101話 街での一時
よろしくお願い致します。
愛想の良いおじさんの声。
「どうも毎度あり。お嬢ちゃん綺麗だから、おまけしておいたぜ。また頼まぁ~」
「おっちゃん、おおきに」
「……クリス子」
「……あっ、おじ様。どうもありがとうですわ……」
今、私達はシュバルトの街の大通りを歩いている。まずは街に潜伏している火の寺院の間諜が運営している偽装の運送会社。そこへと向かっていた。
その途中でシュバルトの街名物だという、細長く切った“ガジャイモ”という種のいもを、油でカラッと揚げた食べ物。
その美味しそうな匂いにつられて、思わず買ってしまったのだった。
店のおじさんから手渡された小袋のひとつを、クリス君から受けとる。早速、中から一本取り出し、アツアツのそれを口に頬張った。
──うん。外はカリッ、中はしっとり、それで塩味がほんのり効いてて、すっごく美味しい。お昼はさっき食べたばかりだけど、これは別腹だねっ!
─────
辺りは道を行き交うたくさんの人達でごった返していた。
父親と母親に手を引かれる笑顔の子供。何やら騒がしく笑い合っている三人の男の人達。そして腕を組んで互いに恥ずかしそうに顔を赤らめながら、歩いている若いカップルの姿。
ほんとに大きな街だね。何か、歩いているだけで楽しくなってきちゃう。
─────
「そういえば、デュオ姉。僕達カップルの設定やったやん? そやから、もしかしてこれってデートなんちゃうん?」
「……クリス子。また名前間違ってる。後、言葉使いも」
「うえぇ……そうでしたわ。うちとした事が……おーっほっほっほっほっ」
私達はそんな中をふたり並んで歩いている。まあ、見る人によっては、今の私達はデートをしているカップルに見える事だろう。
──男女逆だけどね。
「……そうなのかもね。オレとクリス子は今、デート中なのかも知れないな」
「そ、そやったら──」
私の言った言葉に対し、クリス君は小さな声で呟いて急にうつ向き、何かモジモジとし出した。そして不意に顔を上げ、真剣な目で私の事を見つめてくる。
「──デュオ姉。僕の……僕のタマゴを生んでくれへんやろか?」
……この名言。いや、“迷言”は……くっ、ダメだ。やっぱり、何度聞いても我慢できない……。
「ぷっ、くふっ……あは、あはははははっ!!」
またもやクリス君曰く必殺の口説き文句に、大いに打ち負かされた私は、大きな笑い声を上げた。
「あ~あ、やっぱりデュオ姉には通用せえへんか……それにしても笑い過ぎっ!」
クリス君が頬を膨らませて、ジットリとした視線を向けてくる。
「あはははっ。もう、クリス子。女の子がそんな事言うもんじゃないのっ」
そう言いながら、私はクリス君のおでこを軽く小突く。そして次に彼の手を握り締めた。
「えっ……な、何なんっ、デュオ姉!?」
顔を赤らめたクリス君が、少し驚いたような表情を向けてくる。私は繋いだ彼の手を導くようにして歩調を速め、前へと進んだ。
「……そうだね。クリス君には私なんかじゃなくて、もっと君と良く似合う素敵な人と。きっと、巡り会う事ができるよ」
「えっ? そ、そうなんやろか……」
私はクリス君を見て、ニッコリと微笑む。
「そうだよ。だって、君はしっかりと自分の目的を持って、それに向かって今も胸を張って生きている。充分に魅力的でカッコいいと思うよ」
私は片目を瞑り、舌をチロッと出す。
「それにとっても“綺麗”だしね──」
繋いだ手を、私に前へと引っ張られるような状態になっているクリス君は、恥ずかしそうに顔を背けた。
「……ったく、デュオ姉にはホンマ、敵わんなぁ……」
そう言いながら、クリス君は私と目を合わせてくる。
小さく笑い合う私達──
─────
──ああ、そういえば今。剣であるアルとは、こうやって手を繋ぎ合ってふたりで街を歩く……そういう事もできないんだな。
例えば……いや、だから、例えばの話だよ。その……ギュッと抱き締めて貰ったり……な、何ていうか。この前のセシルのように……キッ、キスだって──って、私。何考えてんだろ? いくらアルと離れて寂しいからって、妄想が暴走し過ぎっ! 大体、彼は今はまだ剣じゃない。
──そう、“今はまだ” だけど。きっと、“いつかは”
──あなたと──
まあ、デュオに戻れば身体はひとつで、いつも一緒なんだけれども……。
でもやっぱり、ちょっと物足りないっていうか。それはそれで、ちょっと残念かな……?
………。
◇◇◇
ふぅ。ちょっと回想が長くなってしまった。
クリス君の事もだけど、アルの事を放ったらかしだ。
ご、ごめなさい。アル、その……あなたの存在が明確に感じ取る事ができて。安心して、嬉しくて……つい、いつもの私の悪い癖が出て……調子にのってました。反省しています……。
心の中でアルに対して謝罪した。
──さて
私は見据えた視線の先を、改めて確認する。
ここは大通りから外れた所にある裏路地。辺りに人の姿はほとんどなく、物音や声なども余り耳に届いてこない。
とても静かだった。同時にこの場にきてから感じる妙な胸騒ぎ。
剣。私の手の中に──
私の念じる声に応じ、白い布を巻いた小型の剣が触手によって、肩から右手の中に運ばれてきた。その剣をギュッと力強く握り締め、私はそっと目を閉じる。
今の私はデュオ。アルの魔剣によって、身体が強化されている。だったら聴く力。聴覚も強化されている筈……。
その聞く事、それ一点に意識を集中させた。
………。
──姉ちゃん。何もんだあ?
──うちが誰かなんて、あんた達が知る必要はなくてよ。
──うおおぉーっ! てめぇは一体、何なんだあぁーーっ!!
──さあ、後はあんただけですのよ!
──頼む! 見逃してくれっ!
──おーっ、ほっほっほっほっ!
………。
──うえぇ。
聞こえる!──そこか!?
目を見開き、私はその場所へと駆け出した。
─────
……思ってたより離れてるんだ。
全力で走っている私の前に、やがて、裏路地の少し開けた人気のない場所へと辿り着いた。そこには何人かの複数のならず者達が、地面に倒れている。どうやら気を失っているようだ。
クリス君がやったのだろうか?
「……ぐすっ……すんっすんっ……えぐっ……ぐすん」
子供の泣き声がする。男の子かな?
「よしよし……大丈夫や。もう泣かんでええ……」
その開けた場所の隅でクリス君はいた。
彼はしゃがみ込み、胸の中に泣きじゃくる幼い子供を抱いている。そしてその子供の頭をやさしく撫でながらあやしていた。
「……クリス君?」
私はゆっくりと近付きながら静かに声を掛ける。その声にクリス君は顔を上げ、こちらに目を向けてきた。
「……何や、デュオ姉かいな。ちょっとびっくりしたわ」
「何かあったの……それにその子は?」
クリス君は視線を落とし、再びやさしい目をその泣いている子供へと向ける。まだ手はやさしく撫で続けていた。
「この子はな、怖い目に合っとったんや。そらよっぽど怖かったと思うわ。こんな小さな子供なんやもん……しかもひとりぼっちで……ようがんばったな。えらかったで……」
やがて、胸に顔を埋めたその子の嗚咽が小さくなっていった。
「……ひんっ……すんっ……すんっ……」
「ホンマ……えらかったで……」
「………」
……やさし気な面持ちで、薄目の視線を落とすクリス君。その姿は神々しい慈愛に満ちた女神のように、私には見えたのだった。