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屍者の日

 その日はやけにプレイヤーが少なかった。

 農業シミュレータだけじゃない。どのゲームに行っても、プレイヤーの姿があからさまに少なかった。というより、ほとんど見かけない。

 そういえば、数日前から全般的に人が徐々に減ってるような、という気はしていたのだけど。

 いくつかのゲームではサーバーが落ちたまま復旧してない。

 なんだろう、これ。接続障害かなにかだろうか。あるいは、PAN社の契約関係で揉めてるとか?


 あちこち行ってみて、ようやく知り合いを見つけた。

「ねえ、シーバスさん、なんかやけに人が少ないけど、何かあったの?」

「へ? そうなの? ……ん、言われてみれば、たしかに」

 そう言って、シーバスさんは周囲を見回した。

 彼は仮想体ではなく、通常のVRプレイヤーだ。しかしながら、毎日かなり長時間ゲームに入り浸っているというあたり、わたしのご同類(引きこもり仲間)……げふんげふん。

「どのゲーム行っても、みんなこんな感じなんだけど」

「あー、俺はここ何日かオフのゲームをずっとプレイしてたんで、ちょっとわからな……、え? うぐっ」

 話している最中に、彼は、彼のキャラクターは、唐突にのけぞった。

「いでっ! なんっ、おまっ、や、やめっ、があ゛っ!?」

 彼は意味不明なことを叫びながら、そのまま後ろに倒れこんだ。猛烈に苦しみながら、もがいている。

 彼は左手で首筋を押さえて、右手はまるで伸し掛かってきた何かを必死に引き剥がし、押しのけようとするかのような動きをしていた。わたしの目には、彼の上には何も見えないけれど。

「ちょ、ちょっと!? シーバスさん!?」

「がっ! ぎゃ、あ゛ああ゛ぁあっげぶっ!! …………けふ……………………」

 手足を突っ張らせ、猛烈に絶叫したかと思うと、ふっと力が抜けて弛緩した。そして、溜め込んだガスが漏れ出るかのような音を立てて、それっきり沈黙してしまった。

 手足は小刻みに痙攣している。目は見開かれたまま、どこも見ていない。

 まるで死んでしまったかのようで……。

「ちょ……シーバスさん? え? な……なん、なのよ、これ……?」

 状況が理解できず、動かなくなった彼のキャラクターを見ながら、わたしはしばらく呆然としていた。

 冗談にしても意味がわからないし、なにより痛がり方が尋常ではなかった。

 彼のキャラには外傷はまったくみられないし、HPバーもまったく減ってない。キャラはまったくの健康なのに。

 いや、そうじゃない。

 ゲーム脳すぎた。キャラがどうこうじゃなく、シーバスさんの中の人のほうになにかあったんだ。


 ふっと痙攣が止まった。

 そして、シーバスさんのキャラの目が左右別々にぐりんと動いた。

 彼はしばし目をでたらめに動かした後、手を使わずに腹筋だけでそのまま上体をゆっくりと起こした。

「えっと……、し、シーバスさん?」

 彼は首だけを動かして、こちらに顔を向けた。力が抜けたみたいに、口はだらんと開いたままだ。眼球は左右バラバラに、あちらこちらの方向へとせわしなく動きまわってる。

 あんな目の動き、キャラのモーションとしてシステムに用意されてるわけがない。

 視線が任意に動くとしたら、彼はVRゴーグルを使っていると言ってたから、ゴーグルに搭載された視線追尾(アイトラッキング)センサーが眼球の動きを拾ってる場合か。

 しかしそれは、現実世界の彼の眼球があんなでたらめな動きをしていることになり、つまり……。


 と、左右の目がぴたりと揃った。視線はまっすぐにわたしを捉えていた。

「あぁ……おあぁ……」

 なにやら奇怪なうめき声を発しながら、シーバスさんが手を私のほうに伸ばして、ゆっくりとにじり寄ってきた。

「ちょっ……な、なに?」

「うーーー……」

 なんとなく、彼の動きはある『モノ』を連想させた。何度か映画で見たような光景。けれど、いざそれが目の前にあると理解不能すぎて、わたしは思考停止してた。

 シーバスさんは口を目一杯開けて、わたしの肩に顔を押し付けてきた。そして、かぷりと顎が閉じられた。

「ひっ!?」

 わたしは思わずシーバスさんを突き飛ばした。

 肩を見たけど、なんともなっていない。あんまりにも『アレ』っぽいので、てっきり噛まれると思ったけど。

「噛まれてない……というか、噛めない?」

 そりゃそうか。ここは仮想空間で、キャラが噛む動作をしてもダメージ判定は発生しない。PvP不可だし。

 それはそれとして、彼の動きはいったい何なのか。

 得体の知れない気味の悪さに、わたしは彼から距離をとった。彼は這いつくばって、にじり寄ってくる。

「シーバスさんっ!? ねえ、ちょっと返事してくださいっ!?」

「ぁーー……ぉおぁあーー……」

 やっぱり呻き声だけで、反応がおかしい。


 異様さに鳥肌がたった。

 これはどう見ても『アレ』っぽい。あの映画風に言うなら、『Zワード』なやつ。

 ゲームでなら何度となく目にしたけれど、現実にそんなものがいるわけない。けど、それなら目の前のこれはなんなのかと。

 あまりにも非現実的すぎて考えたくもないのだけど、VRゴーグルをかけてるときに『アレ』になったために、感覚もVRで制限されてて、キャラもそれに引きずられてるってことなんだろうか。

