089.帝国/戦域
私が破壊した円盤は魔術士が使用する戦闘用魔術であり、魔術を固化させることによって防御時における強度を保つ役割を果たしているそうだ。
帝国の奇襲を察知した上で、ファブリカとの偵察に臨んだあの時。
上下左右、前面背面の全方向に確認出来る円盤状の浮遊物を目にした。
命中することによって一人が浮力を失い落下する。
その光景に辺りが注目すると、喧騒が巻き起こる。
唖然としながらも……。
落下していく魔術士を目で追いながら、進行を続ける杖の上で息を呑む。
オリヴァレスティが進行中にて肩を叩き、声高らかに次なる射出を指示するので、私は片手に荷物を保持した状態にて、魔術槍を構える。
腕に伝わる細やかな振動。
比較的単砲身にて炸裂することによって発生した身近な反動。
感傷的な光景を噛み締めながら。
蹟を吐き出し進む魔術筒を後ろから目で追う。
吸い寄せられるかのように下部に備わっていた一箇所。
その場を魔術槍が貫くなり、落下する。
そこから先は単調作業であり……。
確認出来る円形目掛けて充填、射出を繰り返した。
「おーい、兄ちゃん! もういいよ!」
「=うん。距離は取れた。うん」
「……あ、はい。十分のようですね」
密集していたがために……三分の一程だろうか。
魔術士達は魔術筒の接着と共に誘爆するが如く勢いにて、下部の円盤を喪失、後に落下をしていった。
進行方向とは逆向きに射出された魔術筒による攻撃の特定は容易ではないようで、仲間が次々と空から落ちていく光景を見て魔術士達は、動揺した様子で辺りを絶え間なく、見渡し続けている。
壊滅……とまではいかないが、少なからず隙間を幾らか形成させる。
その時には既に、魔術士群からは離れて……。
目標である進行方向に沿って杖を走らせていた。
前方にて杖を操作していたオリヴァレスティの言葉によって、保持していた魔術槍を下ろし、荷物の固定に専念する。
「オネスティーくんおつかれー! 防御魔術をも貫くとはー、やっぱり効果あるねー!」
「おつかれ! 兄ちゃん!」
「=うん。よく荷物と共に……。うん」
「腕、痺れましたよ。狙いは円盤、それで良かったのですね」
「まあー。変なー、対抗意識もたれてもー嫌だしねー!」
「うん! 目的は離脱、そして団長とダルミに繋がる道を切り拓くことだからね!」
「=うん。よくやった。うん」
「……こうしてオネスティーくんのお陰で安全に切り抜けることが出来たわけだけどー、やっぱり気になるんだよねー!」
「だね! こう戦闘時に展開しているのは分かるんだけど……」
「?」
「=うん。偵察で確認した時、接触前から展開してたんだよね。うん」
「そうそうー、だよねー! オネスティーくん!」
砂埃を上げて疾走する駆動車。
鎧を着込み武器を携えた人影。
上空に確認した円盤状の物質を纏った魔術士の集団。
ファブリカの問いかけから……。
私は、偵察によって得た光景、様相を思い浮かべる。
「……はい。防御魔術を展開するのは通常戦闘時であって、王国を攻める……奇襲をする前に行う必要はない、ということですね」
「うんー、今見てもらった通りー、これが通常ー、戦闘時にー防御魔術が見えてて当たり前なんだけどさー、なんであんな手前から準備万端にしてたのかってー、気にかかるよねー!」
確かに、思えば……。
奇襲を目的に進行をしているのに。
前もって術式を展開させておく必要は無いと考えられる。
原理原則については無知であるが、ファブリカの言うように、敢えて見える状態にしておくのは……得策ではないはずだ。
戦闘時。
遭遇した魔術士は、皆見える状態にて防御魔術を展開していた。
それこそ、通常の使用形態であり違和感は感じられないという。
ファブリカ、そしてオリヴァレスティが引っかかっているという「防御時における魔術展開」という謎を残したまま、今尚止まらぬ進行によって、魔術士群は次第に小さく見えていった。
・・・・・・
《帝国領》
「見えたー! ターマイト発見ー!」
「いいねいいね! もうすぐだね!」
「=うん。ファブリカが見えたなら、あとは安心だ。様子はどんな感じ? うん」
「……無数の浮遊物ー、そして噴煙ー。間違いなく戦闘中だねー!」
魔術士における、所謂封鎖を突破し……。
休みなく進み続けた恩恵によって、ファブリカは目標を視認する。
重複の恩恵によって得られた光景を捉えようと、必死に杖上から進行方向に目を凝らすも視界は滲むばかりで、記憶に残る存在は一向に映らない。
「オリヴァレスティー! ちょっとオネスティに見せてあげるからー、範囲広げてー!」
「了解! あ、私にもね! ……あと、上にはいかないでよ!」
「分かってるってー! オリヴァレスティーの防御区域はおっかないからなー、悲惨な光景は数知れずー……」
「=うん。完了。いつでもどうぞ。うん」
私は、オリヴァレスティの肩越しに目を凝らす。
その行いに気づき……。
彼女は、操作する杖へと限りなく近づいて、こちらへ手を伸ばす。
「前みたいにすぐ消えちゃうけどー、いるー?」
彼女は見兼ねたのか、偵察時にも経験した付与を促す。
同意するなり、指示されるがままに瞼を閉じる。
瞑らせた両目に彼女が触れると、懐かしいかのような温かな感触を感じる。
私はそこから、いつの間にか消えてしまった感覚を軸として瞼に力を入れる。
「これでー、見えるようになったはずだよー!」
目を開ければ、そこに────戦場が映し出されていた。




