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【5】

 廃王国は朝焼けに染まっていた。


 西の自由都市群、東の帝国。犬猿の仲であるはずの二大勢力が手を結び、この地に攻め込んだのは十五年も昔の事である。それなのに、戦火の爪痕はそっくりそのまま残されていた。


 もはやこの土地で暮らす者は誰一人として存在しない。焼けたものは焼けたまま、壊れたものは壊れたまま、どれだけの年月が経とうとも、まるで戦争は昨日終わったばかりのような有様で残り続けている。


 廃王国はその名の通りに廃棄されていた。


 寒冷で痩せた土地ではあるものの、百万を超える人々が暮らした場所である。手付かずの鉱物資源は特に多い。戦争の勝者の報酬としては、それなりに魅力のある土地ではあったはずだ。


 しかし、自由都市群と帝国のどちらも、この地の支配権を求めなかった。


 それには大きく二つの理由がある。


「レンリエ、後ろだ!」


 本来、人間の声がするはずのないこの場所で――。


 今、生ける者が二人、それぞれ剣を構えながら叫んでいた。


「クレイグ、そっちも気をつけて!」


 一人は、熟練の冒険者と見受けられる壮年の男性。


 もう一方は、十代の半ば、剣よりも人形の方が似合いそうな少女。


 親子以上に年の離れた二人が、互いの背後に注意を呼びかけ合っている。彼らは取り囲まれていた。危険な状況下でも、腕っぷしに相当自身があるのか、二人とも表情には余裕が見られる。ただし、終わりの見えない戦いに若干息が上がりつつあった。


 彼らが苦境に陥っている原因こそ、廃王国が捨て置かれている理由のひとつ目である。


 レンリエとクレイグの二人を取り囲んでいるのは、アンデッドの群れ。


 戦闘の熱気に誘われてか、さらに続々と集まって来る。


 既に夜は明けている。地平線から姿を現した太陽が、廃王国を鮮明に照らし出していた。アンデッドは非活性化し、廃屋の隙間や崩れかけの地下室、そうした闇の溜まる場所に帰って行くべき時間帯である。しかし、クレイグとレンリエの二人を取り囲むアンデッドたちは太陽光に怯む様子もない。


 ここは不浄の地なのだ。


 穢れが余りに強く、アンデッドの動きが真昼でも鈍らない。


 かつて魔王が倒されることで、歴史的な大戦争はようやく終結した。魔王の圏域はそれで完全に滅びた。魔王の力で生き返った百万を超える死者が、再び、あるべき姿の死者に戻ったわけである。世界の理は正され、正義は遂行された。


 ただし、戦勝国の人々がそんな風に喜んだのも束の間である。


 大きな問題が残されていた。


 生ける死者が、物云わぬ死者に還ったのはいいとして――。


 問題は、それが全て一瞬で行われたということである。


 ほんの一瞬、まったくの同時に、この地には百万を超える死体が溢れたわけだ。


 普通に処理できるような規模ではなかった。そもそも、処理するための生者がいない。


 結局、死体のほとんどは埋葬されなかった。祈りも、清めも、何もなく――。百万を超える、恨みつらみを残したままの死体が野ざらしに放置された。だから、この地は大いに呪われた。戦地や災害地のような大量の死者が出た土地には付き物であるけれど、それにしても格別の呪いが誕生してしまった。


 呪いは現在でも薄まることなく、ここは世界最大の不浄の地として忌み嫌われている。死体のほとんどがアンデッドに変貌し、周辺の土地からも続々とモンスターを引き寄せる。まるで生ける者を拒むかのような土地になり果てていた。


 不幸中の幸いか、アンデッドは生ける者が近付かなければ、静かである。ゴブリンやオークのように、気まぐれに徒党を組んで人里を襲うなんて馬鹿はしない。そのため、放置こそが最良の選択となっている。


