067.空間/保持
「よしー! オネスティーくんもー装着し終えてー、準備かんりょー、って感じだねー! 皆も平気そうー?」
「はいはーい! あたし達も準備出来たよ! お腹空いたけど! ……あは!」
「だよねぇ。朝の支度が落ち着いたらー、あとは食事に向かいたくなるんだよねぇ」
「……ま、朝ご飯なら、卵があるナ」
「それもォ! 採れたてだぜェ!」
「……そうデスね。朝ご飯……そして、この子の為にも、卵を回収しに行くデスね」
「体液も忘れないようにね! いざ移動した後も、やること沢山だ!」
「=うん。早いうちに、終わらせたいと思ったり、思わなかったり。うん」
「だねー、私達とースナホリクンの朝ご飯とー体液採取ー、その二点を意識してー、いざー、出発だー、って」
「?」
「そういえばー、まだどこに行くかーオネスティーくんには、教えてなかったねー!」
「そういえばそうだった! 私達は何度か行ってるしね!」
「=うん。いけねいけね。うん」
「……そうですね。ちょうど、気になっていたところです」
(……何もなければ良いが)
「うんー、なんとー。これから向かうところはー!」
「じゃかじゃかじゃかじゃか……」
「……じゃん! 『海』ー!」
「海……ですか」
「正確にはー、海の中ー? の陸地だけどねー」
「=うん。時間によって作られる陸地があるからね。うん」
「なるほど。だから、休む時間が出来たのですね。……その陸地が出来るのが、今の時間であると」
「そう! 陸地が現れるのは一日に二回だけ! それが今の時間なんだよね! そんな時間に起きれるなんて! 天才かな? ……あは!」
「……ま、アン。オリヴァレスティお姉さんに起こされてたけどナ」
「わ、分かってるよ! ……あは!」
「この時間こそがァ! 最善の選択だぜェ!」
「だよねぇ。この時間を逃してしまうと、次は夕方になってしまうんだよねぇ」
「……そうデスね。オネスティさんに行き先を教えることも出来たことデスし、陸地が消えてしまわないうちに……デスね」
「うんー! エミリーの言う通りー! では早速ー。ア号姉妹の皆さんー、お願いしますー!」
「了解! それじゃあ皆! あたし達に掴まってね! ……あは!」
ア号姉妹達は問いかけに応じ、円陣を形成させる。それに加えられたファブリカ、オリヴァレスティ。そして、何が起こるか……一切を知らない私。そんな八人は、部屋の一角にて腕を組む。つい先程、やっと行先が判明したばかりの私ではあったが。全員が装備を着込み、中央に向かって視線を据えている光景の一部として、実際に参加してしまっている。いざ向かおうとしている中で、大変恐縮だが。私は依然として今……。ここで何が行われようとしているのか、知り得ていないのだ。
「……皆さん、お取り込み中のところ申し訳ないのですが。行先、については判明しているのですが、この組みは……何をしようと……」
「これは! あたし達が制御する空間内同士を連結して、移動を行う魔術なの! ……あは!」
「だよねぇ。メノミウスが現れる場所に接続地点を確立してるんだよねぇ」
「今から向かうぜェ!」
「……ま、すぐに着くし、心配しなくてもいいヨ」
「……そうデスね。発動してしまえば、後はすぐデス」
「そんなわけでー! オネスティーくん! また、移動ーってことでー!」
「……え」
ア号姉妹達の目が光り始めると、円陣中央に光源が生まれる。彼女達の光彩から滲みだした光の糸が重なるうちに。それは、形を大きくさせていく。音を立て始め、歪む空間内。発生した眩い光は、雷光のように弾け────視界を包み込んだ。
〜・〜・〜・〜・〜・
《私的形成空間》
『オネスティさーん!』
歪んだ視界の一点。拡大鏡で映し出されたように鮮明な球体が、何の脈絡もなく現れる。聞こえてきた声の主は、記憶を頼りにして既に判明してはいるが、その発生源が目の前に突如として現れた赤褐色の球体だとは思いたくもない。
耳障りにも感じられるその声が……。脳内へと流れ込み、完全に溶けてしまうか否かの瀬戸際。乱れゆく視界の中。唯一把握出来た球体は、下部から熱せられたかのように液状に滴り落る。自らを地に這わせ、いつしか球体であったその姿は平面のものへと変化した。
首を傾げ、水溜まりのような形に形状を変化させた物体に目をやる私は、利き足が動いてしまわないよう、 力を込めて押さえつける。しかし、意志とは反して耐えているせいか。微かに緩んだ感情によって、変化を現実として捉えてしまう。
(ああ、ずっと居たのか……すぐ側に)
その水溜まりのような何かから。……「秒」が重なるごとに生成されてゆく十二本の足首。次第にそれは番となり、腰、胸、腕、そして首が衣服を纏った状態で現れ、思うにそれらが五人分の肉片であると悟った。しかし、確認された数は十二本……。それらが彼女達の「もの」だとすると……二本多い。頭が除かれ現れた物体を目にし、留めていた足を踏み出す。当初に踏みとどまっていた理由。そんなものとは異なる新たな思いを胸に秘めながら、それらの元へと近づく。
