き締めてあげよう。今度は僕が生きている証をあげるんだ。兄ちゃんがそうしてくれたように。今度は僕が……。
もう直ぐだ。きっと、直ぐにその時がくる。
その時が──




