102話 傷心の健康優良児
よろしくお願い致します。
「……すんっ……すんっ……」
「……もう大丈夫やからな」
小さな子の頭を、ずっとやさしく撫で続けるクリス君。
何か、感傷的だな……ダメだ。涙出てきそう……。
「………」
突然、何かを思い出したかのように、クリス君が顔を上げ、私を見つめてくる。その顔には何やら悪戯っぽい笑みが……。
ん? 急に一体、何なの??
「そういえばデュオ姉、えらい時間掛かりおったんやな~。もしかして小さい方やのうて、大きい方やったん? 最近、お通じ悪かったとか、そんな感じなん?」
……こやつは一体、何を言っているのだろう──ちなみに小さい方だよっ!
自分で自分の顔が、カァーッと赤くなるのを感じる。
「僕がここで悪党を懲らしめている間、ずっとやもんな……ずっと、懸命にがんばってたんやなっ」
……そんな悪い事言う口は! その口かっ! その口なのかあぁぁーーっ!!
「どや、デュオ姉。スッキリした?」
綺麗な顔で、悪気のない無邪気な笑顔を私に向けてきやがった……。
「──このっ、天然男の娘があぁぁーーっ!!」
そんな私の雄叫びに、びっくりして尻餅を着くクリス君と、キョトンとした表情で立ち上がる小さな子供。
あっ、やっぱり男の子だったんだ。
「急にどないしたんやっ、デュオ姉。びっくりするやんっ!!」
「びっくりしている場合じゃない! 私が……いや、オレがどれだけ心配したと思ってるんだ! 分かってるのか、クリス子!」
その声に露骨に嫌な顔をするクリス君。
「……うえぇ。まだ、それやり続けるつもりなん?」
「続けるも何も、お前はクリス子だろ? 大体、緊急事態だって事は分かるけど、せめて一声掛けてから行ってくれよ。クリス子。頼むぞ、クリス子。返事は? クリス子」
……あれ、何かうつ向いて、プルプル震えちゃってるよ。もしかして、ちょっと言い過ぎたかな?
「……もう嫌や。もうやめる……クリス子なんてやめたるっ!!」
クリス君が両手を上げながら、勢いよく立ち上がった。
「な、何を言ってるんだ。クリス子……」
私が漏らす呟きに、クリス君はべーっと舌を出す。
「い~え! もうやめさせて頂きますぅーっ!─って大体、なんやねん。クリス子の『子』ってのは? その『子』っていう意味が分からんわっ!!」
「それは……オレが昔、何処かで聞いた事がある言葉で……確か、どんな名前でもその『子』という文字を最後に付け足せば、女の子の名前になってしまう魔法の文字だとか……」
その言葉に、更にジットリとした目で言い返してくるクリス君。
「な、なんや。それは……デュオ姉。それこそホンマに誰得っていう奴やん! 全く、そんな情報どっから仕入れてきたんや? 思いっきり突っ込んだるわっ!!」
「……クリス子。何度も言うが、オレはデュオ姉じゃない。デュ雄だ」
最早、呆れを通り越したクリス君は、怒ったような声を上げる。
「どわーーっ!! そのデュ雄の『雄』ってのも訳分からんちゅーねん! 大体、そんなん文字にせんと違い分からへんやん? オに雄。声に出してもおんなじやん……おんなじやん……なあ、同じやってゆうてーーなっ!──うえぇぇ~ん!!」
……あらら、泣いちゃった。
やがて、泣きべそをかきながら、クリス君は身に着けている衣服を次々と脱ぎ出していった。
金髪のカツラ、濃いピンクのボレロ、それに真紅のワンピース。脱いだ服が順番に放り投げられ、ヒラヒラと宙に舞う……。
最後に全ての衣装を脱ぎ捨て、薄い肩ひものキャミソールと真っ白なかぼちゃパンツ……そんな下着姿になったクリス君が、涙目で両手を腰に当てながら、大きく胸を反らした。
「ぐすん──さあ、これで健康優良男児。クリス君の完全復活やでっ! どやっ、えっへん!!」
「あーーっ! それ、私の決めポーズっ!!」
得意そうに胸を張るクリス君。薄いキャミソールから覗く、ペッタンコの胸が最早、自分が男である事を大いにアピールしていた。
……あ~あ、もう台無し。よっぽど嫌だったんだな……。
ふと見ると、クリス君に抱き締められていた男の子も、目を丸くしながら呆然とクリス君の姿に目を奪われている。
それは驚くでしょ。だって、目の前で綺麗な女の子が、急に男の子になっちゃったんだもの……。
やがて、男の子から震えるような声が漏れてきた。
「……お姉さんって、金色の髪じゃなくて、青い髪だったんですね……それも綺麗な色です……」
………。
「「ええっ、突っ込むとこ、そこ『なのっ!』『なんっ!』」」
私とクリス君の突っ込みが、方言以外一致した瞬間だった。
そして一瞬できる静寂。その間が何だか可笑しくて、私の口から笑い声が漏れた。