目も口も耳も鼻も持たず、外枠すらない身体を間近にした私は。抑えきれない衝動を抱く。抱えられ、噛み砕かれた自らの感情。生成されてゆく首の断面を目にするために、覗き込む。記憶と比べ物にならないほどの鮮明な模様に、私は口内を掻き混ぜながら、滴り落ちてしまいそうな唾液を体内に巡らせて、照合させる。そうしている間にも時は進み、それに伴い生成されてゆく姿に焦燥感と悲壮感を混ぜ合わせながら、刻一刻と変化し、流動的に演舞を行う鮮度の高い彼女達の断面を目に……焼き付ける。
次第に伸びてゆき、顎の一部、もしくはそれの開始点かと思われる柔らかな傾斜を目にしたところで、乾燥のせいか両端が軋み始めたことを確認する。そして、見開いていた目を元の状態へと戻し、乗り出すようにしていた体もそれを境に、一挙として迷わず後退させた。
緩みに緩んだ頬を盛大に叩き、じんわりとした温かさを感覚として味わいながら、またもぼんやりとした視界の中で、現れてゆく五つの体についた頭の顕現を一つの点として待ち望む。衣服の上に現れゆく皮膚の色味に歯ぎしりをしつつ、得られた鮮明なる情報を心臓に与えていると、想像し予測していた生成とは異なる速度に、二回ほど瞬間的なる瞬きを疑うことなく……行う。
首から上の存在を逃さずに目にしようと努力をしていたのにも関わらず、意識の外から現れた唐突なる完成系。これまた、完成品としての「部位」が取り付けられたかのようにも思われる違和感と共に、認知したア号姉妹の顔は、とびっきりの「笑顔」に塗れていた。
『おはようございます!』
「改めておはよう! ファブリカお姉ちゃん! オリヴァレスティお姉ちゃん! オネスティさん! ……あは!」
「成功だぜェ!」
「だよねぇ。点と点の移動だよねぇ」
「……これが、その移動、方法ということですか?」
「……そうデスね。細かくなった私達が、皆さんを包むことによって、……この場所に送ることが出来る、ということデスね」
「……ま、見たらわかると思うけど、そう長くは持たないんだナ」
私はア号姉妹達の片腕が、存在していないことに気づく。アイーダが示した先を目にすると。私達が存在している場所が水の壁によって囲まれていることが判明する。
「球体……次に溶けだして、水溜まりのように変化……。それがア号姉妹の部位……それで、海を塞き止めていると」
「その通り! あたし達の体の一部を使って、海に空間を作ったの! 陸地が現れるって言っても! これから入る中身の部分だから、入る前はあんまり関係ないんだよね! ……あは!」
「そーなんだよー、オネスティーくん。私達がーこれから向かわなければならないのはーこの先ー、……ここにー穴があいているでしょうー? その場所が現れるのがー今限定ーなんだよー!」
「そうそう! ア号姉妹ちゃん達には移動という保持を、陸地が現れるその時間の中で、生み出された下部空間への潜航が行われるんだ!」
「=うん。つまり、こんな質量の海に、無理やり空間を作ってるんだから長くは持たないし、これから間髪入れずに、この穴に入ってしまえば、諸問題は解決されそうだよ。うん」
「……そ、うなんですね。少しばかり驚きましたが、分かりました。この先に行くことが先決ですね」
「うんうんー! じゃあ早速ー! 行きましょーかー」
ア号姉妹が作り出した異空間。その場より飛ばされ、移動したことに気づいたことも束の間。彼女達が行ったという空間移動は、現空間内における保持であり、現状に当てはめると「海」をこじ開け塞き止めた状態にて、私達が存在できる空間を確立させるものということになる……。
長くは継続出来ないことは、ア号姉妹達の震える体であったり、悟られないようにしているようであったが強ばる表情からも分かった。ファブリカが示した足元の穴こそが、これから向かう「討伐対象」の領域であり、陸地が現れるという表現は海の中に、この空間が現れるとの意味らしい。つまり、この穴。これから向かう先を「陸地」とあえて表現しているということは、彼女達からすれば、海の下に存在する空間そのものが、陸地のようであると強固に認識しているのかもしれない……のだ。
潮の満ち干きを想像していた私としては大いに驚き、今後に不安を抱く結果となったが、既に一歩を踏み出さんとしている彼女達を前にして、今更辞退することなど到底出来ない。この先に何が存在し、広がっているのか。この世界で迎えた、異なる目覚めによる結果がどのようなものになるのか。私はこれから、確認作業として検証をする必要性があると考える。
────私は、一歩を踏み入れた。ファブリカ、そして、オリヴァレスティの後に続いて。そう……空間を保持するア号姉妹を残して、だ。
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