やっと冒険の始まりかな
「あなたって馬鹿なの」
目を覚まして最初に聞いたのは、呆れたようなアオイの言葉だった。地面に仰向けにに寝かされているサツキを覗きこんでいるアオイが見える。
「起き抜けに、それってひどくない?」
「だって、そうでしょう? 自分の命を顧みずに二回も他人の命を助ける人を馬鹿と言わず何て言うの」
「いや、もっとあるでしょ? ……ヒーロー……とか? ……まあ、終わり良ければ総て良しってことでいいんじゃないかな?」
「一つしか思いつかないのね。……確かに終わり良ければ総て良しとはいうけど、その状態でいわれてもあまり良いとは言えないわ」
「ぎぃ――――ッ!?」
アオイが軽くサツキの身体を叩いただけで、鋭い痛みが身体を走る。
サツキの身体は茶色の包帯っぽいもので巻かれて、左腕にいたっては包帯でぐるぐる巻きにされて固定されている。あと、右足に噛み千切れた鎧オークの腕が付いていて、死んでも離さない執念深さが恐ろしい。
「左腕骨折、全身打撲、擦過傷。最初見た時は死んでいるかと思ったわ。私が治療をしていなかったら、本当に死んでいたかもしれないのよ。そこらへん、ちゃんと自覚して、こんな無茶をしないように」
「……できるだけ善処はする」
「なんかまたしそうね。こんな状況ではしょうがないかもしれないけど、生きることを諦めないで。私が困るから」
困るってどう意味で? と聞きたいけどやめとこう。答えなんてわかりきっているし。期待しない方がいい。
「そういえば、ちゃんと話しているけど、頭でも打って治ったの?」
「ぐっ、……まあ、死にそうになって、これ以上怖いものもないなあって。覚悟というか度胸でもついたのかな?」
随分とずばずばと言ってくるんだなアオイって。そこは言わなくてもいいだろ。
「そう。……それで、身体の調子はどう? 動ける?」
「ああ、まだ痛むけど、左腕以外はなんとか大丈夫かな。意外と酷くなくて良かった」
サツキは起き上がって、軽く身体を動かしながら答える。
「薬がちゃんと効いているみたいね」
「薬……?」
「ええ、オークが持っていたポーチの中にあったわ。効果を確認してから飲ませたから安心して」
アオイが小瓶を見せてくる。
異世界だし、怪我を治す薬があっても不思議ではない。というかそういうものがないと、魔物とかと戦っていけない。この先も怪我をすることがあるだろうし、回復アイテムは必須だ。この薬はポーションと呼ぶことにした。
あの三オークが落としたものは全てアオイが回収していた。ポーチに、その中にあった包帯とポーション一つ、サツキが投げた剣と短剣一本、鎧オークの片腕分の籠手が戦利品だ。ポーションは使い切ったのでない。
サツキは剣を、アオイは短剣を持つ。籠手を着けたいけど、左腕は包帯でぐるぐる巻きになっているので諦めた。幸い、片手でも剣を振るうのに問題はなかった。
そういえば、どうやってここまで来たのか疑問に思ったが、大トカゲの進んだ跡は木々がなくなって道が出来ていた。これを辿ってきたらしい。
今後の方針として、水場と食糧の捜索とオークから生きていくのに必要な物を取ることに決まった。「それって強盗殺人よね」とアオイに言われた。まあ、ね。オークを殺して奪うんだから、確かにそうだけど。異世界ではそういうの普通だろ。生きていくためにはしょうがないことだと割り切っていくしかない。
夜の山林を魔物に警戒しながら歩いていると、微かに水音が聞こえた。音が聞こえた方に行くと川が流れているのを発見した。意外と簡単に見つけられて良かった。
水を飲まないと三日くらいで死ぬらしい。まあ、三日まで生きているかもあやしいところだけど。
走り続けで汗をかいていたから、水分を身体が欲している。渇きを癒そうと川に近づこうとしたが、先客がいた。オークだ。一体しかいない。顔を川に突っ込んで水を飲んでいるため、まだサツキたちには気付いていない。武器は腰に差している剣が一本だけだ。
さて、どうするか。まあ、悩むまでもなく答えは決まっている。一体しかいないこの好機を逃す理由はない。でも、怖いんだ。そりゃあ大トカゲに食われそうになった時の恐怖に比べれば大したことないだろう。死の危機に直面したからこそ、足を踏み出せない。情けないと思う。剣を握る手が、地面を踏みしめる足が震えるのを止められない。
「大丈夫。頼りないかもしれないけど、私もいるから」
震える手にアオイが手を重ねる。不思議と震えは収まる。そう、一人じゃないんだ。一人じゃないことが、誰かがいるだけで安心できる。
「ありがとう。……ここは俺一人にやらせてくれ。一対一で勝てないようなら、この先やっていけない。……でも、ピンチになったら助けてほしい」
「わかった。がんばってね」
短剣を握りしめて見送るアオイに、腕を振って答える。サツキは剣の柄を固く握り、茂みの中から出て背を向けているオークに近づいていく。
次こそは戦闘だ。