100話 感じる紅い光
よろしくお願い致します。
ひとまず、何故私達、ノエルとクリス君。ふたりがこのシュバルトの街で変装しているのか?
こうなった経緯を説明すると──
──クリス君が言うには、そこは火竜の巣と呼ばれている巨大な地下空洞だと言った。
◇◇◇
大昔。古の時に、火の守護竜はここを拠点としていたそうだ。確か、エクスハティオだったっけ?
そして今、その存在はクリス君の身体を通じて何処かで封印されているのだという。
その封印を解こうと企てる黒い鎧の兵士達。それに追い込まれ、逃れるように崖下へ飛び込み、この地下洞に逃げ込んだのだそうだ。
兵士達の指揮をとっていたのは、仮面を付けた白い長髪の女兵士。私達を襲った奴らとは、また違うようだ。
あれからクリス君。私達ふたりは、私がそうだったように、今は剣であるアルもこの場所へと流れ着いているのかも知れない。
その考えに私達は、地下洞内の地上から水流が流れ落ちる箇所を順に辿っていった。
手掛かりも何も見つからないまま、これで五ヶ所目。時間だけが無駄に過ぎていく
そんな時だった。“それ”を感じたのは……。
突然、“それ”は私の心の中に入り込んできた。
やさしくて、力強くて、そしていつも一緒だった馴染みのあるこの感覚。続いて頭の中に響いてくる聞き慣れた声。
──この呼び掛けに、誰でもいい。答えろ!
──俺はここだ!
──俺は……
──ここにいる!!
──ノエル──
目を閉じると、頭の中の暗闇で、映るように感じ取れる紅く鮮烈な光。
何て力強い光なんだろう。
……そっか。あなたはそこにいるんだね。
良かった。無事でいてくれて……。
私の目に少しだけ涙が滲む。同時にふふっと、笑みも溢れた。
だって、アルは無敵の魔剣だもの。そんなの当たり前か……くすっ……。
そんな私の様子を見て、クリス君が怪訝に感じたのか、声を掛けてきた。
「どしたん。デュオ姉、何かあったんか?」
その問いに私は目を開き、無言で頭に映った光がある方向へと指で差し示す。
天に、地上に向けてその指を──
「私が差している指の先。その先に、私の半身。漆黒の魔剣がいる……私を呼んでるの!」
ほとんど叫ぶような私の声。そんな声を聞き、始めは驚いていた様子のクリス君だったが、やがて落ち着いたやわらかい表情になっていた。
「そうなんや。良かったやん、デュオ姉。ほなら、はよそこに行ったらなあかんな」
「うんっ!!」
─────
そして私達はクリス君の先導で地上を目指す。
激しく地下へと流れ落ちる水流を横目に、私達ふたりは地下へと続く縦穴を懸命によじ登って行く。
やがて、日の光が差す地上にようやく辿り着き、そこから更に水が流れ落ちる崖上を目指し、ひたすらによじ登る……そして
「はあ、はあ、はあ……もうダメっ……」
「……右に同じや……はあ、はあ……ふぅ~~。さすがに僕も疲れてもた……」
目指す完全な地上に到着した私達は、堪らずその場に座り込んだ。
辺りは日が沈み始める夕暮れ時だ。
私は乱れた息を整えながらクリス君に声を掛ける。
「……ふぅ~。さっ、クリス君。これからどうする?」
彼も同様、息を整えてから返事を返してくる。
「はふ~……そやな。デュオ姉、その剣の居場所はまだ分かるん?」
「ん……」
私は再び目を閉じた。
──頭の中で映り、感じ取れる紅い光。その方向へと目を開けながら、指差す。
差した先の遠くに何か黒い点が……あれは?
「うん? あれは多分、街やな。周りの風景の感じからして、王国三番目に大きな街、シュバルトやないかな……うん。そうやわ」
そして私達はその街を目指した。
幸いにも途中で、とある商人の荷馬車と遭遇する事ができ、主人の了承を得て同乗させて貰えた。
やがて、街に到着し、その商人に別れの手を振りながら私達は話し出す。
「それでデュオ姉。例の剣の気配はどうなん?」
「う~ん。この街の中じゃないみたいだね。まだ、大分先っぽい……」
「そうなんや。んー、どうするかやなぁ~」
「………」
お互い無言で静寂の間ができる。
火竜の巣と呼ばれる地下洞で、逃避行からの多大な妖蟲の集団との激闘。そして剣の捜索からそのまま、不休の地上への脱出。
それらの行動により、身体を酷使した私達はふたり共、体力のほとんどを使い果たし、憔悴仕切っていた。
どう考えたって、これから行動をする余力が残されていない。
「……クリス君」
「……デュオ姉」
私達は何かを悟ったように、神妙な面持ちで顔を向き合い、お互いに大きく頷いた。
そしてその後、街で宿をとり、翌日までただ、泥のように眠ったのだった。
──体力の限界なので、取りあえず今日は寝ます。ごめんなさい……はい。
─────
翌朝、クリス君がこれからの進路とひとつの提案を提示してきた。その内容は……。
「デュオ姉。一刻もはよう探している剣の所へ行きたいやろうけど、ちょっとだけ僕に時間くれへんやろか?」
──今、滞在している街、シュバルトに潜伏している火の寺院の間諜と会い、連絡と情報交換を行う。その後、同街でアレン王子救出の為に必要な情報と黒い鎧の兵士達の情報。その情報収集及び、これからの旅に必要な食料と備品の用意、確保。以上を済ませた後、街を出発し、私が感じる気配を元に魔剣のアルの所に向かい、それを回収する。
それからアレン王子が囚われている王国首都バールへと向かう。
それまでに火の寺院と連絡を取り合いたいとの事だけど……多分、あの黒い鎧の兵士達を恐れての事だろう。あんなに強いクリス君が、思わず逃げ出すくらいだもん。あいつらは一体、どれ程の力を持っているっていうの? やっぱり、あの黒い鎧の奴らも『滅ぼす者』なのかな……?