 戦後の処理では、自由都市群も帝国も、魔王の圏域という広大な領土の所有権を求めなかった。


 いずれの国家や組織にも属さないこの地は、暗黙の了解の内に不可侵の土地となっていた。


「クレイグ、大丈夫?」


「お前に心配されるとは……。歳は取りたくない」


「ぼんやり感慨に耽っていると、本当に怪我するからね」


 クレイグの背後に迫っていたスケルトンを一体、レンリエが鋭い突きで崩した。


「お前の面倒は、こんなに小さい頃から見ているんだ」


 クレイグは剣を片手に持ち替えると、空いた手で膝のあたりを叩く。


 それから、太ももに巻いたホルスターからナイフを引き抜き、レンリエの周りのゾンビに投げ付けた。ほぼ同時に三本放たれたナイフはゾンビの額にいずれも的確に命中する。


「子ども扱いしないでよ」


「親からすれば、子供はいつまでも子供のままだ」


「クレイグは、わたしの親じゃない」


「だったら、都合の良い時だけ『パパ』って呼ぶのやめろ」


「……あ、パパ。そこら辺の面倒なやつら、お願い」


 ニコニコと笑顔で、レンリエはアンデッドの一群を指さした。


「あー、仕方ない。うちの娘はいい女に育ったぜ、まったく」


 アンデッドを撃退しているクレイグとレンリエは冒険者である。


 元々は、戦災孤児と育ての親――。


 現在は、ほとんど実の親子のようなもの。


 そうした関係性の上で、二人は冒険者としてのパートナーでもある。


 冒険者とは、ある意味、国家と法に縛られない無法者である。


 騎士が名誉のために剣を取るならば、冒険者は金のために剣を取る。


 刹那的で、享楽的。一歩間違えば、山賊や海賊と変わらないというのが世間一般の認識だ。


 二人はただし、冒険者の中ではかなり良識のある部類だ。レンリエはそもそも若く、社会から外れるような年齢でもなければ、そうした性格でもない。さっぱりとして利発で、笑顔が多い。普通に生きる道を選べるだけの器量は持っているものの、彼女は素朴なあこがれから新米の冒険者をやっている。


 一方の、クレイグ。こちらはベテラン冒険者である。


 普通、冒険者が大衆から受け入れられるなんてことはない。社会のはぐれ者である冒険者は、一般人からは嫌われるものだ。ただし、クレイグの場合は例外だった。その名を明かせば、どこの町や村でも大歓迎される。冒険者一筋で何十年も生きて来て、その経歴にはある種の伝説すら含まれているからだ。


 二人が現在、不可侵の地に足を踏み入れているのも、ちゃんと理由あってのことである。法を犯して逃げて来たとか、廃墟に残されている金品を盗もうとか、そうしたいかにも冒険者らしい目的ではない。


「おふたりさん、待たせました!」


 アンデッドの包囲が徐々に狭まり、二人が背中を合わせて一か八かの攻勢に出ようとした所で、ようやく待っていた仲間からの声が届いた。


「遅いぞ、バドン!」


「旦那、怒らないでくださいよ。私にも事情が――」


 バドンと呼ばれたその声は、ぐずぐず言い訳を始めようとする。


「いいから、早くして」


 レンリエが叫んだ。


「ええ、ええ、やっていますよ。口が回るのと、手が早いのだけが取り柄でして、ひひひ」


 クレイグとレンリエを目掛けて一本のロープが投げ込まれる。


 二人がアンデッドの群れに囲まれている今の場所は、廃王国の中心たる魔王城、その正門である。


 当初の計画にはない、大混乱の現状――。


 二人はそもそも、アンデッドの大群と大立ち回りする予定ではなかった。


 冒険者である彼らは数日前に魔王の圏域に入り、慎重な探索の末に城下町を突破していた。十年以上も放置されている廃王国は、アンデッドを始めとしたモンスターで溢れかえっている。散発的な戦闘は避けようもないが、運も味方してか、これまで大群に遭遇することはなかった。


