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人類創生から始める異世界生活

「本物の、『異世界』、ですか?」

「ええ。フィクションや仮想のではなく、()()の『異世界』です」

 意味がわからない。この非常時に、大真面目に『異世界』なんて語るものなのだろうか。ラノベじゃあるまいに。

「ほんと、『なに言ってんのコイツ』的に思われても仕方ないんですけどね」

「いや、その……」

「いえいえ、私自身も最初にその話を聞いたときは、『なに言ってんのコイツ』と思いましたから」

「あ、ははは……」

 なんと答えたらいいものやら。しかし、お話は大真面目なものだった。


「じつはですね、T大を初めとした国際的な共同研究で、人工的に『異世界』を創り出そうというプロジェクトがありまして。研究としてはまだ途上なんですが、とりあえずプロトタイプ的なものは完成してるんです」

 厳密には、わたしたちがいるこの宇宙とはまったく別の宇宙を新規に創りあげる、というものらしい。あらゆる次元要素においてこの宇宙とはまったく接点のない、完全に平行な宇宙空間。現代宇宙論の集大成とでも言える研究プロジェクトだった。

 その、別の宇宙に属する惑星の1つが、ここで言う『異世界』ということになる。

 プロトタイプ宇宙が創られてからまだそんなに年月は経っていないが、あちら側で流れる時間の速さは自由に変えられるらしく、数億倍に加速して銀河を()()し、その中で人類が居住可能な惑星をピックアップしたそうだ。


「で、実験の次の段階として、あちらに惑星開拓(テラフォーミング)の拠点を建造し、仮想体の人を開拓者としてそこに送りこむ、という計画が2年ほど前から進められてまして、その関係でうちにもお声が掛かってたんですよ」

 これは本来の宇宙論の研究とは別口で、創った異世界の活用方法を研究するのが目的だそうだ。

 仮想体ならば空気も水も必要とせず、劣悪な環境でも問題ない。そこで、あちらに派遣する作業員として仮想体に目をつけたらしい。

 彼のいるPAN社は、仮想体については最先端だ。

「技術的なところは検証が済んでまして、これから本格的に送る人員を選定して、訓練をしていこうってなった矢先に、今回のゾンビパニックが発生してしまいまして」

「うわ~……」

 なんともタイミングの悪い話で。


「今はどこもゾンビへの対抗で手一杯なんですけどね。しかし、下手すると人類どころか、地球上の生命すべてが死滅する可能性すらあります。

 そこで、最悪の事態に備えて、せめて人類の痕跡だけでも未来に残そうって動きが出てきまして」

 まだ生き残ってる科学者のうち、ゾンビ相手の即戦力にはならなさそうな人たちを中心にして、現代の知識を超長期保存可能なメディアに記録したり、冷凍保存した精子・卵子を地下深いところに埋めたり、といった作業が進められているらしい。

「そして、このプロジェクトにおいても、まだ電力が供給されてるうちにやってしまおう、ということで急遽、仮想体を送る計画も前倒しとなりまして。

 それで、現状ですでに仮想体となってる人たちに、ミッションへの参加をお願いして回っているんです」


「異世界があるなら、みんなでそちらに避難することはできないんですか?」

「残念ながら、今のところ物質をその異世界に送ることはできません。送れるのは質量をもたない情報とかエネルギーだけなんです。生身の人間の避難先としてはまったく使えません。

 ですが、すでにデータとなっている仮想体のあなた方ならば……」

「あちらに行ける、と」

「そういうことになります」

「でも、データだけ送ってもしょうがないんでは?」

「物は送れませんが、こちらから遠隔操作であちら側の物質をいじれるようになってまして、それで開発に必要な施設や機材をあちら側に造り上げました。仮想空間を作るためのサーバーもすでにあちらで稼動しています」

 引っ越し先に、ちゃんと住む場所は用意されてるわけね。

 ホーム空間はそのままあちらにコピーされるけども、残念ながらあちらにはゲーム関係などないので、農業シミュレータのデータも持ち越せない。まあ、こんな非常事態にゲームがどうとか言えないけども。


