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065.工程/就寝


「よーし、それじゃあファブリカお姉ちゃん! オリヴァレスティお姉ちゃん! オネスティさん! こっちこっちだよー! ……あは!」





小さな体をふらふらと揺らしながら。私と年上の彼女達を先導した少女達は、辿り着いた部屋の扉を開ける。四方を囲まれ、程よい規格(サイズ)感の部屋。その中央に、()()存在を盛大に主張するが如く……。────「寝る為の用具」は、存在していた。





「……?」





中央に置かれた寝具を目にして、すぐさま明らかな異変に気づく。その位置は部屋の真中央。つまり、完全なる中央配置であるが、肝心なのは「向き」である。何故だか、至って普通の形状をした寝具は……。頭を上にして、斜め四十五度ほど、傾いていたのだ。





「……これが普通の向きだよ! ……あは!」





全てを悟ったかのように腕を組み、噛み締めるような表情を見せるア号姉妹。彼女らを目にして、それが普遍的なものであると知る。とにかく。簡単に落ちてしまいそうな寝具……を前に立ち尽くし、眠そうな顔の彼女達を、このまま放っておく訳にはいかないだろう。





「はいもう寝ます」



「あっはい」





濃緑色で彩られた部屋に存在する寝具(ベッド)に飛び込み、(くつろ)ぐア号姉妹を目にして、ファブリカ、そしてオリヴァレスティは顔を見合わせる。





「……邪魔したらー悪そうだからー、すっと……」



「ア号姉妹ちゃん達! ちょっと準備してくるから待ってて!」



「=うん。しばしお待ちを。うん」



「そうだな、すっと、だな」





目を合わせ、今後の行動に合点(がてん)がいったように頷く。お互い揃って、仲睦(なかむつ)まじい姉妹達を後にする。好ましい緑色で彩られ、静かに閉じられた部屋を後にした……私を含めファブリカ、そしてオリヴァレスティは、一先(ひとま)ず場所を移す。





「……ファブリカさん、オリヴァレスティさん。早速ですが、聞きたいことが」



「はいー、どうぞーどうぞー!」



「私を含め、あの場で寝る……ということですか?」



「寝具は見た限りー、あの一つしかなさそうだねー。……決して小さいわけではないけどもー!」



「まあでも!割り切るんだね! せっかく用意してくれたみたいだし!」



「=うん。明日になったら忙しくなるだろうから、今は休んでおこう。うん」



「……そうですね」





・・・・・・





「指針は定まったわけですけど……あの」





私は一通り過ぎ去った「会話」という意思疎通に、一人頷きつつ。目の前にて腰掛けている……ファブリカに告げる。言葉の後に続けて言いたいことを告げてしまえば良いものの。何故だかは分からないが、喉元で(とど)まる。詰まった言葉が口先の寸前まで至ったところで。それは急激に逆流し、腹へと向かい、戻る。一度吐き出されようとしていたものが、還るべき場所へと帰還した後。染み渡っていた脳内で、考える。……何故、言葉が出なかったのか。極めて単純な言葉。何の変哲もない言葉。特に気にするべきものでもないのに、それは意図してか、留まる。





「なにかなー?」



「そうですね。忙しくなりますし、頃合いですね」



「だねー、私も眠気がー」



「眠るところを見ると、眠くなるのはなんでだろうね!」



「=うん。つかれ、とれる。うん」



「あー、そうだオネスティーくん。ア号姉妹のところへ行く前にー、少しだけ工程を済ませてからでも大丈夫ー?」



「はい。問題ありません。あちらで待っていますね」



「うんうんー! それじゃーオリヴァレスティ借りてくねー!」



「あー……」



「=うん。すぐ戻ってくるね。うん」



「オネスティーくんもだよー!」



「はい、それでは」





別の部屋へと消えていくファブリカ。そして、引き()られていくオリヴァレスティを見送る。これから眠りにつく……。ということは、彼女達にもしなければならない工程があるのだろう。私は、備え付けられていた椅子に腰かけながら。右手に装着された魔術槍を取り外しつつ、彼女達の帰りを待った。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「お疲れ様です」





武装を解除し、素の姿のままに近い状態へと変化したファブリカとオリヴァレスティは、眠そうな目を擦りながら、私の向かいに座る。





「おー! オネスティーくんも、おつかれー。それ、一応私達のと一緒に、寝室に持っていこっかー!」



「いつ、何があるか分からないしね!」



「=うん。備え備え。うん」



「ですね。では、このまま所持した状態にて、……部屋に向かうのですね」



「うんー……。だけど、なんか緊張するなー。あんなに大勢で寝たことなんてないしー、これが生まれて初めてかもなー」



「私も私も! ア号姉妹ちゃん達はいつも五人でここにいるから、お泊まり、なんてのはないんじゃないかな!」



「=うん。気分上がるー。うん」



「……なるほど、だからあんなに嬉しそうに」



「うんー! じゃあお待たせしてるところだし、早速突入ー! しちゃおっかー!」





ファブリカは片手に身につけていた武装類を所持した状態にて、ア号姉妹達が(はしゃ)いでいるであろう、部屋の前にて……腰を低くする。私とオリヴァレスティはそんな彼女の後方にて連なり、突入の指示を待つ。そして、固く閉じられた扉を蹴破らんとする……その姿を捉える。





