005.魔術/移動
《冬月不悠乃/安曇頼代》【魔術書、次点】
────今日こそが実行の日、最後の日だ。
機関によって示された情報。それによると、やはりこのまま自己的に運用させた経過を観察するようだ。そのための私。私はいつまでも、あの時演じた家族の……役のままだ。
私は機関、それにフェルゼンとの連絡を定期的に行った。同時に、確保した間に最後の魔術について調べ、どうにかこちら側からの極めて平和的な解決として説得していた。魔術書を用いた世界移動には欠陥があると懐柔する計画を独断で立て、それに従い行動をしてきたのだが……ついにここまで来てしまった。
もう引き返すことは出来ない。機関の最終的な回答は、監視対象と初めて出会った時の変更から変わらない。彼女自身が導き出した独学的可能性に賭け、実験の一環として「観察・管理」を命じるものであった。
冬月不悠乃の観察・報告。それらを重ねるにつれ、研究を重ねる月日に余地がなくなる。いざ、魔術書を介した世界移動を実行するときが訪れれば。機関側の手筈が活発化し、通信手段である機器の敷設準備、それと無警備時間の提供が行われる。
手にした情報を元に、不悠乃と魔術書を所持した状態で、いかに封鎖地帯「α」へ接近を成功させるか議論し、私は頃合いを見て自然の装いの如く提案をする。
【現世にて他者の命を奪う者は霧となり消え、出土した円柱型の人工物に蓄積される】しかしそれは、魔術書を所持した状態で行えば、別世界へと移動することの出来る手段となる。
機関が作った封鎖地帯の舞台へ向かう私達は、「α」に存在する人工物の中へ入り、そこで、「最後の魔術」を発動させるべく、体を向き合わせる。敷設準備完了の報告を受け、無事に移動が成功した場合の連絡手段が確保されたことを確認し、「魔術書・器・人間」が揃うことにより、全ての条件は満たされた。
実際……私の気持ちは複雑であった。
しかし。私にも、明確な目的がある。それは変えられない。
────魔術書の喪失……機関が秘匿していたのはそれだけではないのだ。
今や、共通の謎に向かって、文字通り一つになった世界……だが。
世界共通調査機関の設立は、単なる調査、研究の為に始まったのではない。
彩花の父親を飲み込んだ事象。それが世界各地で広がりをみせ、人の命を奪った者に限定されていた最後の魔術は、もはや全ての人間を対象とした「無作為分解器」と化した。
分解器、なぜそのように呼称されているのか。それは今や無作為なる人の消失に際して、分解され霧のようになった「人間」は円柱形の器に蓄積されているからだ。
内部から発見された魔術書、解読において。一連の現象が、地表から掘り起こされたことにより発動。結果。人類の体内に存在する微量な魔素を収集、蓄積している事が判明したのだ。
突如として消え去った魔術書。その所在を探るべく、機関に所属する私が、派遣された。当然。魔術書が所定の場所に運ばれ、収蔵されたのならば……。調査へ至るまでだ。
「やあ、不悠乃。持ってきたのかい?」
「ええ、大変だったのよ? 間に合うかどうか心配だったのだけれど、この二対の刃がついた尖り物なんて珍しいものね」
「これしか……ないんだな」
最後の魔術は魔術書を介した、世界移動の手段だ。現代においての謎を発現させるには、人を殺める……つまり、共に移動をするのならば、互いが同時に加害者にならなければならない。
「勿論決まっているわ。もう時間が無い。決められた事象が怖いのよ……それに、明確な殺意をもってお互いに譲り受け合うなんて、素敵だわ」
「最後の魔術。人を誘う霧。その正体は────」
「その霧、私達で発生させましょう? 結婚をすれば、子供をもうけなければならない。それは私達が生きている限り変わらぬ事実。いずれ訪れる未来をただ待つのでは、生まれてきた意味が無いの。……あなたもそう思うでしょう?」
「未知なる探求。ああ。いやむしろ、私はこの研究を続けながら、楽しんでいたのかもしれない。私は……同じだということか」
本来は魔術書を私的に奪取したとした消え去るはずだった命。目の前にいる彼女は、今日まで生きながらえ、今、こうして移動を実行に移そうとしている。それを思えば今でさえ、恐怖など感じていない。後に残るのは、彼女の未来だけだ。彼女がそれを選び、私は否定することが出来なかった。ただそれだけなのだ。
私の目的と、彼女の目的。相反する思惑を胸に、今まで準備をしてきた。そう────お互いに、だ。
「さあ……抱き合って、始めましょう」
呼吸を合わせ、背中に手を回す。紐で括り付けられながら、力を入れる。お互いの腹で浮かんでいる、両対の刃物めがけて。
「ね、ねえ。頼代さん……夫婦……ってどういう……ッ……感じなのかしら……?」
「それは……息が出来なくなること……なんじゃないかな……息苦しくなって……その果てに、『息が出来なくなる』それが、夫婦になることなのだと……私は……思う」
「私ね、あなたと……いると……いつまでも、息苦しい……。これ……が、そう……なの……?」
「……いいえ。お……互いに『息』苦し……み合わなけれ……ば、そうとは言……え……、だ……が私は、あの時……既に────」
時は訪れる。
私は霧のように虚ろになり、崩れゆく自らの姿をこの目で見た。
いつしか、視界には斑点が現れ、それらは細かくになる。
時が経つにつれて、私は彩りの消えた暗闇へと誘われていったのだ。
────────。
────。
──。