072.陽動/背中
《静止/メノミウス》
「私は、……その、魔術槍を放てばいいのですね」
「うんうんー! 私とーオリヴァレスティーがいるからねー!」
「あとは、行動するだけだね!」
「=うん。採取に回収だね。うん」
「あたしは! 背後で! 埋め込み式を! ……あは!」
「……ま、私とエーファは左かナ」
「だよねぇ」
「私達は右だぜェ!」
「……そうデスね。アンの為にひたすらにデスね」
「よしー、こうして位置も決まった事だしー。今のうちに移動しよっかー!」
「ファブリカ! その前に……」
「うんうんー! それじゃあー準備が出来たら皆さんご一緒にー」
・・・・・・
意気揚々した文言は、現状には不必要であり。小声のままに告げられた開戦の合図は、皆の散開と共に消え去った。私は、散り散りとなった全員を目で追いながら。自身の位置を……メノミウスから遠ざける。全身が確認出来る地点まで下がると、空中にて待機するファブリカ、オリヴァレスティ、それに左右に展開したア号姉妹が視界に映し出される。散開の合図を受けた全員。一斉にメノミウスの元へと走り出し、空と地から目標を捉えている。
私は、比較的安寧的なる頃合を見計らい……。自身が携帯する雑嚢の中から魔術筒を取り出し、右手の魔術槍に装填をする。回り込んだアンが位置につき、背後に入ったあたりでその姿は見えなくなる。全員が万が一の際に攻撃を受けない地点にて待機し、次なる『合図』を待つ。
それが私の視界に映し出されたのであれば、次なる変化は一つだけだろう。先程の作戦を実行に移すのだ。空、そして地上から。視界に存在する彼女達は、準備が完了した事を理解する。それぞれをそれぞれが見合い、小さく頷く。────開始の合図。休息の中での静止。今も尚動きのない目標に対する先制攻撃……これが、その合図。メノミウスの後方から信号が上がる。
……緑、陽動の開始だ。私は色を確認すると、空中を視認するべく顔を上げる。こちらに手を振るファブリカとオリヴァレスティは、杖の上から「瓶」いわゆる投擲武器をちらつかせている。彼女達が、手一杯に保持している小分けの物質を力技にて投げ捨てると、それらは勢い良くメノミウスの頭部に吸い寄せられ破裂する。
「……ガ、ガ……ガ」
勢い良く手から離れた瓶は花火の様に爆散する。それは、目覚めとともにメノミウスを怯ませた。瓶から溶けだした液体に苦しみ悶える目標。盛大に頭を振りながら、それらを大いに振り払う。辺りを見回したメノミウスは前方、空中に浮遊するファブリカ、オリヴァレスティを発見するなり、鋭い咆哮を放ちながら突進する。
────大きく旋回。メノミウスの攻撃を避けると、彼女達は光の槍を顕現させる。杖の先に現れた光槍は音速の如く飛び出し……。横左右の同じ方向から寸分の狂いもなく突き刺さる。光槍は背中に深々と潜り込み、その後。体内へと潜ると、次第に蓄積された光を失っていく。遂には光を纏っていた光線はそれを脱ぎ捨て、メノミウスの背中には、拳大ほどの大きさをした黒い円形の物体が現れた。
『炸裂音』
時経たずして黒色物体の全てが体内へと取り込まれると、爆発……内部から背中の表皮を含む筋肉を、円形の範囲内で消し飛ばしたのだ。辺りは爆発の影響で煙が立ち込めており……。メノミウスの背中には、黒煙が踊っていた。背中の出来事、その直後。先程まで前方を向いて、不可視的静止をしていたばかりに。反応が遅れたように思えた。
私は────見た。左右なども当然注意をしていなかった訳で。突然背中が内部から爆発、破壊されたが故に。驚き、身を捩らせていたのだ。そうしているうちに煙が晴れてゆき、徐々に全体像が明らかになる。だが、それと同時に私は……絶句する。煙が晴れ、着弾点かつ爆発地点を目の当たりにした。それが故、そのあまりの有様に声も出なかった。そこで目にしたのが、メノミウスの変わり果てた「背中」であったからだ。




