090.複合/魔術
不整地にも関わらず巨体を保持出来ているのは……。
携えた、二本の転輪連結具のおかげであろうか。
無数に開かれた砲門。
幾らかは炎上し、黒い煤を纏わせて破壊されている。
堅牢なる鉄灰色の傾斜に張り付くようにして確認出来た人影。
陸上の船のようにも見えたターマイト戦略騎士団の本体は、防御魔術を展開させた魔術士達によって、集団的に包囲されていた。
「……いま、私達は見られていない、のですよね」
「もちろんー! 私の認識阻害はー、今も展開中だよー!」
「ということは、つまり……」
「そう! 見られてない優位な状況で、私達は一方的に攻撃が出来る! ……つまり、奇襲だね!」
「=うん。あの様子だと、まさかあの包囲網を無事に突破されたとは考えられていないはず。うん」
「なるほど、既に目前へと迫った私達だからこそ、奇襲が行えるのですね」
「うんうんー! せっかく奇襲が出来る環境が整ったわけだけどー、見た感じー……多いよねー」
「そうですね。先程のものとは比較になりません」
「……それに、全員が全員、防御魔術をこれまでかってくらいに張ってるから、通常攻撃は効かない……」
「=うん。こんな時は……。うん」
「オネスティーくんの武器があるじゃないー!」
「え」
武器。
そう言われれば魔術槍が備わっている。
更にいえば腰には刺突剣が吊るされているが……。
今回は、「射出具」を指しているのだろう。
射出具。
つまりは魔術槍を指して武器としているのだろうが……あれだけの数、張り付いている魔術士群を見て、単発式の携行式魔術槍をもって対処するというのは、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎになりそうである。
「魔術を無効化して貫ける魔術槍があれば、幾ら防御魔術を使用していても、無意味だしねー!」
「ですが、これは単発式で連射はおろか、あそこまで多量な魔術士を一度に相手取ることなど……」
「そこは! ファブリカと私の出番でしょ!」
「=うん。誇らしげ。うん」
「?」
一度に射出可能な魔術筒は一つであり……。
それも、次なる射出には一定の時間を要する。
特段遅く、日が暮れてしまうほどの速度ではないが、第一の射出に成功した場合の加害範囲を鑑みれば、装甲に張り付く魔術士群とは、あまりにも釣り合わないのではと思えてしまう。
「私は紫炎、やたらめったら消えない悠久の炎を使って……」
「=うん。それこそ風に吹かれても消えることの無い悠久の炎を。うん」
「オネスティーくんが使う魔術筒にー、オリヴァレスティーの紫炎と私の風を封入しようと思うー!」
「そうそう! 私とファブリカと兄ちゃんの合わせ技、複合魔術だね!」
「=うん。複雑に絡み合った魔術は効用を増幅させる。うん」
「つまりつまりー! 間接的に射出された魔術筒をー、防御魔術は防ぐことは出来ないからー、それを私の風で拡散、防御を無効化した後にー、オリヴァレスティーの紫炎でー、一帯を焼き尽くせばいいんだよー!」
唐突に告げられたファブリカそしてオリヴァレスティによる合体技。
彼女達が言うように合成的な魔術は加害力を増幅させ、ファブリカの視界を借りて目にした多数なる魔術士を一網打尽に出来るという。
「……あそこに張り付いている魔術士達を、それで無力化することが可能であり、現状において奇襲を行えるという優位性からも……射出、してもいいかもです」
「よーっし! 決まりだね! ……それならファブリカ! 私はいつでも、兄ちゃんの魔術筒に入れることは出来るけど、どう?」
「もちろーん!」
「=うん。魔術筒を準備していて欲しいな。うん」
「分かりました」
私は、オリヴァレスティの問いかけに答え……。
雑嚢から魔術筒を取り出して、手の平で保持する。
感触から射出物の保有量減少を悟り、今後の増量方法についてを模索するも、やはりこの武器を作成した本人に尋ねてみるのが最善であるとの結論に至る。
私は予備魔術筒を確保するべく、それに伴った情報を求める事も視野に入れて、救援を求めるイラ・へーネル団長とダルミを援護しなければならない。
「じゃあオネスティーくん! 早速それをお預かりしてー……」
ファブリカは……。
私が差し向けた魔術筒を軽く保持して持ち上げると、空中に投げた。
「え」
進行中なのにも関わらず、外に投げ出しても良いのかと。
咄嗟に疑惑を強めるも、それが杞憂であることに気づく。
投げられた魔術筒は空中で浮遊し、言うなれば、進行方向に追従しながら私達の頭上にて、見た限り静止していたのだ。
「これをこうしてー……はいー! 出来た!」
空中で保持された魔術筒に向かって……。
ファブリカは、小さく細い人差し指を向かわせ、指し示す。
すると追従しながらに、不動なる魔術筒は二分割され、中身が露になる。
「オリヴァレスティー! どーぞー!」
空洞化していた本体には何も無いが、二分割された状態にて保持される魔術筒を今度はオリヴァレスティの元へと差し向ける。
「ありがと! ……よし、閉めていいよ!」
「=うん。完了。うん」
アルバスを炭のように変えてしまった紫炎を手の平に生成させ、正しく捩じ込むようにして、開かれた魔術筒目掛け、注ぐ。
すると、二分割された本体は……。
吸着するように元に戻り、こちらへと舞い戻ってくる。
手の平を開かせたまま起きた僅かなる時間の出来事に唖然としながらも、置かれた感触から視線を移動させて確認すると、確かに分かたれていたはずの魔術筒は切断面すら確認出来ないほど精巧に復元されていた。
「よしー! これで完了ー! オネスティーくん! 頼んだよー!」
「……分かりました。これが合体技。複合的な魔術……責任重大ですね」
「射出さえしてくれれば、あとは大丈夫だよ! 私とファブリカの魔術が中で起動しているから! 防御魔術無効化の後は、任せて!」
「=うん。あとはこっちで動かす動かす。うん」
「そうそうー! オネスティーくんにとってのお仕事はー、あそこに向かって正確に射出することー、だからねー!」
この一発の射出作業によって。
奇襲を行える唯一無二の優位性を生かすか殺すか、委ねられている。
染み渡る緊張感。
恰も自然の如く、目の前で繰り広げられた超常現象。
対峙した環境のせいか、見えない汗を感じた。
……そうしている間にも当然。
杖は移動し続け、戦場と化したターマイト戦略騎士団周辺は差し迫る。
「もうそろそろー、同調が切れると思うけどー、驚かないでねー!」
「うん! いきなり視界が遠くなる感覚……。慣れないとちょっと……」
「=うん。目が回り……。うん」
「なにかなー?」
「な、なんでもないよ! ほ、ほら! 兄ちゃん! 視界がどんどん滲んできたでしょ?」
「=うん。元に戻るー。うん」
「来ました……、ほんとだ、あんなに遠く────」
「何言ってるのさ! 準備は終わってるし! 今も襲われてるんだから! 急行するに決まってるじゃん!」
「=うん。戦闘への参加、その遅れを察知し安心したオネスティ。彼は加速を示す言葉から絶望の淵へと立たされた。うん」
「え?」
「現場に向かってきゅうこーう! 最大速力だー!」
────これより先。
一旦元に戻った本来の視界は、すぐさま消え去った。
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