 目的地もいよいよ間近という本日未明――。


 仲間の一人がミスを犯した。


 魔王城の中に入るルートに関しては、クレイグが事前に目星を付けていた。


 外縁部に位置する浄水施設から、地下水路を利用して侵入するというものだ。


『水路なんて真っ暗で入り組んだ所は、逆に危険じゃないですかねぇ』


 出発前に、不安な表情を見せたのはバドンである。


 廃王国は十五年前から時が止まったまま、当時の姿で放棄されている。戦時下の防衛体制、魔王城もその状態で残っている。当然ながら、あらゆる入口は厳重に封鎖されたままで正面から入るのは難しい。


『だから、地下から忍び込む。理屈はわかるんですが、余計な手間になりゃしないかと――』


 心配性のバドンに対し、問題ないとクレイグは即答した。


 理由は至ってシンプルである。


『十五年前、勇者も同じ方法で魔王城の中に入った。俺が案内してな』


 クレイグが冒険者というはぐれ者でありながら、世間に認められる理由の最たるもの。


 彼は、勇者のパーティーの一員だった男である。


 十五年前に、この世界は勇者に救われた。


 勇者は、この世界で最も愛され、敬われ、慕われる存在となっている。


 勇者の旅の仲間という称号は、どのような偉大な勲章よりも名誉あるものだ。さらに、クレイグは旅の仲間の中でも古株の一人である。『彼』と『彼女』を除けば、おそらく勇者との付き合いも一番長い。


 最終的には、クレイグの意見に異を唱える者はいない。


 彼以上に能力を信用できる者はいないからだ。


 地下水路を利用して魔王城に侵入するその計画は、当初、問題なく進むかと思われた。


 仲間がミスを犯したのは、地下水路の細長い通路を歩き始めて間もなくのこと――クレイグとレンリエ、バドンの他に、パーティーにはもう一人のメンバーがいる。二十代半ばの女性、ポジションは魔法使い――シャーリーという名前の彼女を含めて、四人組のパーティーである。


 冒険者が手を組む場合、ほとんどはその場限りの契約となる。裏切りも日常茶飯事の業界だから、信頼が長続きすることは滅多にない。しかし、この四人が組むようになってからはもう一年以上が経過していた。


 それなりの仲間意識も芽生え、互いの特徴や得手不得手も理解し合っている。


 彼女がトラブルメーカーというのも、パーティーの共通認識ではあった。


『おい! 嘘だと云ってくれ。俺の計画が……』


『シャーリーさん? まさか、落ちた!』


『ひひひ……いや、さすがに笑えませんな』


 魔法使いのシャーリーは水路の足場を滑り落ちてしまった。


 十五年が経っても、ちゃんと維持されている上水道――近くにある巨大な湖から引き込んでいる水は絶えることがない。真っ暗闇の水路を猛烈な勢いで流されていく女魔法使い。その悲鳴も、すぐにガボガボと溺れる声に変わっていく。


 急遽の計画変更。


 クレイグとレンリエが流された彼女を追いかけ、バドンは当初の予定通りに城の中に入る。


 ドジな所がたまにキズのシャーリーであるけれど、一応は、冒険者の端くれ。溺れて流されながらも、ちゃんと魔力の残滓を残していた。細い糸のように輝くそれを目印にして、クレイグとレンリエは迷路のような地下水路を走り続けた。


 やがて、外に出た。


 魔王城の正門付近の堀である。


 幸いにして、プカーっと水死体のごとく浮かんでいたシャーリーは、そんな状態でもちゃんと生きていた。クレイグとレンリエは二人がかりでどうにか引き上げ、ようやく一息つけるかと思ったものの――。


 城の正門である。


 戦争時には当然、軍と軍が正面からぶつかる激戦地。


 ここで倒れた者は多く、死体もそれだけの数が揃っている。


 休憩する暇もなく、クレイグとレンリエはアンデッドに囲まれてしまった。


「レンリエ、先に行け!」


 冒険者としては抜きん出た力量を持つクレイグとレンリエだったが、多勢に無勢。二人だけで軍の残党とやり合っているようなものだ。これまで時間稼ぎができただけでも十分な成果である。


