103話 竜人族の偽装会社
よろしくお願い致します。
大通りに戻った私達三人は、ひとまず一旦宿屋に戻る事にした。その訳は──
「……やっぱり、何かメッチャ嫌な予感がするんや。早急に向かいたいとこやけど、一応、念の為に準備は万端で行きたい。そやから、一度戻ってちゃんと装備をしてからにしよう。それでええやろ?」
「うん。分かった」
「はい」
◇◇◇
そして今、私は戻った宿屋の別室にて着替えをしている。変装の為に買った大きめの白い服と青い長ズボンを脱ぎ、下着姿となっていた。
……あ~あ。せっかくの変装の衣装も、これでお役目御免か……私の方は別に構わないけど、クリス君の衣装は何か、勿体ないな。
まあ、今度機会があれば、もう一度着て貰うなんてのもいいかも。ふふっ、フォリーさんが見たら、なんて言うかな?
ああ、そういえば、アルと出会えたのなら、ちゃんと彼にもクリス君の事を紹介しなきゃ──きっと、あれで男の子だなんて、びっくりするだろうな……。
──ガチャリ─
そんな事を考えている私に、聞こえてくるドアノブの音。
「どや、デュオ姉、もう着替え終わったんか~?」
そして私の目に、着替えを終えた白い法衣姿のクリス君と、目を丸くしたコリィ君が映るのだった……。
「──バ、バカっ! 入ってくんなっ! まだ着替え中だってばっ!!」
分かってて、わざと入ってきたな……こんにゃろ──
頭にカーっと血が登り、むきになった私は、脱いだ服で身体を隠しながら手当たり次第に手元にある物を、次々と部屋の入り口のクリス君に向かって投げ付けた。
「おおっ、怖っ!─ったく、デュ雄は男やから、別に恥ずかしくないんとちゃうん?……くすっ」
「いいから、早く出てけーーっ!!」
その間にも私はビュンビュンと物を投げ続ける。あ──コリィ君には当たってないかな?
「ひえぇ~、怖っ! かんにん……くすっ」
──バタン─
全く、もう……これって、完全に私に対しての仕返しだよね? おのれ、クリス。後で覚えときなさい!……って。
──あ。
私は部屋の扉を開きながら、頭だけを外へと覗かせた。
「……あの、ごめん。クリス君。脱いだ服も今から着る服も、全部投げ付けちゃった……悪いけど、取って部屋の中に放り込んでくれる?」
「へ?……結構ポンコツなんやな~デュオ姉」
「─っさいっ。ポンコツ言うな!」
とか言いつつ、着るべき服も投げてしまう私は、やはりちょっと抜けているのだろう……あうう……。
◇◇◇
そして準備を整えた私達は、人目を憚かりながら、小走りでその場所へと向かった。
先頭はクリス君。その後をコリィ君の手を引いた私が追っている。
「コリィ君、大丈夫?」
私は振り向き、小さな男の子にそう声を掛ける。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます……え~っと……」
あっ、そういえば私、まだ自分の口から名前を言ってなかったな。
「私の名前はデュオ・エタニティ。デュオでいいよ。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
やがて、クリス君を先頭とする私達は、前とは違う裏路地へと入って行く。
先程とはまた異なるその路地の雰囲気に、戸惑いを感じながらもクリス君の後を追う。そして彼はひとつの大きな門のある建物の前で立ち止まった。
門は錠がしてないのか、簡単に開き、中へと入って行くクリス君。私達も慌てて付いて行く。
窓の少ない全く生活感が感じられない倉庫のような建物。
辺りは静けさに包まれていた……っていうより、気のせいかな? 何か異様な雰囲気が漂っている。そんな気配が、何故か私には感じ取れた。
そしてそれは、クリス君も同じだったようだ。
彼は建物の入り口の扉に近付き、しゃがみ込みながら私とコリィ君に目配せを向けてきた。
私達もそれに従い、身体を屈めて彼の元へと近付く。
「この建物の中に、火の寺院の密偵。すなわち僕の同胞がおる筈なんやけど……ここが偽装の運送会社の隠れ家なんや。そやけど……何か様子がおかしい……」
そして続けて呟いた。
「……血の匂いが……する……」
彼の小さな声に、私とコリィ君は顔を見合わせ、息を呑む。
クリス君は周囲の様子を伺いながら、素早く立ち上がった。次にその手を扉のノブに掛け、ゆっくりと回した。
──ガチャガチャ─
扉のノブが侵入者を拒む音を響かせた。
再び扉の前にしゃがみ込むクリス君。
「……あかん。錠が掛かっとる……でも、それやったら一体、なんでや?」
彼の口から疑問の声が漏れる。
……どういう事?
