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064.机上/睡眠


アンの手元から解き放たれた「それら」は、私達が囲む机上にて展開される。先端から二つに枝分かれしている姿。毛のない、尻尾の様な……何か。三十(サンチ)程度の大きさであり、遠巻きに見れば黒色の接続線(ケーブル)のようにも見える。



白い球体の中に存在する細かく、適度な大きさをした黒い玉。それらが斑点のように浮かび上がっている、目玉の様な何か。小石大のそれは、光沢を放っている。角張ったの形状のそれぞれの角から触手状の線が伸びている何か。いわゆる活きが良い、と表現してしまいそうな程に、皿の上で暴れている。



人の形を模した存在。抽象的な顔立ちではない、現実的な表情をした菓子があった。人の顔、転写したのではないかと思われる程に精巧だ。そして、唯一まともであったのは……。蜂の巣のような内部構造をした、幾何学(きかがく)形状の何かである。だが、全てが全て。異彩を放っていることについては、共通だ。





「おいしそうだよねぇ」



「……ま、おいしそうだナ」



「早く食べたいぜェ!」



「……そうデスね。お腹すいたデス」



「じゃあ……お言葉に甘えてー」





机上に展開された菓子類に手を伸ばすオリヴァレスティであったが、ファブリカの疑惑に満ちた眼差しを向けられ、その手を引っ込める。切望的な表情を浮かべ、申し訳なさそうに両手を重ねる少女。ファブリカはそれに応えて、慈愛(じあい)を含んだ眼差しを向ける。オリヴァレスティは、それを見るなり表情を明るくさせて、机上にて並べられていた菓子類目掛け……手を付け始めた。





「=うん。美味しい! うん」





先陣を切って食事を始めた彼女を境に、多方面から腕が伸び、机上の菓子類はその数を徐々に、徐々にと減らしていく。皆で机を囲み、その顔々が見えるこの空間。唐突に、突飛で甲高い音が鳴り……そして拡がり、弾ける。咥えながら小刻みに震え、奇怪な声が鳴り響いている光景を見て……。私は、()らぬことを想像してしまう。



人型の菓子。菓子であるが故に……その造形は人体構造に忠実であるが、確認出来る唯一の相違点を挙げるとすれば、その瞳に光が灯っていないことだろうか。だが、忠実に再現された、ほぼ全てが完璧な人体構造。現れている光沢の無い黒点に、かえって魅惑的な底知れぬ何かを感じる。



────少女達の食事光景(シーン)。極めて精巧な人の形をした物を咥えている姿。それは、(さなが)ら「支配者」の様にも見えた。こんなに小さな体躯(たいく)の少女達が、その様に見えるこの光景。口に咥えられた人間が叫び声を上げ、その身を細かくされてゆく光景にある種の芸術性を見出してしまうのは、その「菓子」の影響なのだろうか。





「……どうデス? お口に合いますか?」



「……私的には、この丸いものが一番美味しいですね」



「……そうデスか。よかったデス」





私も、ア号姉妹達に勧められ、全ての菓子を口にしてみたが、やはり馴染みがないものには……抵抗があった。しかし、光沢のある眼球のような菓子だけは、すんなりと溶け込んで、じっくりと味を楽しむことが出来たのだ。





「これは、なんという食べ物ですか?」



「……そうデスね。これは、シロンと言います」



「そう! シロン! 美味しーよね! あたしも好きよ! ……あは!」



「……ま、私はオリトンが好きだけどナ」



「私はダロス……だよねぇ」



「なるほど……色々な名前、それに姉妹達にも好みが……って……」





名前の判明した菓子類と姉妹達とを交互に眺めているうちに……。いつの間にかオリヴァレスティの手によって、皿の中身が(いちじる)しく減少していたことに、幸か不幸か気づいてしまった。





「……ん? どうしたの?」



「=うん。なにかな、なにかな。うん」



「オリヴァレスティー……? どうしたの? じゃないー! 食べ過ぎだよー食べ過ぎー! あんまり食べ過ぎると……空飛べなくなるからねー」



「う゛」



「あははー……まだ、あるからねー。急がないでも明日に、また、ね! ……あは!」





そう言ってアンは、もう既に少なくなってしまった「皿」をオリヴァレスティから取り上げ、元にあった棚へと戻した。もの寂しそうに(うつむ)くオリヴァレスティ、それを囲むように見るア号姉妹。そして……隣で頭を撫でる、ファブリカ。そんな光景を目にして、何故か、温かさを感じながら睡魔に襲われかける。





「……さて、ア号姉妹のお陰でー、安全地帯に身を隠すことが出来ー、討伐に際したー準備の為の空間をー確保出来たわけでー」



「ごほん。そんなわけで! ア号姉妹ちゃん達! 明日、に備えて寝よっか! ……あー寝れるとこ教えてー」



「=うん。ねむけねむけ。うん」



「もしかしてー、オネスティーくんもー眠いのではー?」





唐突なる言葉に驚きながらも。ファブリカが視線で示した、最も不思議な少女に目をやる。私のいる位置から、最も遠く離れていたために気づかなかったが、エミリーが大きく首を揺らしながら大呼吸(あくび)をしている。それを目にして、順々に他の少女達の表情に注意して見ていくと。ファブリカが不安げな眼差しにて指摘した通り、幾らかその表情には、眠気を(はら)んでいるようにも見えたのだ。





「……みたい、ですね」





私は、時間の感覚を忘れていたのかも知れない。確か、目にした外の様子は……。上空に張られた結界のせいで、薄暗かった気がする。時間を把握できない異常事態。そして、本来の時刻からなる経過が影響したのか口にした菓子類が胃の中に向かい、その経過後である現在が、ア号姉妹を眠気へと誘う……「時刻」なのだろう。





「皆ー、聞こえたー?」





一瞬、私以外の人間の動きが、止まる。何かに体を傾け、そこに向かおうとしているかのような雰囲気に固唾(かたず)を呑むと、ファブリカは、こちらへ向かって不敵な笑みを浮かべる。





「いまー団長からー連絡があってー、現在交戦中、現任務を遂行せよー、後の情報は追って伝えるー、とのことーだってさー!」



「伝達ですか……大丈夫ですかね、御二方」



「うんー、まあー、あの感じだとー、大丈夫だと思うよー! 前もって情報を渡しに行ったんだしー」



「だね! ターマイト戦略騎士団がいるなら、問題ないよ!」



「=うん。有利有利。うん」



「そーだね! 団長さんも現任務を遂行せよって言ってたから、あたし達も頑張ろ! ……あは!」



「だよねぇ。早く討伐をして、オネスティさんを鑑定しないとだよねぇ」



「……ま、そのために、英気を養うんだナ」



「……そうデスね。団長からの連絡も取れたことですし、じゃあ早速、寝たいデスね」





故に、王国にいるトーピード魔導騎士団は……。ア号姉妹が提供した空間にて、夜を過ごすことになりそうだ。


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