061.管理/領域
私がその存在に気づき、近づいてくる様子を確認した影響なのか。穴の外から顔を出していた少女の一人が、こちらへ駆け寄る。
「お兄さん! あなた、間違えてここに来てしまったみたいね! ……あは!」
「……。……?」
「あのね! ここはあたし達が管理する領域なの! それって天才でしょ! 案内するから、お姉ちゃん達と合流しようよ! ……あは!」
「ここ……は、君、達が管理している場所なのですね。それに……私は、ファブリカさん……そう、オリヴァレスティさんとはぐれて……。……って、お姉ちゃん達って」
「うん! ファブリカお姉ちゃんとオリヴァレスティお姉ちゃん! 拠点に二人はもう着いてるから! そこに送ってあげるよ! ……あは!」
「……そうですか。その……ありがとうございます」
私は唐突にも少女に連れられ、彼女達がいた暗い隙間へと入っていった。羽織に刺突剣を引っ提げ右手に魔術槍を携えた男が、左右は壁に挟まれ勉強机一つ分ほどしかない、狭く薄暗い場所を進む。そんな状況に首を傾げ、不安げな感情を悟られぬようにしながらも。一歩、また一歩と進んでいくと……。この薄暗さに目が慣れたのか、徐々に先にある空間らしきものを捉える。
(ここは……?)
後に合流し、一列共に先導するように歩いていた少女達の足が止まる。同様に足を止めた私は、そのあと即座に散開した彼女達の行動によって……目の前の空間に繋がる道が、確立される。横に広がったのか、開かれた場所に進む。少女達が手招きするところへと薄暗い視界の中で、向かっていった。……すると、完全とは言い難いこの場所で。左右の耳が、それぞれに、小さな音を捉える。次の瞬間、空間に灯りが浮かぶ。それは電気的なものではなく、浮かんだその灯りは、燃料油のような匂いとともに……空間の左右から照らした。私は、少女達に連れられて来たこの場所の全体像を目にすることが出来た。
目にした空間────それは、どうしてこんな場所があるのだろうか、と言わんばかりの「謎めいた」場所であった。一瞥するに。この空間は横に長い長方形のような形をしており、その大きさからは五人でここにいるには少し狭いのではないかと感じられた。また、生活用品の存在も確認出来……。恐らく少女達は、この空間で生活しているのであろう。
後ろを振り返って見てみると、一つしかない入口からは光が見えた。その後、少女達のいる方に目をやると、地面に座り、こちらを見ている。私のみがそこで立っているという状況から。最初に話しかけてくれた彼女が、地面を軽く二回ほど叩いていた。……彼女は私に、座れと言っているのだろう。
「……食べる?」
地面という席につき、道案内をしてくれた彼女の横に座ると、対面に座っていた別の少女が「鶉程度の煮卵のようなもの」を手渡しにて差し出した。私の座る位置からは、座る四人の少女達が横一列に確認出来る。
「これは……?」
全員の所持品の確認を終えた後。視線を前の四人に戻しながら、恐らく食品であるものを手渡ししてくれた彼女に、恐る恐る尋ねてみることにした。
「メノミウスの卵」
見知らぬ単語に耳を傾けている間に、隣の少女は……。別の少女から受けとった甕のようなものから卵を取り出し、取り分けたのだ。
「それは……。そうです、私に────」
私にその卵をくれた彼女を見ながら、若干の苦笑を浮かばせた後。隣の少女見て、頷いてみせる。彼女が配り終えるのを見計らい。異なる空間について、そして、目の前の彼女たちについて尋ねることにした。
「……食べながらでも構いませんので、是非。御名前を教えてください」
その言葉を聞いた少女達は、勢い良くメノミウスの卵なるものを食べ始めた。もしかすると、最初の言葉しか……耳に入っていないのかもしれない。この狭い空間にて、一生懸命に卵を頬張っている少女達を見ながら。改めて、気長にでも待とうと、決心したのであった。その一環というわけでもないが、手渡されたその卵を頬張ってみる。……雲丹に麺つゆをかけたような味がした。
少しばかりの間、無言で黙々と食べていた少女達。だがその小さな口ではもう一気には頬張れないのか……。一旦の間隔を挟もうとしていた。少女達は今まで溜め込んでものを飲み込む。そして口の中が空になったのか、いくらか落ち着いた後、こちらを見る。
「……アイーダ。……ま、よろしくナ」
「エーファだよねぇ」
「私はエルヴィラだぜェ!」
「……そうデスね。エミリー……デス」
「五人合わせて、ア号姉妹! ……あ、私はアンだよ! ……あは!」
突然の変化。驚いたが、情報収集の機会を逃すまいと、迅速なる勢いにて呼吸を整える。エルヴィラは、おそらくこの中では長めの髪の少女。であるが、全員髪型は同じで、結いたりはしていない。炭のように深く、暗い漆黒の髪。全体的な長さとしては短く、耳が隠れるか否かの瀬戸際である。
鮮やかな光彩をもった眼球。それぞれが異なる色を持ち……。
虹はアン。
赤はアイーダ。
青はエーファ。
黄はエルヴィラ。
緑はエミリー。
……といったように極めて特徴的な箇所を除けば、彼女達は瓜二つである。異なる箇所というと、第一印象から判明しているのは雰囲気・口調であり、アイーダとエミリーの雰囲気は、どことなく似ているという印象を覚える。また、エーファはそんな彼女達の中で、最も気怠げで眠そうな少女であり、最後に長女的な雰囲気を醸し出している少女は、自らの名をアンと名乗った。
(アイーダ、エーファ、エルヴィラ、エミリー、そして、アン……)
全員の名前が分かったところで。遅ればせながら、自らの名前を名乗ることを決める。
「……私の名前はオネスティです。先程までファブリカさんとオリヴァレスティの二人と行動を共にしていたのですが、逸れてしまったみたいで……。そんな時に、アン……さんを見かけて、今に至る次第です」
それを聞いた少女達。私の顔と、それぞれが手に持っている眼球を交互に見比べて、不敵に笑う。
「オネスティさん……。……ま、ありがとうナ」
「ありがとうだよねぇ」
「感謝しておくぜェ!」
「……そうデスね。ありがとうデス」
「うんうん! いい事だね! ……あは!」
「……?」
(……)
「……それで、私は────」
「あたし達がここにいて、あなたがいるということは、つまり! あの二人にまた会えるってことじゃん! ……あは!」
アンと名乗った彼女が、自信満々に口走る。
「確かにその通り、のようですが……。そういえば……先程、この空間は、皆さんが管理する領域だと……」
「その通り! あたし達の食事が終われば、また会えるよ! ……あは!」
「そうだよねぇ、案内するから、お姉ちゃん達と合流しようねぇ」
「そう! ア号姉妹の名にかけて!」
「……その、ア号姉妹というのが、気にかかっていて」
「やっと聞いてくれたね! ……あは!」
「アンー、ほんとは待ってたんだよねぇ」
「……ま、ばればれだけどナ」
「……そうデスね」
「う、うるさいよ! とにかく! この人を二人のところに返してあげないと! みんな頑張ってるんだし、急がないと! ……あは!」




