生きるということ
まだ気付いていない。オーク相手にどのくらい戦えるか確かめるには絶好の機会だ。それなら、後ろからの不意打ちで決めたらダメじゃないか? でも片腕使えないし、ハンデとして一撃入れるぐらいいいだろう。
攻撃するとして、頭や背中はダメだろう。腕ならいいかな。それなら条件は同じになるし。……うーん、でも、やっぱり、正面から正々堂々と戦った方がいい気がしてきた。
あと二、三歩というところで、オークが振り向いてサツキに気付いた。
ええい、もういいや、いくぞ。
走って距離を縮め、振り上げた剣を振り下ろす。自棄になった一撃が当たることはなく、あっさり躱される。距離をとったオークは剣を抜いてサツキの様子を窺っている。サツキも剣を中段に構えてオークの出方を待つ。
オークの身長は百六十ぐらいで、小太り。俺の身長は百七十五で、細すぎず、太くもない。一応、体格では勝っているが、さて、どうしよう。攻められない。
別にオークの構えに隙が無いなんてことはない。むしろ隙だらけだと思う。それでも、踏み込めない。一撃与えることは可能だと思う、たぶん。でもさ、攻撃する瞬間は隙ができるって言うじゃないか。その隙に反撃をされるのを恐れて攻撃できない。
臆病者と言いたいなら、言ってくれても構わない。でもさ、実際に刃物を、簡単に命を奪う事ができるものを持ち、相手はそれで殺そうとしてきている。もし、一撃でも受けたら痛いだろうし、命に関わる。だから、慎重に行動しなきゃいけない。
もうはっきり言って、無理。無理だって、自分からじゃ攻められない。オークの動きを頭で考えても反撃されて傷を負う未来しか想像できない。いや、そもそもこのシミュレートが間違っている。オークの実力を自分と同じと考えたら、そりゃあ反撃を食らうに決まっている。オークの力量なんてわからないし、過小評価するよりはいいだろうけどさ。
もうオークが攻撃をしてくるのを待つしかない。攻撃を防御して、カウンターの一撃を入
れる。これしかない。
頭で考えていても、オークの動きから目を逸らしていなかったのだが、いつの間にか剣を振り上げたオークが目の前に迫っていた。
「……うわっ、……っ」
頭を守るように剣を上げ守る。金属と金属がぶつかり合う激しい音がし、剣を握る手に衝撃が伝わってくる。右、左上、右下、上と次々に振るわれる剣の軌道を目で追い、一歩一歩と下がりながら何とか受ける。押されている。反撃しようなんて思えない。とにかく剣を防ぐことしか考えられない。そうしないと、受け損ねる。
防御だけに集中すれば十分戦えることはわかったが、こう考える暇もなく攻撃されたら、防戦一方になってしまう。何とかしなければいけないのはわかっているが、殺そうと剣を振り回すオークにどうにも腰が引けてしまう。
しかし、ずっと剣を受け続けたのも無駄ではない。だんだんと攻撃の軌道が読めるようになり、少し余裕ができてきた。それで、油断したわけじゃないけど、オークがいきなり突きを放ってきて、驚いて剣を受け損ねる。仰け反るようにしたせいで体勢を大きく崩し尻餅をついてしまう。
「…………っ」
やばいやばいやばい。急いで立ち上がろうと左腕を地面につくが、激痛が走り地面に転がる。
ザクッとすぐ耳元で剣が地面に当たる音がした。その音を聞き、全身から一気に汗が引き、凍えるような感覚に襲われる。
転がって転がりまくり必死にオークから距離をとろうとする。折れた左腕や自分の剣で切って痛いが、そんなことを気にする余裕はない。背中が木にぶつかり止まる。木を支えにして立ち上がり、追ってきたオークが迫る。
来るなッ!
剣を力任せに振るう。剣と剣がぶつかり、衝撃で両方の剣が弾かれる。オークはサツキの反撃に驚いてか、すぐに攻撃してくる様子はない。思わずできた間に乱れた息を整えると、右足を前に出し、腰を少し落とし、剣を腰だめにして身体を捻り、居合いの構えをとる。
体育の授業で剣道をやる程度で、剣術なんてやったことはないが、昔一人でアニメの真似をして竹刀を振り回して遊んでいた事がある。知られたくない黒歴史だが、役に立つことがあるとは。
オークがどう思ったかわからないが、居合いの構えをとると、剣を振りあげ斬りかかってくる。左上から右下へと走るだろう剣に合わせて、全身の力を乗せた剣を抜き放つ。オークの剣を弾き、腕が上がる。
できることなら、剣を弾き飛ばせたら良かったが、そこまでうまくはいかない。斬り返す刃で剣を持った手首を半ばまで斬り裂く。血を噴きながら、オークの手から剣が落ちる。これで武器を奪った。
もう一撃放とうとするが、その前にオークが体当たりをしてきたオークもろとも地面に倒れる。倒れたときに剣を手放してしまう。
上に乗ったオークが真っ赤に染まった腕でも構わず殴ってくるのを右腕でガードする。サツキもやられたままではなく、オークを上から退かそうと暴れる。オークの拘束がゆるみ、足で押し退けることに成功する。
急いで立ち上がり、地面に落ちた剣を拾い上げてオークに向き直るが、背中を向けて逃げている。
「…………は?」
つい立ち止まってオークの背中を見送るが、慌てて後を追って駆けだす。怪我をしているせいか、すぐにその背中を捉える。剣を振りあげようとして手が止まる。
逃げる相手を背中から斬るのはどうなんだ? 戦意喪失して逃げているんだ、止めを刺す必要はあるのか? 追うのをやめても勝利ではある。いや、目的はオークの持ち物を奪うことだ。腰のポーチにポーションがあるかもしれない。
今回の戦いでわかったが、片腕では一体でも厳しい。骨折が治るまで一か月くらい待つのは不可能だ。
だから、見逃すことはできない。俺のために死んでくれ。
無防備な背中を斬り捨てる。オークは倒れるが、まだ死んでいない。血の跡を地面に引きながら這って逃げようとしている。サツキは先回りすると、オークの頭に剣を振り下ろした。動かなくなるまで、何度も何度も剣を振り下ろした。