 まさかとは思うけども、現実世界で何か起こってるのか。仮想世界(こちら)側にプレイヤーの姿がなく、恐ろしく閑散としている状況と符合していそうで怖い。


 彼は5m近く移動したところで、ぱったりと動きを止めてしまった。本体から引っ張りすぎてゴーグルが脱げたか、ケーブルが抜けたかしたのか。

 とりあえず、今のところわたしには直接の害はなさそうだけれども。ヴァーチャルだし。

 シーバスさんをこのまま放っておくのもナンだけども、かといって何かできるかというとまったく思いつかない。

 わたしはホーム空間へと逃げ出した。



 体が震える。

 こんなときに、いや、こんなときだからか。この仮想の体はこんなところまで再現してあったんだな、と変な感心をしてしまった。


 仮想端末を起動して、久々にネットを覗いてみた。

『同時多発暴動 各地の病院で襲撃事件』

『首都圏の鉄道各社運転見合わせ』

『ゾンビか!? 謎の奇病被害拡大』

『WHO ゾンビ対策の指針を発表』

『政府、自衛隊の治安出動を決定』

 呆れるくらいに、ニュースは『ゾンビ災害』の話題一色になっていた。

 『アレ』についても、もうはっきり『ゾンビ』の呼び名で定着してた。


 騒ぎが起きはじめたのは5日ほど前。世界中で一斉に起きたようだ。

 最初は脳に異常をきたす新種の感染症と思われていたが、昨日未明になってようやく『死体が襲ってきてる』というのが公式に認められた。

 わりと初期から軍が鎮圧に乗り出した国もあったようだが、結局は押し切られてる。

 日本では警察が中心となって()()を鎮圧しようとしたけれど、人権云々が壁となって火器の使用を制限されていたのもあって、あっさり決壊した。まあ、リアルでゾンビとかそう簡単に受け入れられるはずもないので、無理もないけど。

 すったもんだして、ようやく自衛隊が投入されたようだけれど、時すでに遅しかも。

 結果、大半のニュースの更新は昨日の午後くらいから止まってる。いまネットで動きがあるのは政府の災害情報と、一般の掲示板・SNSくらいだ。


 仮想体になってからというもの、リアルの話題はどうせわたしには関係ないからと意識的に見ないようにしていたのだけど、まさかこんなことが現実で起きてたとは。掲示板類も、性に合わないんで普段から見てなかった。

 てか、リアルで『ゾンビ災害』だなんて想像の斜め上すぎる。そんなもの、予想できるわけない。

 まあ、事態を知ったところで、仮想世界にいるわたしではどうしようもないのだけど。


 実家のあたりはすでに危険地帯になってる。

 これまでなんとなく気が重くて、父さんたちとの接触を避けてきたのだけど、そんなこと言ってられる状況ではなさそうだ。

 娘のコピーだということを明示したうえで、父母にメールを送ってみた。この期に及んでオレオレ詐欺と間違われたらシャレにならないし。

 しかし、一向に反応がない。猛烈に不安だ。


 そこに「ひゅあ~~ん」という効果音を立てて、田中さんが転送されてきた。

「田中さん! 無事だったんですね!?」

「ええ、今のところはまだ大丈夫です」

「よかった。というか、現実のほうはどういう状況なんです?」

「残念ながら、あまり芳しくない状況です」

 封じ込めはかなり早い段階で失敗しており、すでにほとんどの都市は麻痺状態に陥っている。

 田中さんはPAN社のビルに篭城中だそうだ。しかし、いつ押し込まれても不思議はなく、またライフラインがいつまで持つか不明だそうだ。


「佐藤さんたち仮想体の人々に直接危害が加えられることはないのですが、場合によっては……いえ、かなり高い確率で、今後この仮想空間を維持できなくなると思われます」

「その、そんなにまずい状況では、仮想空間どころの話ではないのでは?」

「実は私がこちらに伺ったのも、こんな時だからこそでして」

「どういうことです?」

「この騒動に関連して、うちの社含めていろんな動きがありまして。少々あなたにもお話しておかないといけないことが出てきたんです」

「わたしに、ですか?」

「ええ。佐藤さん、唐突ですけど、本物の『異世界』に行ってみませんか?」

「は?」

 本当に唐突だった。

シーバス=スズキ

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