「くすっ……ぷっ、あははははっ!」
そんな私の笑い声につられ、クリス君と小さな男の子も一緒に笑い出した
「えへへ……あははははっ!」
「ぷぷっ、あは、あははははっ!」
やがて、笑い合う声はやみ、男の子は真剣な眼差しでクリス君に対して声を掛けてきた。
「あの、すみません。良ければ、右腕のブレスレットを見せて貰ってもいいですか?」
「ん? これか?」
その言葉に、クリス君はそっと右腕を差し出す。その手首には銀のブレスレットが……。
今、彼は下着姿なので、その銀のブレスレットが一際目立っていた。
そういえば余り気にしてなかったけど、ブレスレット付けてたんだね。
男の子は差し出されたブレスレットを凝視している。
「竜の頭……炎……赤い宝石。間違いない。これはやっぱり同じ物……」
震える声がその口から漏れる。そして男の子は、クリス君を真正面に見据えながら声を上げた。
「これと同じ物。それを僕は知っている……これは兄ちゃんが付けていた物……どうして、あなたがこれを? どうして、あなたが持っているんですか……?」
「これは昔に、友達の証やゆうて腕に付けてた腕輪の片方を、ある男の子にあげたんや……って事は、まさか──」
驚愕の表情で男の子を見るクリス君。少しの間の後、男の子が静かに口を開いた。
「僕はこの国の王子……いや、“ノースデイ王国第一王子、アレン”の弟で、名前をコリィって言います……」
「な、なんやて……」
王子アレンの弟って……アレン……アレンって確か、クリス君が助け出そうとしている幼馴染みの人じゃなかったっけ?
コリィと名乗った男の子が続ける。
「あ、あの、もしかしてですけど。僕、昔にアレン兄さんから聞いた事があるんです。あなたは火の寺院のクリスさんじゃないのですか?」
クリス君は神妙な面持ちでその言葉を聞いている。
「アレン兄さんの小さい頃からの親友。幼い兄さんをずっと傍で助け、見守ってくれてた人……」
男の子の目から、再び涙が溢れてくる。
「……そうなら……だったら……お願い。兄さんを……お兄ちゃんを助けて……」
クリス君は泣き出した男の子の両肩へと、そっと手を添えた。男の子は涙を流しながら、クリス君の顔を見上げる。
「……お願いです。どうか……お兄ちゃんを……お願い!」
「………」
クリス君は無言でただ、男の子を見つめている。
「その為だったら、僕は何だってします! だから……だから、お願いします……」
……この子も強いな──
─────
「よう分かった。コリィ……そうや、僕がクリス。お前の兄ちゃんの一番の大親友、クリスティーナや。任せときっ! 僕はその為にここまでやってきた」
その言葉に、男の子は堪らず、大きな泣き声を上げた。
「……ううっ、うわぁ~ん、わああああーーん!!」
泣き崩れる男の子を、抱き支えるクリス君。
そのままの状態で、男の子の泣き声が幾ばくか続き、やがて、落ち着きを取り戻した男の子が語った。
──自身と兄、アレンとの間に起こった事態。そしてその囚われとなった兄を救出する為に、王城を抜け出し、王都を離れ、今に至るまでの経緯を──
……そっか。やっぱり、この子も強い。既にがんばってるんだ……自身で決めた目的の為に。そんな小さな身体で……。
─────
「……それで、コリィ。キースは落ち合う約束の確認。そうゆうてたんやな?」
クリス君が、そう男の子に問い掛けた。
「え?……は、はい。そう言ってました……でも、何故? クリスさんはキース先生の事をご存知なんですか?」
クリス君はそれには何も答えず、視線を男の子から逸らす。何かを思案しているようだった。
「……何か、メッチャやな予感がする……急がんと。元々、僕らもまず、そこに向かうつもりやったんや」
そして彼は、私と男の子。コリィ君に視線を送りながら、声を上げる。
「よしっ! さあ、デュオ姉、コリィ。僕に付いてきっ、ちゃっちゃと行くで!」
次に先頭に立って歩き出すクリス君。
──かぼちゃパンツが白くてとてもまぶしかった……??
あっ……。
「……クリス君。その格好のまま行くの……?」
私の声に、クリス君は自分の姿を見て……そして固まった。
「……あ、あうう……」
「それじゃあ、変態さん。いや、痴女だね……もう諦めて服着ちゃいなさい。仕方ないでしょ?」
「……うえぇ……」
……その呻き声は最早、必然なのですな……うん。
いそいそと、無念の表情を浮かべて衣服を身に着けるクリス君。
やがて、再び火の精霊の乙女となった(私、認定。異論は認めない! えっへん!!)彼を先頭に、私達はその場所へと向かうのであった。




