引きこもりゲーム生活
この草原はわたし専用のホーム空間となっていて、家を建てたり、畑を作って作物を育てたりといった、生産系のゲームとして遊べるようになっている。友人プレイヤーを招いたりもできるそうだ。
落ち着いたら、そのうち父さんや母さんも呼べるんだろうか。父さんたち、パソコンとかゲーム機とか苦手だしなあ。
……と考えたところで、ふと気がついた。父母は仮想体となったわたしを娘と思ってくれるのだろうか。
49日は過ぎてるけども、まだまだわたしの本体の死を引きずってそうな気がする。そんなところに、娘のコピーですよ~と会いに行っても、受け入れてもらえるのだろうか。
わたしは記憶こそ引き継いでるけど、紛い物でしかない。偽者だ。本物は死んでる。
もし拒絶でもされたら。
……なんか、会うのが怖い。ちょっとこれは保留しとこう。問題の先送り。
気を取り直して、とりあえず大雑把にだけど、ホーム空間を整備しよう。
まずは家から。
メニューを呼び出すと、空中に半透明のメニュー画面が現れる。そこから〔建築〕―〔家屋〕を選択する。
家を建てるには、建物の種類を選択して、設置場所を指定するだけ。正式版ではポイントを貯めて建物を購入する形になるそうだけど、まだテスト中なので、ポイントは潤沢に与えられていた。
家の種類はログハウスから、鉄筋の家、レンガ造り、日本家屋、洋館などいろいろあった。
洋館とかわたし一人で住むには大きすぎるし、周囲の草原にまったくそぐわない。オプションで執事とかメイドのNPCも用意されてるようだけども、これはちょっとわたしの趣味じゃない。
周囲の雰囲気的にも、ここはログハウスかな。
場所を指定して、設置。多少の起伏は無視されて、平らに均されるみたい。
ピロン、という音がしたかと思うと、目の前にはログハウスが出現していた。
少々あっさりしすぎというか、達成感みたいなものが欠けているかも。自分でポイント稼いでたら違うんだろうか。あるいは素材集めみたいなミニゲームがあってもいいかも。あとで要望出してみようか。
間取りは平屋で2LDKというところか。小ぢんまりとしてて雰囲気はいいかも。こんなとこ住んでみたかったし。この仮想体でも木の香りが感じられるのもいい。草原は無臭だったのに、どう違うのだろう。
ついで、ベッドやカーテン類、箪笥、キッチン、テーブルなどの内装を整備。
仮想体だと睡眠や食事は本来不要なのだけれども、取ろうと思えば取れるらしい。風呂にも入れるという。なんでも、生きてたときの習慣を再現したほうが、精神衛生上よろしいらしい。
食べ物関係はメニューから完成品を直接生成したり、あるいは素材を集めて、調理することでも作れる。どうせなら調理にも挑戦したいところ。
野菜などは畑で育てられるけど、肉類はどうしよう。肉の入手は鶏、豚、牛、羊といった家畜を飼って、それを自分で捌くか、あるいはアイテムショップで精肉を買うかの二択だ。
が、しかし、自分で捌くのはちょっと遠慮したいというか無理。わたしが捌けるのはせいぜい魚くらいだ。そこまで本格的なのは望んでない。
家畜は純粋にペットとして考えたほうがよさそうだ。
あと、マップを編集して川を引けば、そこで釣りができるという。こちらは追々整備していこう。畑のレイアウト決めてからのほうが良さそうだし。
一通り住環境を揃えたところで、着替えて休憩しよう。
今のところ、うちに来る人はいないので、服はジャージでいいか。肌着はてきとーにシンプルなベージュっぽいので。
メニューからアイテムショップを開き、肌着とジャージを選択。装備コマンドで設定するだけで、一瞬で服が切り替わった。
うん、ジャージだ。紛うことなきジャージだ。安っぽい合成繊維の感触まできっちり再現されてる。
……なんか、今後ずっとこのジャージだけで済ませてしまいそうな予感がした。
リビングのテーブルに座って、メニューから完成品のコーヒーを生成してみた。カップつきで出現した仮想コーヒーは香りも味も本物と違いがわからなかった。
なるほど、たしかにこういうのを味わえるなら、味わえたほうがいい。たとえそれが仮想空間に作られた幻想に過ぎなくても。
家を整備してなんだかんだで3~4時間くらい経ってた。まだ、家の周囲、庭や畑をどうしようかというのもあるけど、そう急ぐものでもないし、後回しにしよう。
*
ここ以外にも、仮想体のVR形式と互換性のあるゲームが多数あって、自由にプレイできるそうだ。それらをちょっと覗いてみることにした。
互換性もいろいろタイプがあって、最初から〔仮想体完全対応〕前提で作られているもの、VRゴーグル向けに作られたものに機能追加して対応したもの、VR非対応ゲームに互換機能を追加したものがある。