 魔王城の中に無事入ったバドンが、正門に連なる見張り塔の中から垂らしてくれたロープ。レンリエはクレイグに指示される前から、獲物に反応する猫のように手を伸ばしていた。


「パパ、しばらく一人で耐えて!」


「馬鹿野郎。俺を誰だと思っている。黙って早くしろ!」


 レンリエは、ロープの先端を気絶したままのシャーリーに巻き付けていく。


 しっかりと結び終えた所で、彼女はロープを一人でどんどん昇りはじめた。


「お嬢さん、こっちへ!」


 バドンが、窓から手を差し伸べる。


「ありがとう」


 そう云いながら、レンリエはバドンの手を無視し、ひらりと自らの力で窓を飛び越えた。


「あちゃー、傷付きますよ。お嬢さん」


「バドンさん、わざとですね?」


 ニッコリと笑顔を向けるレンリエ。


 バドンは、悪戯のばれた小僧のように笑った。


 その年の頃は三十を越えたあたり。ただし、実年齢よりも随分と上に見える。醜男であり、小男である。老婆のように折れ曲がった体を含めて、何もかもを隠すかのようにフード付きの黒マントをかぶっていた。


 クレイグやレンリエのように、勇ましく戦う力はない。


 そのような勇気も持ち合わせていない。


 バドンの仕事は偵察であったり、罠を仕掛けたり――。戦場に立つのではなく、戦場の裏でこそこそ駆け回るのが主な役割である。先程はレンリエを引っ張り上げるように手を伸ばして見せたが、それもふざけたポーズに過ぎない。小男には少女一人を持ち上げるだけの腕力もないのだから。


「でも、こっちは本当に手伝ってください」


 レンリエはロープを引っ張り始める。ロープの先にくくり付けたシャーリーを引き上げようと云うのだ。バドンも慌ててそれを手伝い始めた。本当は揺れに気を付けて、塔の壁にぶつけないようにするべきだろう。だが、丁寧にやっている余裕はない。二人はぐいぐいと力いっぱいに引き上げていく。


 汗だくになりながら、少女と小男は気を失った女性一人を見張り塔の中に引き込む。


 相変わらず、気絶したまま――よくよく見ると、シャーリーの頭にたんこぶができていた。やっぱり、引き上げている最中にぶつけてしまったらしい。レンリエは両手を合わせ、「安らかに」と一言祈りを捧げた。


 ひとまず、余計なことは綺麗さっぱり忘れ去る。


 レンリエは、ロープの結び目をナイフで手早く切った。


「クレイグ!」


 塔の外にもう一度、ロープを放り投げる。


 クレイグの反応は早い。周囲のアンデッドを一気に片付けると、ロープを目指して駆け始める。なおも群がるアンデッドを避けるように、塔の側面を駆け上がるようにして高く跳んだ。そのまま空中で、ロープを見事キャッチする。アンデッドが手を伸ばすものの、さすがに届かない。ぶらぶらと左右に揺られながら、クレイグは大きなため息を吐きつつ剣を鞘に納めた。


「いらっしゃい」


 ゆっくりとロープを昇って来たクレイグを、レンリエは笑顔で迎える。


「パパ、お土産は?」


「俺の肩をつかんだままのゾンビの手があるぞ」


 クレイグは額の汗をぬぐいながら、ゾンビのちぎれた手を窓の外に放り捨てた。


 窮地を脱して、ようやく安堵した表情を見せる二人。


 一方で、トラブルメーカーのシャーリーはまだ目覚めない。


「こいつは……人工呼吸が必要ですかな?」


 普通に笑っても、周囲からは下卑た笑いと眉をひそめられるバドン。


 ぐったりとしているシャーリーを見つめながら、今も、ぐひひひと笑っているが、そこにはごく普通に下卑た感情が込められていた。良くも悪くも、自分の欲望に素直な男である。


 魔法は金属を嫌う。


 魔法使いは自然と軽装になることが多い。


 シャーリーは薄手の白いローブを装備している。いつもはその上に厚手のマントを羽織っているが、水を吸って重かったため、救助の際に脱がしていた。当然ながら、びっしょりと濡れたままだ。彼女はブロンドの綺麗な、細身の美人である。白地の衣装は水を含んでぴったりと肌に張り付き、微妙に透けてしまっている。


