告白
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
木に背を預けて、荒い息を整える。
「お疲れ様。……酷い顔をしているから、川で洗ってきたら。後は私がやっておくから」
「いや、でも……」
女の子に死体から剥ぎ取らせるのはきついと思う。頭なんて原型を留めないぐらいに壊れているし、はっきり言って俺でも抵抗がある。
「きついけど、これからはこういうことをやっていかないといけないでしょ。サツキだけに任せていられない。私だって役に立ちたいの」
オークの死体を見て顔色が良いとは言えないが、それでもやると言うなら任せてもいいだろう。
「それじゃあ、頼む」
川の深さは膝下ぐらいの浅さだ。水は澄んでいて底まで見える。左手が使えないので、川に顔を突っ込んで血を流し落とす。喉も乾いていたのでそのままがぶがぶと飲む。異世界に来てから、走って走るばかりだったからか、すごくうまく感じた。
喉を潤せたら、アオイが来てポーションを渡してくる。ポーション一つしか持っていなかったが、十分だろう。さっそく蓋を開けて飲む。甘い水といった感じだ。特に変わったような感じはしないが、軽く左腕を叩いても痛くはない。包帯と木の棒を外して腕を突き出し、振り回してみるが全く問題なく動く。折れた腕がこんなに早く治るとはさすが異世界だ。
「最後、武器をとったところで油断したでしょ」
「ぐっ、まあ、油断して倒されたけど、次から気を付ければいいじゃないか」
「そうだね、今生きているからそう言える。私は同じように戦うことはできそうにないから、偉そうに言える立場ではないけど」
オークからとった鞘付きの剣はアオイに使ってもらうことにした。短剣だけじゃ心許ないからだ。サツキが持っている剣より短く、短剣よりは長く、振ってみて扱えるか確かめてもらった。
小休止を挟んで川に沿って下ることにした。途中、リンゴみたいな木の実を少し食べてみて、毒はなさそうだったから採れるだけポーチに仕舞った。木の実でも腹は膨れるが、肉を食ってみたい。ウサギやシカみたいな草食動物を発見したが、近づく前に逃げられてしまった。弓でもないと捕らえることは無理だろう。
「私は弓道をやっていたから、仕留める自信がある」とアオイが言うが、肝心の弓矢がないことには意味がない事だ。
そういう話をしていたからか、アオイが遠くにオークの姿を見つけた。言われないと気付けなかったので、サツキよりも目がいいみたいだ。三オークもいる。
武装は剣、剣、弓だ。ちょうどいいところに、と言いたいが、三オークは多くないか。数で負けている。しかも弓という遠距離攻撃手段を持っている。近づくまでにやられるなんてこともあり得る。これはなかなかに厄介だ。一応左腕に籠手を着けているが、いけるだろうか? 飛んでくる矢の速度がわからないからなあ。うーむ。
「なあ、矢って避けたり防いだりできると思う?」
「目で追えない程ではないし、明るかったら可能だろうけど、……今は暗くて見えないかも」
アオイの意見を聞いて、悩む。これからを思うとアオイに後方から射撃してくれれば助かる。先手も打ちやすいし。弓矢を持ったオークがそう都合よく単独でいることはないだろう。なら、三オークしかいない今は好機では? いや、しかし……どうすればいいんだ。
今更だけど、何で俺がリーダーやっているんだ? 反論もしないでアオイはついてきてくれるけどさ、いいのか? 本当は不満とか言いたいことがあるんじゃないか。ここははっきりさせたほうがいいだろう。オークたちとは距離が離れているし、茂みに隠れていれば見つかることはないだろう。話をしていて見逃したら、やるべきじゃなかったってことだ。
「なあ、アオイ。俺が、その……、リーダー? でもいいのか? 言いたいことがあったらなんでも言ってくれ」
「不安に思っているのね。でも、もっと自信を持っていいと思う。私はサツキに二回も命を救われた。二回とも逃げていただけで、かっこいいとはとは言えるものではなかったけど。私には馬鹿みたいにかっこよく見えた。そうね、馬鹿かっこよかった」
「なにそれ、けなしているの?」
「褒めているの。……私はサツキの事信じている。もしサツキのミスで死ぬことになっても、恨むようなことはしない。サツキがいなかったら、なかった命だ。だから、私は一生サツキに付いていくよ」
「なっ……! 一生って! まるで、告白――むっ」
驚いて声が大きくなっていたサツキの口をアオイが手で口を塞ぐ。
「大声を出さないで。気付かれるかもしれない」
真面目な顔して恥ずかしいことを言わないでほしいな。言い方には気を付けた方がいいぞ、勘違いしてしまうじゃないか。
「告白……か。ある意味そうかもしれない。けど、雰囲気もなにもないね」
「……ああ、告白、告白な。罪の告白みたいな感じか」
「私、何も悪い事はしてない。愛の告白よ。サツキの事が好き」
「ははっ、面白い冗談だな。頭強く打ちすぎて、幻聴が聞こえる」
「幻聴ではない。私はサツキの事が好き」
アオイが頬を朱に染めながら、まっすぐに目を見て言う。
「……夢か。大トカゲにやられてまだ目が覚めてないんだな。それにしても、随分と都合のいい夢だな……っ」
バチンッと音がして頬に痺れるような痛みを感じる。ビンタをくらった。
「夢ではないわ。恥ずかしい思いまでして勇気出して言ったのに、それはどうなの?」
怖いほどの笑顔でアオイが言う。
マジで怒っていらっしゃる。笑顔なのに怖いと感じるのは初めてだ。大トカゲに食われそうになった時や、オークと対峙した時より怖い。返答を間違えれば、ここで俺死ぬんじゃないか、と思わせる迫力がある。
「すいませんでしたーっ! 俺が悪かったです! もう全面的に俺が悪いです! ……でも、これはしょうがないんです。俺みたいなクソ凡人に、アオイみたいに可愛くて、美人から告白されるなんて夢に決まっているじゃないですか!? 俺なんか間違った事言っていますかね!?」
サツキは土下座しながら捲し立てる。
「……もう一度言ってくれない?」
「まさか、一回では足りないと!? それとも、誠意が足らなかったか!? くっ、こうなったら……」
「土下座はもういいから。……私の事なんて言った?」
身体を起こすと、少し考えるようにして思い出す。
「えーと、……可愛くて、美人?」
「……そう。……可愛い、可愛いか、……ふふっ」
顔を真っ赤にして皐が言った言葉を噛みしめるように繰り返すアオイ。
本当に嬉しそうに頬が緩ませる彼女に見惚れてしまう。ラブコメやっている状況じゃないのに、ずっとこのまま見ていたいと思ってしまう。……あれ? どういう状況だっけ? いきなり告白されたら、例え戦場のど真ん中でも周りなんて気にならなくなるだろう。そんな隙だらけだと敵にやられてしまう。つまり、まずくないか?
慌てて周囲を見回すが、……敵影はない。ふぅーと安堵の息を吐く。