仮想体自体がまだベータテスト中なのもあって、仮想体完全対応のゲームは5本しかない。設計段階から対応しているだけあって、五感はフルに反映されているという。仮想体専用というわけではないので、VRゴーグル使用のプレイヤーも参加している。
VRゴーグル向けは元々のタイトル数が多く、開発キットに対応機能が組み込まれたのもあって、〔仮想体対応〕タイトルは100本近い。ただ、対応の仕方はまちまちで、ゴーグル同様のオーソドックスな視覚・聴覚に手の動きのみのものから、痛覚まで再現しているものまで、ピンキリだった。
VR非対応のものは設計からしてVR向けには作られていないものがほとんどで、無理に対応してもあまりうまみがないらしい。〔仮想体対応〕はあってもおざなりだそうだ。
その他、仮想体にまったく対応していないゲームは、ホーム空間に用意した〔仮想ディスプレイ〕と〔仮想コントローラ〕でプレイできるという。
仮想ばっかりだけど、そもそもプレイするわたし自身が仮想なのだから、合ってると言えなくもない。気分的にはビミョーだけど。
現実世界でゲーム機で遊ぶのとだいたい同じだけど、せっかくの仮想空間を無駄遣いしてる感が否めない。やってることは高度なんだけどねえ。
そんなこんなで、さっそくいろいろ覗いてみることにした。
○完全対応FPS
舞台は近未来。〔ぱわーどすーつ〕を着たプレイヤーが敵味方に分かれて撃ち合うというもの。
そのテのゲームは苦手なのであんまり触りたくないのだけれど、テストとして一通り見てくれと言われているので仕方ない。
キャラを登録してログインしたら、何をどう間違ったのか、いきなり戦場に放り出されていた。
銃弾が頬をかすった。と思ったら、すぐそばで爆発が起きて、体が吹っ飛ばされた。
「ぎゃあああ~~~っ!?」
地面の上をごろごろと体が転がった。痛い。猛烈に痛い。完全対応で痛覚があるというのはそういうことだった。どこかに設定があるのかもしれないが、その時はそんなこと思いも付かなかった。
ぴしっ、ぴしっと周りで弾がはねてる。いや、わたしの着てるぱわーどすーつにもカンカン音を立てて何発も当たってる。怖くて体がすくんでるわたしはいい的なのかも。
「いっ!?」
なんか腕に当たって猛烈な熱が発したと思って見てみたら、腕がなかった。遅れてじくじくと強烈に痛みだす。血が吹き出ていないのが救い……なのか?
「い、いだぁああああっ!? こ、こんなのまで、再現せんでもいいってのに! はうっ!?」
痛みで体を起こしたら、なんか額にぴしっと当たった。
そして、気がついたら別の場所にいた。死に戻ったらしい。
うん、ダメだこれは。無理。このテのゲーム自体を批判する気はないけれど、人には向き不向きというのがあるのです。
メニュー開いてEXITを選択。ゲームから離脱した。
○完全対応ファンタジーRPG
続いてやってきたのは剣と魔法のファンタジーRPG。
世界観がよくある中世ヨーロッパ風なのだけれども、最初の街が薄暗くて、汚い。
そして、臭いっ。
猛烈に臭い。
路面には垂れ流された糞尿が放置され、産まれてから一度も風呂に入ったことなどなさそうな人々が道端に座り込んでる。気分的には猛烈に吐きたいのだけれど、この仮想の体では吐くって行為ができないらしい。
なんでもかんでもリアルにすればいいってものじゃなかろーと。
あまりの臭さに思わず〔嗅覚設定〕を探してオフにしたけれども、わたしはもうこの時点でめげそうになっていた。
街の外に出て、狩をしてみた。
なんか草原のフィールドがやたら広い。はてしなく広い。端っこまで歩いたら2時間くらいかかるんじゃなかろうか。その広いフィールドの中にぽつんぽつんと〔角兎〕や〔小鬼〕といった初心者向けのモンスターがいる。
てか、ほんとに広すぎませんか、これ。
これだけ広いと、モンスターに遭遇するのにも一苦労だ。
戦闘そのものは初期装備の短剣でも大して怪我することもなく、さほどエグい描写もなしにすぐ終わるけれど、それよりも敵を探すのに時間がかかりすぎる。
ちょっとこれはゲームとして微妙と言わざるを得ない。
他の〔仮想体完全対応〕ゲームも全部試してみたけど、どれもが変にリアリティを追求しすぎていて、ゲームとしては微妙すぎるものばかりだった。
これについて田中さんに聞いてみたところ、現状では完全対応ゲームはゲームとしての完成度よりも、リアリティに重きを置いて作っているらしい。どこまで現実を再現できるか、その技術的な限界をまずは見極めたいのだそうだ。ゲーム性だとかなんだとかは、その後になるらしい。
わたしはテスターであるので、少々?ゲームとしてアレであっても、できる限りでいいからちょくちょく覗いて、レポートを上げてほしいと言われてしまった。
まあ、やり込みが必要なほどではないそうなので、少し間をおいて覗いてみることにしよう。ただしFPSだけは勘弁してもらった。