 バドンが満面の笑みで、両手を擦り合わせながら近づいて行くものの――。


 クレイグは呆れて何も云えないという顔で、そんな小男の頭に拳骨を振り下ろした。


「痛いですぜ、旦那」


 抗議するバドンを無視し、クレイグはレンリエに介抱を頼んだ。


「窃盗の罪にわいせつ罪もおまけするのか?」


「旦那、わたしはもう、まっとうな冒険者ですよ」


「冒険者にまっとうもクソもない。俺もお前も、普通に生きられないゴミなのは一緒だ」


「ゴミはゴミなりの矜持ってやつで、わたしは旦那に忠誠を誓っているんですがねぇ」


「だったら、ことあるごとにシャーリーにいやらしい手を近づけようとするんじゃない」


「大丈夫ですよ。近づけても、近づけるだけで、シャーリーの姐さんは決して手を出させてはくんないんですから。あれでどうして、ガードが固い。酒場にいっしょに行った時だって、わたし以外の男避けも完璧でしたよ。ぼんやりしているように見えて、本当は小賢しい女なのかも知れませんなぁ」


「本当にそうならば、水路に落ちないで欲しい」


「いや、まったく」


 くだらない話をしているものの、のんびりしている時間は余りない。


 レンリエがシャーリーの容態を見ているが、目覚めるにはもう少し時間が必要なようだ。


「背負って行けるか?」


 クレイグが尋ねる。


「平気」


 答えながら、レンリエはシャーリーを担ぎ上げる。


「ここでしばらく休憩でもいいんじゃないですか?」


 バドンが提案する。


 一応、彼なりの気遣いで、シャーリーのことを案じていた。


「アンデッドがここに押し寄せて来るのは時間の問題だ。いや、それよりも、問題はもうひとつの方だな。俺たちは余計な騒動を起こしてしまった。これだけ騒いだ場所にとどまるのは危険過ぎる。意味はわかるな?」


 クレイグの言葉に、バドンはサッと青ざめた。


「まさか、勘付かれる? 距離はまだ大分あるはず……」


「廃王国でコインを一枚落とせば、すぐに飛んでくるという噂だぞ」


 それ自体は、耳の良さではなく、金銀財宝に対する強欲さを示すたとえ話ではあるけれど、バドンは十分に恐ろしさを感じたらしい。荷物を抱え上げると、彼は我先にとパーティーの先頭を行き始める。


 シャーリーを抱えながら、レンリエがゆっくりと後に続く。


 クレイグは最後尾から呼びかけた。


「計画通り、中継地点を目指すぞ」


 廃王国が廃棄されたのは、大きくふたつの理由がある。


 処理不可能な大量の死体、それによる汚染、呪いの蔓延、アンデッド――。


 それらが、理由のひとつ目。


 もしかすると、それだけで十分な理由になり得たかも知れない。


 ただし、残念ながら、十五年前の流れを振り返ったならば、もうひとつの理由の方が遥かに重要なのだ。そちらの問題がなければ、もしかすると、百万を超える死体すらも自由都市群と帝国から大量の人員を投入して解決できたかも知れない。そうなれば、そもそも土地が呪われることなく、アンデッドが湧き出すような不幸も起こらなかっただろう。


 理由のふたつ目――。


 十五年前、魔王が倒されると、まるでそれを待っていたかのように現れた。


 勝利にわき立っていた軍勢は、途端に声を失くし、夢か幻を見るかのように皆一様に呆けたものだ。夜明けの空を飛び越えて、朝日を背負いながら輝くもの。生物としては、人間と比較にもならない化け物。現実を直視できないまま、大戦争に勝利したはずの自由都市群と帝国の軍勢はあっさりと焼き尽くされてしまった。


 そんな風にして、廃王国には新しい支配者が誕生した。


 それは一匹の竜である。

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