─────
「─という訳でデュオ姉、これから街に出ようと思うんやけど。やっぱり、変装した方がええんやろか……どない思う?」
クリス君が私に問い掛けてきた。
何いぃ! 変装……だと……。
──キラリィ~ン─!!
私に妙案が思い浮かぶ……くふふっ。
「うんっ!! それは実に良い案です! 私はともかく、クリス君は是非とも変装して貰わねばなりません! さあ、早速行きましょう、迅速且つ的確に参りましょう、飛べるものなら飛んでみせましょう、さあさあさあさあさあ──っ!!」
早口で捲し立てながらクリス君に迫る私! 顔をひきつらせながら後ろに下がるクリス君。その額には光る冷や汗が……。
「……なんやよう分からんけど、とにかくメッチャ興奮してはるっていうのはよう分かったわ……後、ちょっと怖い……」
私は手を振り上げながら、部屋の外へと向かう。
「さあ! いざ参ろうぞ!!」
クリス君が慌てて後を追ってくる。
「ちょっ……参るって、一体何処に行くつもりやねん!」
◇◇◇
そして街のとある服を取り扱うお店。その店内の大きな見鏡がある小部屋に私達はいた。
「じゃじゃじゃじゃーーん! がんばってコーディネートしてみました。ちなみにテーマは“火の精霊の乙女”で~す! えっへん!!」
そう言いながら、私はクリス君にしてあった目隠しを取った。彼の目にも入ってくる大きな見鏡に映るその姿。
金色のストレートの長髪に大きな赤いリボン。そして身体は真紅のワンピースの上から濃いピンクのボレロを羽織い、白い素足にこれもまた鮮やかな赤のパンプスを履いている。
まさに私が思い描いた通りの“火の精霊の乙女”
それにしても何て綺麗なんだろう。とても男の子とは思えない……その美しさは最早、反則及……いや、元々綺麗なんだけどね。
私はクリス君の後ろに立ち、両手を後ろから彼の両肩の上に乗せている。私の方が弱冠、背が高いので鏡に映っているふたりの姿は、兄妹のようにも見て取れた。
ちなみになんで兄妹なのかというと、私の今、映っている姿が、頭にベージュのつば付き帽子と身体にはダボッとした大きめの白い服と、青色の長ズボンを肩からバンドで吊るして止めている。一応、男装のつもりだからだ。
……いや、そこは強く突っ込まないで! クリス君の衣装代で既に予算オーバーなのですよっ!……ぐすん……。
ふと見ると、クリス君は鏡に映る自分の姿を見て、顔を赤らめながら呆然と見とれているようだった。しかし、徐々に顔をひきつらせながら、うつ向いていく。
「な、な、な、なんやねん! これわあぁぁーーっ!!」
両手を上げ、大絶叫するクリス君。あっ、身体がピクピクしてる。くすっ、お決まりの反応だねっ。
「何って変装だよ、クリス君。どう、可愛いでしょ?」
「……うん。そやな、確かに可愛い……って、わーーっ、そやないわっ! これは変装やないっ、“女装”やんっ!!」
「ん~? 確かにそうとも言うね。まあ、いいじゃないそんな細かい事は。要は正体が分からなかったらいい訳だし、それにせっかく元が綺麗なんだから、利用しない手はない。でしょ?」
クリス君はまだ何か言いたげだが、今はうつ向いて考え込んでいる。
後、一押しか……ニヤリ。
「私も合わせて一応、男装してる訳だし……それにクリス君の衣装代もバカになんないよ? ね、だからさ」
「………」
「あっ、そうだ。どうせだったら、カップルという設定で街を歩こうよ。何かすっごく楽しそう!」
「……もう、しゃ~ないな。今回だけやで」
ふっ、墜ちたな。私の勝利だ! えっへん!!
そして私は前以て用意していた一枚の紙切れを、彼に手渡した。
怪訝そうな顔でそれを確認するクリス君。その紙切れには……。
“デュ雄” “クリス子”──そう明記してある。
「??……何なん、これ?」
訳が分からないといったようなクリス君の声に、私は鼻を鳴らしながら得意気に答える。
「ふふん。それは変装している間の私達の名前だよ。今から私は男の子の“デュ雄”で、クリス君は女の子の“クリス子”ね─っという訳でよろしく!」
「………」
「後、それから言葉使いね。私も男の子の言葉使いにするから、クリス君も女の子のそれ、お願いね?」
「………」
「う~んと……オレはデュ雄。黒い剣を持つ冒険者だ! うん、まあ、こんなもんかな? さあ、次はクリス子、君の番だ。試しに一度、言ってみてくれ」
「………」
「言ってみてくれ」
「………」
「……クリス君!!」
─────
「……うちはクリス子。火の魔法少女や……いや、ですわ……」──プツン。
「──ええいっ! もう、どうでもええわっ!!」
彼の中で何かが、吹っ切れたようだ。
「うちはクリス子! 高貴で可憐な魔法美少女ですわ! おーっほっほっほっほっほっ!!」
けたたましく鳴り響くクリス君の甲高い声。何か少しテンションのおかしいその笑い声に、思わず引き、身体を仰け反らせた。
クリス君の女の子の言葉使いの定義付けって、そんなのなんだ……まっ、いいか。
「……うえぇ……」
あっ、何か変な呻き声も交じっている……それも……まっ、いいか。
─────
そしてそれぞれ、変装した私達は、朝に決定した街での目的を達成させる為に、街へとくり出すのであった。




