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脆弱な俺たちにはまだ戦うのコマンドは早い

そういえば、まだ彼女の名前を知らない。どうやって聞けばいいんだ? 伊達に友達がいないわけじゃない。どう聞くのが普通なのかわからない。そもそも普通って何だったけ? いや本当の問題は名前を聞いた後だ。なんて呼べばいいですかね? 


名字か名前か、まあ、初対面だし名字だろうけどさ。これから一緒に行動する仲間なんだから、名字で呼ぶのはなんか壁を感じるかな? できるなら、名前で呼び合うのがいい。……あれ? 一緒に行くよな? ここで、さよならなんてことないよな?


「あー、……その、……」

「なに、どうかしたの?」

「……えっと、……あー、うん、……俺、サツキ。……その、一人じゃ危ないから、……一緒に、行こう。……それで、名前……」

たどたどしくしか言えない。想像の中ではちゃんと言えるんだけど、口に出すとすぐこれだ。ここ何年かまともに人と会話してないからな。まあ、そのうち慣れていくか。


「私はアオイ。足を引っ張らないようにがんばるよ。これからよろしくね、サツキ」

「! ……あ、ああ、よろしく、……あ、アオイ」

女の子に名前を呼ばれたのは初めてだ。しかも、美少女にだ。勿論、名前を呼ぶのも初めてだ。


「ねぇ、私たちよくオークから逃げられたよね。森を抜けたから?」

「あー、それは、……たぶんオークの縄張りから出たからじゃないかな?」


うん……? 自分で言っておいて何か引っかかる。……縄張り、か。本当に縄張りの外に出たから追ってこなかったとしたら、ここはオーク以外の縄張りということになる。ほとんど追い詰めた獲物を逃がしてでも、ここには来たくなかったということだ。……それって、割と、マジで、やばくない? だって、オークが恐れるようなやつがいるってわけじゃん。


「アオイ、ここから……」

サツキの言葉が途切れる。なんか岩山の一部が動いた気がした。いや本当に動いている。頭らしきものを上げサツキたちを見ている。岩みたいな外皮の大きいトカゲだ。十メートルくらいはありそうだ。それが歩いて向かってくる。


「嘘……、なに、あれ……?」

 大トカゲを見てアオイが呆然として呟く。

オークから逃げられたと思ったら、今度はオークがかわいく見えるレベルの怪物から逃げないといけない。もう本当にやめてほしい。何でこんな目に合うんだ。……ああ、くそっ、せっかくかわいい子と知り合えたんだ、まだ死にたくない。


「森の中に……! 走って!」

アオイを先に走らせて、サツキはすぐ後についていく。後ろを振り返ると、大トカゲとの距離はまだある。思ったより動きが遅い。もしかして、逃げれる? 


だが、すぐに間違いに気付く。大トカゲの姿がだんだん大きくなってくる。実際に大きくなっているわけじゃない。距離が近くなっているんだ。体が大きい分、一歩一歩が大きいんだ。


森の中に入る。それでも、走る足を緩めたりしない。森に入れば追ってこないなんて甘い考えはしない。だって、ほら……大トカゲは森に到達しても、変わらず追ってきている。木を小枝みたいにポキポキと、その足や体で圧し折り、破砕しながら進んでくる。


実際には小枝じゃないから、バキッ、バギャァァとかすごい音を立てている。これ、逃げきれないだろ。 じゃあ、隠れる? 隠れても辺り一帯破壊されたら意味はない。やっぱ逃げるの無理だな。


「アオイ、ここで、別れよう」

「え? な、なに……、言って、いるの」

「このまま、逃げても、……二人とも、助からない。……だから!」

「……わかった」


サツキの決意が通じたのか、アオイは渋々といった感じに了承する。サツキとアオイは左右に分かれて走る。大トカゲは頭を左右に振り、どちらを追うか少し悩むようにして、右へと――アオイに狙いを定めた。


「うっおおおおおい! こっちだ! トカゲ! こっちに来い!」

 サツキは立ち止まって大トカゲに向かって叫ぶ。大トカゲが進路を変更する。アオイはサツキへと顔を向けて、足が止まりそうになっている。


「ここは俺に任せて早く行けッ!」

親指を立てて、自信があるように見せる。

こういう台詞言ってみたかったんだよな。まあ、その代償は高くつきそうだけど。


「……っ、……また!」

「ああ!」

影になってアオイがどんな表情をしているか見えなかった。女の子の辛そうな顔は見たくないし、これでいいだろう。


そろそろ俺も逃げるか。逃げられるとはとても思えないけど。というか、もう身体が勝手に動いて走っている。だって、めちゃくちゃ怖い。怖いに決まっている。人を蟻みたいに踏み潰せるほどでかい怪物に追われて怖くないわけないじゃん。


今、一番速く走れていると思う。だって止まったら死ぬのがわかっているのだ。ここで限界以上に全力を出さないで、どこで出すっていうんだ。逃げきれるなら、身体がぶっ壊れてもいい。まあ、逃げきるのは無理だけどね。


なら、なんで俺走っているんだ? 足は鉛のように重いし、呼吸をするのも苦しいし、枝葉が皮膚を裂いて痛い。もう止まって楽になればいいんじゃないか。どうせ助からないんだ。奇跡でも起こらない限りは……。


不意にサツキは視界に何かを捉える。進路上から離れた所にある茂みに何か隠れている。あれは……オーク? 間違いなくオークだ。俺が大トカゲに追われているのって、そもそもお前らのせいだよな? なら、その責任とってこいつに喰われてくれない? お腹一杯になったら、帰るかもしれないじゃん? じゃあ、そういうことで――。

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