次にクリス君は視線を下に向け、爪を軽く噛みながら何かを模索しているようだった。
やがて、その考えがまとまったのか、私達に向けて声を掛けてくる。
「うん……二人共、ちょっと待っといてや」
彼は左手のひらを広げ、それに向かい言葉を発した。
「──途切れる事なき、火の尾を持つ者よ。我が手の元に……」
クリス君の発する詠唱と共に、彼の手のひらに赤い魔法陣が浮かび上がり、次に赤い光が発生する。やがて、それはひとつの形を象っていった。
「火の精霊、火蜥蜴や。本来やったら、こいつはもっといかついんやけど、僕が呼び出す奴は何でか分からんのやけど、いつもこういう格好の奴が出てきよるねん。でも、どことなく可愛げあるやろ?」
そう言葉を投げ掛けるクリス君。その手のひらの上に、赤い体皮をした半透明の身体のトカゲがチョコンと乗っていた。
でも、それは目がとてもつぶらで、身体も頭も含めて全体的にまるっこく、トカゲというよりはイモリのそれに近いような気がする……。
─キュイッ
頭を持ち上げ、つぶらな目をこちらに向けてくる、火トカゲならぬ火イモリ。その姿もだけど、鳴き声もとっても可愛らしい。
「「可愛い!」」
私とコリィ君の声が重なった。
「おっと、今はこんな事、ゆうてる場合やなかったな」
た、確かにその通りです……。
クリス君は火イモリくんを乗せた左手のひらを、扉の下へとそっと下ろした。
「さあ、行ってき。ほいで中の様子を僕に見せてや……頼んだで」
─キュイッ!!
元気な返事の鳴き声を上げる火イモリくん。不謹慎だと思うけれども、やっぱり……。
「「可愛い!」」
あっ、またコリィ君と声が被ちゃった。
顔を見合わせ、お互いに苦笑いを浮かべる私とコリィ君。そうしている間にも、地面に降りた火イモリくんは、半透明なまるっこいその姿を蜃気楼のようにユラユラと揺らめかせながら、扉の奥へと消えて行った。
─────
無言で静寂な時間が流れる。そして今、この場の空気はとても重苦しい。
それというのも目を閉じ、何かを感じ取るようにしている状態のクリス君の表情がとても険しいからだ。彼の口からは、何度も小さい唸り声が漏れていた。
「……むう……」
さっきからずっと繰り返される同じような低い声。
おそらく今、あの火イモリくんを通じて中の様子を探っているのだろう。そしてその状況がクリス君が考えていたものよりずっと芳しくない。それ位の事は、さすがの私にでも理解ができた……。
やがて、扉の下から火イモリくんが姿を現した。それにクリス君は左手のひらを差し出し、その上に火イモリくんを乗せる。
「おおきに。ご苦労さんやったな……もう帰ってええで」
──キュイッ
クリス君の労いの言葉に、ひとつ元気な鳴き声を上げた火イモリくんは、自身の姿を風に揺らめく炎のようにして消えていった。
その様子を見届けた私は、堪らずクリス君に対して声を掛ける。
「クリス君。中の様子は……?」
「……ん。そやな……取りあえず、移動するで。付いてき」
そう言って身を屈めながら移動を始めるクリス君。私とコリィ君も、同じようにしてその後を追った。
そして直ぐ隣にあるちょっとした雑木林に、私達三人は身を潜める。
「結論から言うで。中で五人の死体が転がってる……皆、僕の知ってる顔やった……」
……芳しくない所か、最悪な状況のようだ。
「この建物はな、僕ら火の寺院の竜人族が偽装した運送業屋やねん。正体は寺院の諜報組織。メンバーは生粋の竜人……そんな強者の皆が血塗れの死体となって中で倒れてもとった……惨いわ。そいで動かない死体に囲まれて、微かに動く人の姿を見た。手足を縛られ、椅子に座らされていた……身に深い傷を負ってるんやろ。血が流れとった……コリィ。お前もよう知ってる人や……」
そう、苦し気に言いながらクリス君は、コリィ君へと視線を向け、彼を見つめた。
「えっ? ま、まさか、キース先生……?」
そのコリィ君の小さな声に、クリス君は無言で頷く。
「そ、そんな……一体、どうして……」
クリス君がそれに答える。
「キースは僕がノースデイ王家へと放った、寺院の密偵、及びアレンの護衛やねん。信頼してる竜人族の……僕の側近や。その彼が今、傷付き捕らえられ、周りを死体に囲まれとる。そいでこの建物は内側から鍵が……これは明らかに……」
ここで一度、息を呑むクリス君。
「……僕を誘い出す為の罠や……」
そんな彼の一言で、私達の周囲の緊迫感が一気に増した。
「そ、それじゃ……一体、どうするの!」
「クリスさんっ、キース先生は!」
私とコリィ君が問い掛ける言葉に答えず、クリス君は、自身の背中に取り付けてある白い布に包まれた長杖へと手をやる。
そして手に取り、ゆっくりとその布をほどいていく。
顕になる例の両端に鋭い槍の穂先が付いた特殊な形状の金属製の長杖。
クリス君は、それを見るも鮮やかな手捌きでブンブンと振り回してみせた。最後に地面にドカッと突き立てる。
「罠と分かっとっても僕は行く。仲間を見捨てる事なんてでけへん。その為のこの力や!」
そんな彼の力強い言葉に、私とコリィ君は黙って大きく頷いた。クリス君もそれに対して無言で頷き返してくる。
「……とはゆうても正面突破はメッチャ危険。そこでや──」
そう言いながら、彼はある場所を指差した。そこには……。
雑木林の中、背の高い雑草に隠れるようにしてある、ひとつの古井戸の姿だった。