「……合図はお任せします」





小さく頷き、その顔を扉へと移動させた先頭のファブリカ。低くさせた腰に力を入れ、踏ん張りをつける。目の前に立ちはだかる扉にもう片方の手を添えながら、その時を待つ。腰を低くし、片手は扉へと突き出した奇妙な姿。私は適度な満足感を感じながらも、任せた合図を期待を込める。何故だか緊迫した空気に包まれ、手にも顔にも変な汗が出てくるような錯覚を覚えると、彼女はその体勢のままで、もう片方の手を低速にて挙げる。





「今だーっ!」





発せられた声を耳にしながら、手の動きに視線を追従させる。下げられたと同時に進む足。そして開かれた扉へと進む背中を追いかけ、中へと入る。先陣を切って飛び込んだ彼女が、進んだ先で足を止めたことにより。

私はその背中からずれて、先に広がる光景を目にしようとする。





「あ……なるほど」





視界に映り込んできたのは、横一列に並んで寝ている少女達の姿であった。それも、驚くべきことに……彼女達は縦長であるはずのベッドに対し、極めて正確な横並びとなって眠りについているのだ。……その姿には、正直、息を呑んだ。





「……寝ちゃってますね」



「……だねー、でも、寝るにはあの中にー……」



「も、勿論……! あそこの隙間に同じように寝るしかないね!」



「=うん。静かにね。起こしたら食われちまう……! うん」



「……ですね。気をつけて、慎重に、ですね」



「オネスティーくん! 頼んだー!」



「兄ちゃん! 頼んだよ!」



「=うん。勇姿を見せてくれ。うん」



「え」





私は彼女達に勧められ、その頼みに渋々従う。先陣を切り、摺り足にて、進む。真っ先に、並べられた少女達のいる「寝具」の上へと体を滑らせる。





「おお……っ。……ファブリカさん、オリヴァレスティさん……。成功です」



「これなら、大丈夫そうだねー」



「だね! これで安全は確保された……」



「=うん。ありがとう。うん」



「?」



「足は辛くないー……?」



「……なんとか、大丈夫そうです。起こさないように気を配るのが、若干怖いですが……」



「それは良かったー。じゃあ、安全だと分かったところでー……。私も……失礼しまーす」





そんな言葉と共に、眠りについている少女達に配慮をしながら。ファブリカ、そしてオリヴァレスティは寝具へと体を潜り込ませる。体を入れた彼女達は、頭を寝具へとつけるなり、沈黙を保った。決して小さいわけではなく、(むし)ろ一般家庭のそれよりも遥かに大きな寝具に、八人が同時に寝ている……のだ。



それぞれの距離は、確かに確保されているが……。やはり、思うところが無いわけでもない。最初こそ、休憩をするためと単純に考えていられたが。こう、少しでも意識をしてしまうと、なかなか収集がつかない。圧倒的に長く感じられた沈黙。違和感のある時間に痺れを切らし、隣のファブリカに尋ねることを決める。





「……もう、寝ます……?」



「……えー、オネスティーくん……怖いんですか……?」



「そんなことはないですけど……お二人共お休みになられるようでしたら、と」





そんな短い会話を経た後。ア号姉妹、私、ファブリカ、そして見えぬオリヴァレスティの順で並んだ寝具の上にて、静かに目を閉じる。隣にいるファブリカと、アンの存在を気にしているせいか。やはり、落ち着けようにも落ち着かない。目を閉じてはいるが、心を眠りへと誘う予兆は、一向に訪れない。いつの間にか、舞い戻った沈黙と自らの高鳴りとが相反(あいはん)して、現在の状況を客観的に見てしまったことによる不思議な感覚を覚えながらも。あくまで冷静に、比較的空虚なるその場にて、留まる。



長い、一日だった。今日という日の事柄が、明日……。つまりは、今後における重要な分岐点になるはずだ。思い浮かべた事柄に印をつけながら。自分が何の為に、何をする為に、ここにいるのかを再確認する。確かに得られた答え。現実を混ぜ合わせて生まれた不思議な感覚を実感として、捉える。……次に目を開けることがあれば、何が映るのか。後も先も記憶として存在している「何か」の影は微かに、そして大いに感じながらも、全く新しい存在として……足を踏み出せるとするならば、安堵という感情を円滑に味わうことが出来るのであろう。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


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