094.気鋭/穿孔
放たれた光球。
無数に迫るそれらを視認するなり、私の視界は「後ろ」へ遠のいた。
まるで、吹き飛ばされたかのように視界が移動すると。
それに伴って、光球も遠ざかっていく。
それだけを思えば、危険性が回避されたのではないかと……錯覚してしまう。
だが当然、突如として起こったこれらの現象に対する驚きは過密であり、とても安心できる状況には置かれていなかった。
「一旦回避ー! そしてー!」
「────ッ、?!」
背後から針金で引かれているのではないかと感じさせる程に強烈な力。
その存在を確認するや否や、ファブリカ率いるトーピード魔導騎士団は、防御魔術そして認識阻害をかけた状態にて、大きく曲がる。
前を見据えたままでの後退。
そして加速を緩めることなく湾曲した軌道は……。
私を、杖の上の定位置から移動させるには、十分であった。
「これでは……落ちてしまい────」
「しばしの辛抱ー!」
「兄ちゃん! 今からあそこに入るから!」
「=うん。もうすぐ。うん」
オリヴァレスティが指し示したのは。
かつて、私とファブリカが踏み入れた、地点。
……帝国に囚われた後、この目にした「搬入口」であった。
「分かりました。……任せます」
・・・・・・
上昇。
下降。
彼女達は湾曲した軌道のままに回避行動を敢行する。
私は共に空を舞うが、このような動作を繰り返せば、視界は揺らぐ。
一任すると告げたとはいえ、予測不能な挙動。
そして、辺りで無作為に炸裂する光球は、何故か正確性を増して迫っている。
高射砲の攻撃を受けている爆撃機にでも搭乗したのではないか?
……とも思わせる現状。
辺り一面大荒れの光景に、突飛なる印象を抱かせるが、目に見える囲いが存在しないという視覚的な恐怖心は比べ物にならない。
「よーっし! いざ! 突入!」
「=うん。あそこに張り付くんだけど────」
「オリヴァレスティー! あそこー! なんか黒い影がー」
「あれは……人影、では?」
より正確になった炸裂から軌道が限定される。
私達の移動は、対角線上へと確認された人影にとっての……目標位置、特定を兼ねていたのだと、静かに悟る。
「落ち着いてられないねー! こうなったらー!」
「わっ、ファブリカ! ……そういうことね!」
「=うん。機動性が……。うん」
「うんー?」
「ひっ……」
ファブリカは自身の杖から飛び降り、片手に保持した状態にてこちら側……オリヴァレスティの杖の上へと移動した。
「杖から発射すれば、あの数を足止めすることは出来るー! 時間ないしねー!」
彼女は今まで乗っていた杖を手に取り、横に構える。
私達の進行方向から見て、左側に見えた人影に向かい術式を展開させた。
────ファブリカの術式。
空間内に風が舞い、集積されゆくその姿は、まるで竜巻のようである。
暗い群体を指向して顕現する風の集合体は柱……尖鋭化した「槍」のように形を変え、視覚的事実として、収縮する。
伸縮したそれは、発条のように形を戻し……。
その反発により、杖の先から盛大に、飛び出した。
進行を続ける杖の上から放たれた風の槍は、切り離されるかのように飛翔し、ものの数秒で弧を描きながら上昇する。
天にも届きそうな勢いにて加速した後、上昇運動は収束を迎える。
勢いが完全に無くなり、空中で漂いながらその向きを下方に定める。
さすれば風の槍は、その姿を変形させた。
何本にも増殖、増幅していく槍は同方向に連なり、向いている。
その方向、辺りを覆う黒い影を捉え、風は舞う。
分裂した無数の槍は一直線に目標に向かって進み、黒色に混ざったかと思えば直ぐに────辺り一面を「赤」に変えた。
「ふー! まさか防御魔術を張ってないとはねー!」
「助かった! それじゃー心置き無く、だね!」
「え」
消え去る黒色。
代わりに空は赤く変化した。
目を凝らして確認出来た群体。
それをファブリカが放った風の槍は、掻き消した。
そう、跡形もなく。
あとは粉塵となって辺りを漂う赤い靄が、そこにあるだけなのだ。
「=うん。着地するよ。うん」
「……はい」
現れ、確認したのは一瞬。
そしてその姿を変えたのも一瞬。
間髪入れずに起こった現状。
それを何ら不思議では無い様子で捉えている彼女達。
空を覆うほどに存在していたあれらは、何だったのか。
今は、その形を知ることは無い。
・・・・・・
「とうちゃーくー! この先がー、目的の場所だよねー!」
「ファブリカの認識阻害のおかげで、ここまで悟られることなく辿り着いたね!」
「=うん。徐々に迫ってくる爆発は怖かったけど、まあ、その時はその時だね。うん」
「うんうんー! 何重にも張ったオリヴァレスティーの防御魔術は団長のお墨付きだからねー!」
「それを言うならファブリカも……」
「=うん。早くしないと、また次の攻撃が。うん」
「うんうんーそうだねー! ここは私が扉を開けてしまおうかなー!」
「気をつけて、開けた瞬間に攻撃を受けるかもしれない。余分に張っておくから、すぐ離れてね!」
「分かったー! オリヴァレスティーとー、オネスティーくんはー、少し離れたところで待機しててー!」
「ということで! 兄ちゃん! 着いて早々にごめんだけど! 少しだけ離れるよ!」
「……」
「=うん。? うん」
「……あ、はい。分かりました。待避ですね」
「はいはいー! それじゃーいくよー!」
「待避!」
ファブリカは杖の先から風の塊を生成させる。
周囲の空気を飲み込みながらに形作られた物質を、搬入口に向かわせた。
杖から離れ、浮遊しながら……。
閉鎖された搬入口に接着するなり、大きな音を立て始める。
装甲に沿って待機する私は、オリヴァレスティの杖の上でファブリカが同様に離れ、待避したことを比較的冷静に、確認する。
「備えてーっ!」
聞こえ始めた研磨音。
それを一瞬にして掻き消す声に耳を傾けるなり……。
重厚な扉は、いとも簡単に「円形」の穴を開けていた。