「あちら側というのはどういう世界なんです?」

「大昔の地球みたいなところで、恐竜なんかもいますね。まだ人類どころか哺乳類さえいませんけど」

「人がいないって、それ、ちょっと難易度インフェルノすぎません?」

「遺伝子データを元に、人間やその他生物を合成する装置もすでに用意されてますが、まあ、最初は相当寂しい環境になりますね。

 移住者たちの使命(ミッション)は惑星規模で環境を整えて、おそらくは数千年、いえ、数万から数百万年かけて人類文明を築き上げる、というものになります。ちょっとした神サマの役割みたいなものですかね」

 ノアの箱舟現代版というところか。

 なんともスケールが大きすぎて、ちょっと想像が追いつかない。仮想体でいる限りはほぼ不老不死なので、それだけの期間を生き続けることもできるのだろうけども。

 ゲームで言えば、文明育成シミュレーションが近いのかな。ちょっかいかけてくる対立文明がいないのが救いか。いや、ゲーム感覚でやっていい話ではないだろうけども。

 ……ほんとうに、いないのだろうか?


「基本的にはあちらのサーバー内の仮想空間で生活することになりますが、ドローンで外を見て回ることもできます。

 それに、あちらには学者や技術者も何人か行くことになってます。彼らの技術開発が進めば、人間型の端末を造って、それを通して直に地上を闊歩することも夢ではありません。なにせ時間はほぼ無限にありますしね」

 うーん、『時間がある』というのは、場合によっては停滞を招く(トラップ)になりそうな気がする。()()()に。

 それを指摘してみると、

「なるほど、それは一理ありますね。

 まあ、彼らをせっつかせる動機となりうるかどうかわかりませんが、あちらの宇宙を創るときに物理法則をいじったそうで、理論上では魔法が使えるはず、だそうですよ。

 あと、こちらのVR内で憶えられるスキルのうち、体術系はあちらでも有効でしょう。現代科学の知識なんかも今のうちなら持ち出せます」

「それって……」

「見方によっては、いわゆるチートし放題ですね。あはは……」

 田中さん、実はそういうの好きだったのね。


 しかし、『異世界転移』に『チート』には違いないのかもしれないけど、なんか思ってたのと違う。

 そもそも『チート』で楽しもうなんてのは、それを見て驚くギャラリーがいて初めて成立するものなんで、人が誰もいない世界で『チート』とか意味ない。

 だからって、そのためにまずは人類を育てるところから始めようというのは、なにかものすごく不毛というか、本末転倒というか、壮大なマッチポンプのような気がしないでもない。

 というか、『人類創生から始める異世界生活』って、いったい誰得なのかと。


「わたしがあちらに行ったとしても、こちらにもわたしは残ってるんではないですか?」

「そうなりますね。ただ、ここを維持していられるのもあまり長いことではありません。こちら側のあなたもそこで……眠りにつくことになるでしょう」

「そうですか……」

 たぶん、こちらの私は二度と目覚めないのだろう。本体の死を含めれば、二度目の永眠となる。なんとも複雑な気分だ。もっとも、こちらのわたしが残ってたら、わたしが二人同時に存在する状態になってたわけで、それはそれで微妙な気分かもしれない。


「行ってみる気になりました?」

「わたしは特別な技能とかまるでないんですけど、それでもいいんですか?」

 というか、現状、引きニート生活が長いのですが……。これが普通の就活だったら、経歴見た瞬間ハネられるんでは。

「はい。その辺りも当初から織り込み済みでして。専門家だけだと視野が狭くなる可能性があるんで、一般人の視点も加えることになってます。

 それに、あなたはわりとVR環境への適応力が高いようなので、このミッションでも以前から候補として名前が挙がってたんです。今回の騒ぎがなくても、いずれはスカウトしにいくことになったかと」