○VR対応ポストアポカリプス・サバイバルアドベンチャー
核戦争後の廃墟の世界で、食料や素材などの資源を集め、拠点を構築して、モンスターやプレイヤーの扮する略奪者などと戦うゲーム。
けっこうヒットしたゲームにVR対応機能を追加したものなので、ゲームバランスは良いと言われてる。しかし、ヒャッハーで世紀末な世界観なので、わたしにはちょっと殺伐としすぎてて、ちょっとゲンナリする。
嗅覚には対応してない。ゾンビの臭いが再現されてなくてほんとよかった。
クラフト要素があって、素材集めて装備その他を作るとこだけちょっと楽しいけど。あと、仲間のプレイヤーと焚き火囲んで食事したりもできる。味はないけども、そこだけまったりとした雰囲気でよかった。なんか温度は仮想体に対応してて、焚き火の熱が感じられた。
これの戦闘以外の要素だけ抜きだしたゲームがあればいいのだけど。売れるかどうかは知らない。
○VR対応ミニマリズム系パズル
最小限のシンプルなポリゴンだけで作られたパズルゲーム。球を飛ばして、ブロックに当て、すべてのブロックを壊せたらステージクリア。
うーむ。地味だ。ものすごく地味だ。これ、VRに対応する意味あるんだろうか。
○VR対応ヴォクセルベース箱庭クラフト系ゲーム
四角いブロックで構成された世界で、地形や建物、道具などを作るゲーム。人も地面も、どこもかしこもやたら四角い。
組み方しだいで自由にいろんなものが作れて、ネットではユーザーが作った芸術的な作品がいっぱい公開されてた。そして、作ったアイテムはホーム空間に持ち込める。
が、しかし、これはセンスと根気が要りそう。根気はどうにかなるけど、わたしのセンスは壊滅的だ。かわいらしいものを作りたいのだけど、なんか不気味な物体ができてしまう。
結論:向いてない。
公開されてるアイテムで良さそうなのがあれば、ホーム用にコピーさせてもらう程度に留めよう。
○VR対応農業シミュレータ
耕耘機などの農業機械を使って、広大な畑で作物を育てるのが特徴の、アメリカンな大規模農場運営ゲーム。
無心になって、ひたすら畑を耕し、種を撒き、水を撒き、農薬を噴霧し、収穫し、出荷する。得たお金で土地を買って畑を増やし、ひたすら耕し、種を撒き……。
単調だけれど、これはこれで楽しい。争いもなく、のんびりできる。
他のプレイヤーと協力して作業することも可能だ。
育てる作物は麦、とうもろこし、じゃがいも、甜菜など。拡張モジュールで、水田や果樹園もできるというので、そちらもそのうち試してみたい。
畑は広大だけども、基本的に移動は車なので、それほど苦にはならない。
トラクターや収穫機、トレーラーなど、乗り物はすべて実在の物で、メーカーからライセンスをとって移植したんだそうだ。緑色で丸っこいデザインのトラクターがなんかかわいい。
ただし、畑にきれいに植えるには、トラクターをまっすぐ走らせないといけないんだけど、これが意外と難しい。後ろを振り返ってみると、うねうねと曲がりくねって植えられていた。これはちょっと修行が必要だ。
ここで得た作物は、ホーム空間にも持っていけるらしい。料理など、いろいろ夢が広がる。
このゲームがいちばんわたしの性格に合ってて、やりがいありそうだ。
その他、帆船交易MMOゲームとか、無人島サバイバルゲームとか、塔防衛ゲーム、宇宙開拓ゲーム、レトロな宇宙侵略者ゲームなど、仮想体対応・非対応含めていろんなゲームをやってみた。
やっぱりわたしは戦闘系のものは苦手だ。長く続けるなら、やっぱりのんびりしたゲームのほうがいいな。帆船交易MMOも、帆船での航海はいいんだけども、時おり遭遇する海賊相手の対人戦が嫌だ。
無人島サバイバルゲームは面白いけれど、島を開拓していく過程がちょっとホーム空間とダブってるかもしれない。
結局、農業シミュレータで遊ぶことがいちばん多くなりそうだ。
*
そうして、わたしはゲーム三昧の日々を送った。ゲーム内でわたしと同様の仮想体テスターや、一般プレイヤーの友人なんかも増えた。
ゲームによっては、プレイヤーじゃなくNPCの立場で参加できるモードも追加されたりして、遊び方の幅も広がった。
まあしかし傍から見れば、わたしの暮らしぶりは引きこもりのニート同然かもしれないねえ。
いや、いちおうテスターというのはお仕事なんだから、と自分に言い訳するけども、なんか心苦しい。
そういえば、わたしの寿命ってどうなるんだろう。サービス終了となったら、わたしも消えることになるんだろうか。あるいは、PAN社が買収されたりとか。
それまではずっと遊んで暮らしていけるのかな、なんて暢気に考えていた。
ある日、それが唐突に終りを迎えるなんてこと、まったく予想もできていなかった。
次話からホラー展開となります。
なお、例に挙げたゲームのうち、いくつかは元ネタがあったりしますが、判別つくでしょうか。