066.起床/準備
《幾時間後》
どれほどの時間が経ったのだろうか。意識を外から内へと移行していたせいか、答えを知ることが出来ない。しかし、そんな頭は……。確かに外部から聞こえた「声」を覚えている。頭の中を巡る記憶に残った声の主を左方と捉えられたのは。やはり、両側ともに尖らせていた影響であろうか。
「オネ……スティさん ……あは」
「……ん、どうしたのですか……? 眠れない……?」
「うーん、ちょっと……起きちゃって……う……ん、それじゃ……む……あは」
どうやら寝ぼけているようで……。隣のアンは、何を疑うことなくこちらに寄ってくる。私は近づいてきた安堵感からか、身を委ねてくるようにも思えた彼女の無垢さを目の当たりにし、出会った頃から感じていた熱烈な欲望を現実のものに出来るのだという熱烈なる期待を抱く。
突如として、激しい勢いで鼓動を続ける心臓の存在を感じながら、両手を閉じたり開いたりを……淡く美麗に、繰り返す。この手を、へし折れてしまいそうにか細く矮小な少女の重要な部分に覆い被せる事が直出来るのだという悦びが次第と大きくなる。
この身から溢れんばかりの幸福感に、いつの間にか頬は緩み、それを見ずとも分かるくらいの「笑顔」を貼り付けていた。……この顔のままに、添えてしまいたいのだ。恍惚とする私は、眠るにも眠れない夜を過ごすことに決めた。
・・・・・・
前か後ろか、右か左か。自らの存在している位置が、不確かなものへと変貌する。今、手にかけている小さな小さな部位を目にしながらも、顔のあちこちが軋むように痛むような笑みを浮かべ、変わらず留まる。
過去か現在か、一日という極めて短い時間の中で。自らが、確かに体験した、幾多数多なる無数の出来事。最後の魔術を発生させ、繰り返し……。生成された存在を「意識」とも思うことが出来ない特異なもの。
足をつけたその地にて出会う人々や、新たに知る原理や原則、垣間見えた社会というものと、そこで浮かび出された未来への強固な足場。生と死という極めて陳腐な事柄において、自らの存在を強く問う。
(……そろそろ、頃合かな)
溢れんばかりの眠気を感じながらも……。それを押し退ける気力によって、欲望を形作っていた。「夜」という雰囲気の中で、溜まりに溜まった一日の疲労を現在の位置で保つためには、身体的かつ精神的に得られた情報を清算しなければならない。しかし、それを行わないという選択をしたがために……。私は、耐え難い眠気を真実として、受け入れることになる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
《朝》
誰よりも早く起きる。いや、目が覚めたのだ。寝具の傍に置かれた魔術槍、そして彼女達の杖を見る。まだ……そこにあるということは、有事が発生していない。得られた状況的事実に、ひとまず安堵する。
「おはようございますー。……オネスティーくん、優しいんだねー」
隣から確かに聞こえた何の変哲もない朝の挨拶。挨拶すら不思議なものに感じられてしまうが……。それより、意識的に気に掛かった……違和感。声の主を目にすることなく、聴覚をもとに認識されたその言葉。眠気を孕んでいた頭の中。軽快な口調で発せられた言葉が聞こえたことを境に、一挙として冴える。不安定な状態である脳内で、装飾をもって飾られた言葉は分かりやすく、単調な枠組みによって形成された「意味」に平穏は崩された。
……知られている。含みなく考えれば、その言葉は単なる「朝の挨拶」に過ぎないのだが、自らが眠りにつく前に行った「悦び」が記憶として新しく存在している状態では、それは大いに不安要素溢れるものへと姿を変える。並べられた言葉の群に向かって舌を這わせているうちに、後端に付けられていた「優しい」という奇妙な表現に……恐れを抱く。
「……あっ、これだとー気づかれちゃうよー?」