 そうだったのか。なんか、そう言われては悪い気はしない。

 現実で状況が切迫してるので、じっくり悩んでいる時間もなさそうだ。

 どの道、時期がくれば今のこのわたしは消えてしまう。それならば、異世界で人類の行く末を見守るというのも、ロマンがあっていいかもしれない。

「わかりました。不安もあるけど、行きます」

 わたしは参加を承諾した。


「そういえば、田中さんは……、この後どうするんです?」

「私はまだやらなければならないことがありまして。でも、間に合うなら、私もそちらに行きたいところですね。異世界でチートなんて、最高じゃないですか」

 そう言って彼は力なく微笑んだ。なんとなく彼はもう覚悟を決めてるような気がして、それ以上は聞けなかった。

 彼は今後の予定や事前情報を渡して、転送されていった。



 さて、『異世界』への転送は18時間後。それまでどうやって過ごしていようか。ゲームする気にもなれないし。

 そう思ってたら、メッセンジャーアプリが通知のアラームを鳴らした。

「誰……父さん!?」

 心臓が止まりそうになった。いや、仮想体の擬似的な心臓だけど、いちおう精神状態を反映しているらしい。

 発信は父さんからだった。

 無事だったんだ。安堵しつつも、そういえば仮想体になってからこれまで一度も会っていなかったのを思い出した。

 偽者のわたしはどんな顔して会えばいいのだろう。娘と認めてもらえるのだろうか。

 一瞬迷ったが、ままよっと通話をONにした。


「あ……」

『っ……!』

 画面には懐かしい父さんと母さんが映っていた。向こうもわたしの映像を見たのだろう。息を呑むのが聞こえた。

「……」

『……』

 困った。どう声をかけていいのかわからない。ゾンビ災害が起きなければ、もっと先延ばしにするつもりだったのに。

「あの……わたし……」

『うん……』

 言葉が詰まる。きっと、仮想体の涙腺が機能してたら、目が潤んでるはず。ちょうど画面の向こうにいる父さんたちのように。

「わたし、その、桐子の……桐子の、コピーです……」

『うん……うんっ……』

『もう、会えないと、思ってたけど……うぅ……』

 父さんも母さんも泣きながら頷いてくれた。

 受け入れてくれた、のかな? こんな非常時だからこそかもしれないけど。でも、それだけでも泣きたくなる。

 そばに行きたいけど、行けない。物理的に無理だ。


「あのっ! と……父さんたちは、無事、なの?」

『ああ、今は、自衛隊の駐屯地に世話になってるよ……』

「そ、そうなの……よかった……』

『ここもどのくらい持つか、わからないけどねえ』

『かあさん、それは言っちゃいけない』

『ええ、そうね。ごめんなさいね……』

 母さんは無理に笑顔を浮かべた。

 不安だけど、今は伝えるべきことを伝えておかないと。


「と、父さん、母さん、あのね、わたし、こことは違う『別の世界』に行くことになったの」

『別の?』

「ええ。地球じゃなく、ものすごく、ものすごく遠い、遠い星。そこで、神サマみたいな仕事をして、人を育てていくことになったのよ」

『そうか……お前が、今度は、そんなことになるなんてなあ……』

 一度死んでるしね。それが今度は神サマの真似事をするっていうんだから、ほんと変なものだ。

『人を育てるってことは、あなたの子供みたいなものかしら』

「うん……うん……」

『お前の子供……孫かあ、見たかったなあ……』

『そうね……』

 なんか微妙に誤解があるような気がしないでもないけど、あえて指摘はしない。

『でも……俺らが見れなくても、続いていってくれるなら……もう、それだけでいい……』

『えぇ……えぇ……』

 涙も、鼻水も出ないけれど、呼吸だけ苦しい。

 仮想体の設計者に文句を言いたくなった。なんで涙腺が実装されてないのかと。

 泣きたいのに一滴たりともこぼれないのが、ものすごく辛い。というか、AIだったら、こんなに辛いなんて感情、なくしてしまえるんじゃないのか。

「父さん、母さん……」

 もう何を言っていいか、わからない。表情筋が引きつりすぎて痛い。


「だから…………その、い、行ってきます!」

『……うん、達者でな』

『うん、行ってらっしゃい』

 父さんたちは泣きながら、言った。言ってくれた。

 もう、自分がコピーだから、というわだかまりは消えてた。画面越しでも、会えてよかった。


