8話 ファーストコミュニケーション
よろしくお願い致します。
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「……と、取りあえずだ……」
蜥蜴人となってしまった俺は、辺りを見回し、次に自分の物となった新しい身体を観察する。
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コボルトと比べてもの凄く目線が高い。まるで巨人にでもなったかのような感じだ。傍に生え、そびえ立っている木からして、2メートルは軽く超えている気がする。
そして丸太のように太くて逞しい筋肉の盛り上がった腕、その表面にはびっしりと赤黒い鱗が並ぶように生えていた。
右手には、触手によって繋がれた見慣れた例の漆黒の魔剣?……いや、その形状は、大きな変化を遂げていた。
刀身の湾曲が緩やかになって、このリザードマンの巨躯に対応するかのように、全長をより長く伸ばしている。
そして持ち手中央上部には、今までには無かった紅い色の宝石のような物が出現していた。それはまるで紅く光る目のようだ。
左手にも何かを持っている感触がある。リザードマンの背丈をも超える巨大な戦斧。それを手にしていた。
身体にも何やら金属製の局部鎧で、その身を固めている。
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「……物々しいな。やる気満々かよ」
俺の今の存在が、このリザードマンになってしまったのは理解した。
だけど、こいつは何者なんだ? こんな場所、しかも川の水の中で──
一体、どういう状況だったんだ?
え~っと──
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腹が減ったんで川底に潜り、獲物を探していた。
そんな時。コボルトだった俺が、川の畔を辿っていたのをたまたま見付けたので、水中から飛び出しそのままガブリ!
まあ、多分こんなところだな。間違いない。
何故なら少し前までコボルトだった俺が感じていた空腹感が、今じゃこの満腹感!
そしてこの満腹感を得ている今の俺の胃袋に収まっているのは、おそらくはあの愛嬌のあるコボルト、パグゾウ……。
そのことを考えると、何とも複雑な気持ちになる……。
ただひとつ言えるのは。
かわいそうなパグゾウ。しかし、それよりも──
──弱肉強食って、ホントに怖ええええええぇぇっ!!
コ、コホン、それはさておき、この武装を見るに、このリザードマンにも何らかの目的があった筈だ。
………。
「そうだ、こいつ、何か所持品を持ってないかな?」
身体をまさぐってみる。
すると、腰の辺りにぶら下げられた小さな皮製の袋を見付けた。その中から出てきたのは、木彫りの何だかよく分からないお守りのような物と。
「──こ、これは!?」
そう、それは今一番俺が欲していた物──地図だった。
期待に胸を踊らせながら、広げてみる。
「??……なんじゃ、こりゃ……」
水に濡れても大丈夫なように皮でできているそれに、何か、特殊な塗料で書かれていた地図。その内容は──
子供の落書き程度のものだった。
あぁ~~あ、がっかりだよ……。
大きな川の絵に、赤丸がふたつ記されただけの簡素な地図。
「んん?」
よく見ると、ちょっとした事に気付く。
真っ直ぐな川に、一箇所だけ左側に枝分かれしている場所がある。その直ぐ先にひとつ目の赤丸が記されていた。
実際に川の先を見てみると、大分離れた前方で、左側に枝分かれしているように見える箇所が確認できる。
取りあえずはそこに向かおうと、俺は歩き出した。だが──
「……何か、来たな」
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俺の行く手を遮るように、大きな魔物が姿を現す。
それは巨大な熊の姿をした魔物、鎧熊だった。
しかもその数、三頭。
前回、コボルトの姿で戦った時は一頭だった。にも関わらず、それなりに苦戦を強いられる事となった。
それほどにこのグリズリーという魔物は強力なのだ。
しかし、あれから随分戦闘の吸収によって魔剣も強力になってるし、何しろ、今の俺の身体はこの巨躯のリザードマンだ。全く負ける気がしない。
そうだ、せっかくだからこの新しい身体。試してみよう。
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相手のグリズリー三頭も、俺に負けず劣らずの巨体。
向こうは威嚇して動き出さないので、こちらから仕掛ける。
まずは右手の魔剣ではなく、左手のハルバードの一撃を、一頭のグリズリーに対して叩き込んだ。
ガァイィィン、と響く打撃音。
その一撃を受けたグリズリーがたまらず、後ろによろめく。
どうやら、相手の鎧と呼ばれている甲殻部分に直撃したらしい。
鎧熊はその名前の通り、手足の甲や胸、額の辺りに鉄の鎧のように頑強な甲殻を持つ厄介な魔物だ。
俺のハルバードを受けたグリズリーの胸部の甲殻には、深く抉られたような傷が生じていた。
だが、それを片手のひと薙ぎだけでこの威力。やはりこのリザードマン、ただ者じゃない。歴戦の強者といったところだな。
まあ、新しい身体の力もだいたいは分かったことだし、俺も早く目的地に向かいたいので──
「行くぞ、魔剣!」
ハルバードを地面に突き立て、魔剣を手にした俺は、そのままグリズリーに向かって走り出した。
始めに出くわしたグリズリー、敢えてわざと頑強な胸の鎧部分に、魔剣を剣先から突き立てる。
何の抵抗も感じず、魔剣を通して肉を軽く突き抜く感触だけが伝わってくる。
そしてそのまま魔剣が貫通し、黒い切っ先を貫いた背中から覗かせながら、紅い光を発光させ、その力を吸収する。
次に仲間を倒され、怒り狂った二頭が次に同時に突っ込んできた。
一頭の振り下ろす腕の攻撃をかわし様、その首を魔剣で上方に切り飛ばし、返す刀でもう一頭を頭から下へと両断した。
鮮血に染まった魔剣の漆黒の刀身が、鈍く、そして紅く発光する──
「……相変わらず怖いな。こいつ……」
その様子を見た俺の口から、小さな声で思わず、呟きの声が漏れた。
───
『わお、すっごいなああぁぁ~! あのグリズリー、しかも三頭を、あんな一瞬でやっつけちゃうなんてっ!』
「!?」
──え? 何だって! こ、言葉?……言葉を聞くなんて、どれくらいぶりだ。いや、気が付いてから初めてなんじゃないか?
い、一体誰が!?
頭が混乱して、何がなんだか分からなくなりながらも、慌てて辺りを見回す。
──が、誰もいない。
『あはははっ、ここ、ここだよ!』
もう一度、見回してみるが、声が聞こえてくるだけで、やはり誰もいない。
『だ・か・ら、ここ! ここだってば!!』
「いや、だから何処だよっ!?」
『えーーっ! なんで分かってくれないの? もう、むうぅ~~』
そういえば何となく俺の今の身体、リザードマンの鼻先に、小さな何かの姿が見えるような気がしないでもない。
う~~~。んんんんっ??
よく目を凝らしてみると、リザードマンとしての俺の長く離れた鼻の所に、小さな女の子の姿をした小人がふわふわと宙に浮いていた。
俺の視線に気付いた小さな女の子が、スタンと音を立てるようにして俺の鼻の上へと着地する。
『初めまして、トカゲの勇者様。私は樹木の精霊で、名前をロッティって言います。主様から、勇者様の道案内を仰せ付けられました。どうぞよろしくお願いしますね』
小さな女の子は、そう言ってニッコリと微笑んだ。