そう言ってファブリカは手を動かし、今まで十分に弄り回したアンの首に、まるで慈悲を与えるが如く……手を当てる。その行動により、彼女が何を知り得ているのか判明した。
(見られていたか)
そして、彼女は。長時間にわたる行為の末に作られた……。少女の首に出来た跡を、綺麗さっぱり消し去った。その行為を目にした彼女はどのように思うのか。その結果次第では、今後の決別も十分に有り得る。……跡が出来ていたことなど、知らなかった。体の向きを変えてファブリカの方に目をやる私と、体を起こしてアンの首元に手を添える彼女との間には、表現し難い空気が過密に立ち込めているようだ。
彼女が、夜中に笑顔に塗れて狂気のままに実行した行為を目にしていたことは判明し、今後どのような反応が返ってくるのかは分からない。しかし、特に変わりない「笑顔」という憎むべき表情を向ける彼女を見て……行動を起こした真意は、思っているより深く、敢えてそのような表情を貼り付けているのであると思えて、仕方がなかった。
「ファブリカさん……起きていたんですね。てっきり私だけ、目が覚めてしまったのかと。起きていたのでしたら、声をかけてくださっても……」
「……まあー、そうなんだけどー、あんまりすぐにー……うんー、気持ち良さそうに寝ていたからー……ね?」
「……ん。……、……ファブ……リカ、オネス……ティ起きたの……?」
「そうですねー、次は十分に気をつけてー……。おはようーオリヴァレスティー!」
「……もう……朝なの?」
「=うん。……ア号姉妹ちゃん達はまだ寝てるね。うん」
オリヴァレスティが、目を覚ます。問題のア号姉妹達は、まだ寝ている。
「……おはようございます。眠れました?」
「ん……寝れた! ぐっすりね!」
「=うん。完全復活! うん」
「……ア号姉妹ちゃん達、起こした方がいいかな?」
「=うん。メノミウスはもうそろそろかな。うん」
「……どうですかね。ファブリカさん」
「そうだねー、時間も近いしー起こしちゃおっかー!」
「りょうかーい! ……おーい! 朝だぞー! 起きて!」
「=うん。起きてください。うん」
オリヴァレスティによる決死の声掛け。その努力によって、ア号姉妹達は徐々に、その身を駆動し始める。
「……あさ、なの? ……あは」
「あーさーだよねぇ」
「朝になったら起きるんだぜェ!」
「……ま、つまり、おはようってことだナ」
「……そうデスね。起きたら準備デスね」
流れんばかりに目を覚まし始めるア号姉妹を目にして。踏み潰してしまいたいという一種の憎たらしさを覚えながらも……清らかな心持ちにて、監視するようにそれらを捉える。握り拳を密かに掛け布団の中で作り、それを小刻みに揺らしながら、釘付けになっていた視線を柔らかなものへと変化させることに努める。
「さあー! みんなー! 準備だー」
ファブリカが、眠い目を擦りながら準備を促す。先導する彼女は杖を手に取り、作業を始める。故に、それに続いて私も……魔術槍を装着する。あまり寝付きが良くなかったせいか、身体の節々が痛いが、仕方がない。また、若干右手が筋肉痛であることに、装着し終えてから気づくが。やはり、これもこの身にとっては、仕方の無いことなのだ。それに、これからこの武器を試すことが出来、そしてメノミウスの体液によって得られる能力の有無についても、判明するらしいので……問題はない。
彩花……ネメシスによって導かれたトーピード魔導騎士団との出会い。私がイラ・へーネルのもとに保護されることが彼女の意思だというのならば、それに意を唱える必要は全くもって、ない。寧ろ、ここで得られる様々な事象を……この立場を保ちながら、吸収していくことこそが先決であり、得られた情報は、行方が分からなくなった冬月不悠乃、そして先遣隊を捜索するにあたって実に有益となる。故に私は、トーピード魔導騎士団に所属しつつも。目的達成の為に、尽力しなければならないのだ。