 その直後。パンッという破裂音がメッセンジャーアプリの音声に混じった。画面の中で、父さんたちが慌てて周囲を見回すところが映った。

 次いで、多数の悲鳴と絶叫に混じって、パタタタッ、パタンッ、パタンッ、パタタタタタッ、と連続して破裂音が響いた。音源がものすごく近そうな。

「と、父さんっ! 母さんっ!!」

 ドっと爆発音が聞こえたと同時に、そこでメッセンジャーアプリの映像は途切れてしまった。

「とうさん……かあさん……うぅ……」

 あちらで何が起きたのかなんて、考えたくない。

 ただ、わたしがこちらの世界に残す未練は、否応なしに断ち切られてしまったのだろう、と感じた。



『あなた方の、前途には、人類史上、かつてない、困難が、待ち受けて、います。

 簡単な、答えのない、難しい問題に、直面し、時には、道を誤りそうになる、こともある、でしょう。

 ですが……、私は、あなた方が! 常に、最善の、道を、選びっ! この、困難をっ! 乗り越えられるとっ! 信じてっ、おりますっ!

 どうか、異世界で、人類の、未来を、守り、切り開いて、いってください』

 日本国内閣総理大臣はカメラを、というよりカメラの先にいる開拓団をまっすぐに見据え、一語一語区切りながらもはっきりとした口調で、最後まで原稿も見ずに訓示を述べきった。


 現在、『異世界開拓団』出立前の壮行会が開かれていた。

 仮想空間に用意されたホールには、あちらに移住する仮想体の開拓者全員が揃いのユニフォームを着て、グループごとに分かれて整列していた。その周囲には、居残りで生き残りのスタッフや報道関係者らがVRで参加していた。

 首相はVRの準備をする余裕もなかったため、ライブカメラを通して演説した。力強い激励に、バーチャルな会場からは自然と拍手が沸き起こった。

 プロジェクト参加国の合衆国やロシア、欧州各国の大統領も、それぞれ同様に熱い訓示を述べた。ちなみに、言葉は翻訳AIの同時通訳で聞いてた。

 たぶん歴史上、これだけ重い訓示というのもそうないだろう。なにせ、人類の未来がかかっているようなものだから。

 政治家の演説なんて、これまではあんまり気にしたことはなかったのだけど、今回だけは別だった。わたしがどんだけ鈍くとも、さすがにこれは心に刺さった。


 異世界開拓団、総勢284名。出身国や年齢はばらばらだ。

 わたしたちは聖人君子じゃない。こんだけの人数がいて、しかも急遽人員を選定したので、ミッションへの適正判定もほとんどすっ飛ばされた。それが何万年もプロジェクトに従事するなんてことになれば、意見の対立や軋轢、仲違いも当然起こるだろう。それを見越しての首相の演説なのかもしれない。

 方向を見誤らないよう、厳に戒めなければと心に誓う。


 そして、いよいよ出立の時間となった。

 床には直径5mほどの魔方陣が描かれていた。複雑な幾何学模様と奇怪な文様が入り混じり、淡く光っている。

 オペレータがなにか身振りで操作をすると、魔方陣の光が強くなった。

 数秒後、魔方陣の上に光の渦が浮かび上がった。これが異世界につながる『ゲート』ということなのだろう。

 まあ、ぶっちゃけ、これらの見た目は儀式(セレモニー)の演出用に追加しただけで、本来、転移には何の視覚効果(エフェクト)もないそうだ。強いて言えば、ゲートを潜ることが転移発動のトリガーに設定してあるっていうことくらいか。

 これデザインした人、絶対わかってらっしゃる。


 一人一人、順番に光の渦の中へと消えていく。

 あの向こうに異世界がある。

 あちらに行くのは、誰かに強制召喚されたわけでもないし、どっかの神サマの余興でとか、たまたま意味もなく迷い込むとかでもない。

 わたし自身の意志で、自らあちらに行くんだ。

 AIとなってしまったけれど、それでもわたしには意思があり、意志がある。ロジックが生み出した演算結果でしかないかもしれないけど、それでも意志は意志だ。

 わたしも足を踏み出し、ゲートを潜った。

 ブロックノイズが走り、思考が停止した。


 こうしてわたしたちは異世界へと旅立った。

お話はここで終わりとなります。

異世界に行く動機についていろいろ考えてたら、こんな突拍子もないお話となりました。

お読みいただきありがとうございました。


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