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058.口腔/芋虫


「うんうんー! そうだともー! ではー、さっそくー、中へ入ろー!」



「おー!」



「=うん。ここまでくれば、後は私達に続いて普通に抜ければ良いのです。うん」



「あれを……押し上げて、ですか」



「うん! あの場所は、一定間隔で開いたり閉じたりしてるから、入る時は手で押し上げて入るんだよ!」



「なるほど……」



「=うん。感覚は違うとは思う。安心して大丈夫。うん」



「ではではー! 早速私がー。その道を切り開きたいと思いますー!」





添えるようにして語りかけ、覗き込んで来るファブリカ。対応するように、私は、無言のままに笑顔を送る。すると彼女は、足を踏み出す。視野一杯に広がる「接続地点」目()けて、その身を近づけた。





「こうしてー……こうっ、だねー!」





力強い踏ん張るような腰使いと、可動部を最大限に活用した腕の動きをもって、上下に深々と割れた、汚らしい肉塊を持ち上げる。華奢(きゃしゃ)な腕によって支えられている、生成されたばかりの入り口。彼女の無垢なる腕が、見るに()えない「皮」に直接触れていることを目にしながらも、人一人が何とか入れる程の空間が、絶え間無き努力……によって生み出されていることを確認する。





「一人一人だからねー! じゃあ先にー、オリヴァレスティお願いー!」



「分かった! また後でねファブリカ! ……じゃあ、兄ちゃん。お先にー」



「=うん。また向こうでね。二人とも。うん」





オリヴァレスティは生み出された穴に向かって進み、その姿を消した。彼女が見えなくなった位置を幾秒ほど眺めていたところ、もう既に片方の足を踏み入れ始めていることに気づき、意識を向ける。





「さー、オネスティーくんもーどうぞー!」



「……了解です」





まるで日々のお務めが行き届いていないかのような。極めて不衛生かつ、不可解な口の形状をした正体不明瞭物体。水蒸気のようなものを発しているそれと、ファブリカという魔術士を対比させながら、恐る恐る一歩を踏み出すと、唐突に、その奇妙な絵面に存在していた眼球を一思いに潰してしまいたいと強く思ったのだ。



泥濁(でいだく)に踏み入れたかのような感覚的醜悪から足が(すく)むと、それを受けてか、ファブリカは使用していない片方の手をこちらに差し出す。……私は、その申し入れを有難く受け、更なる奥地への侵入を進めた。





「……それで、この後は」



「あとはー、私がこの手を離せばー、扉は閉じられー、私も向かいますよー! 少しだけ、待っててねー!」



「分かりました……では、お願いします」



「よしよしー! もしあれならー、目を閉じていた方がいいかもねー」



「……」





この世界を認識する手段の中で、視覚情報こそが大多数を占めるものである。彼女から(うなが)された光を自らの意思で遮断する行為は、(すなわ)ち、内部に秘めたる無限の世界へと、本来の意味で向かうための第一歩なのだろう。眼球から(にじ)む情報は大きい。得られたものから感じ取る一切の雑念を振り払うが如く。搾り取るように、薄肉を閉じる。



上部と下部から同時に迫るそれらは。中身からの光景を徐々に細く、暗くしてゆく。無意識の(まばた)きが終わりを告げ、新たなる意識の(またた)きが訪れる。元からそこにあったのか、それともなかったのか。その全貌は、不確実である存在に(おもむ)き、外枠によって(へだ)てられた個体と液体は、多様的に入り交じった……世界へと落ちてゆく。



鮮明な断面を(あらわ)にさせ、辺りを漂う無数の腕。すらりと伸びた「肉の木」の先に存在していた手の平。そこには、小さな指が、剣山の如く生え揃っている。それらは手毬(てまり)のように集まる。一つの球体を形作り、辺り一面にて群を成しているのだ。



腕の長さの違い。集合体であるそれらの外見には確かなる差が存在する。大小様々ではあるが、しばしば目にすることが出来る、その中での極めて均等に作られた「もの」を納めたときは……口にする必要がある。……その球体を、溶かしてしまいたい。手毬のようにも、毛玉のようにも、花のようにも。例えてみれば、どんなものにでも当てはまるのかもしれない、その球体。実際のところ、その確保に苦労をするのだから困ったものだ。





・・・・・・





連絡音(チャイム)と共に錆びた金属が擦れるような。鈍く重苦しい音を響かせながら閉じられる門扉(もんぴ)。対象を目にしている位置。それが地面か、そうではないかによって、その見え方は大いに異なる。いつしか閉じられた、薄く柔らかな門扉。今度は金音を聞くことなく、閉鎖から解放へと導くのだから……尚更だ。



────目を開ける。暗黒なる世界から反転し、横に引かれた一本の線から確実に広がっていった、「内部」という名の新境地を認識する。





「兄ちゃん! 無事中に入れたみたいだね!」



「=うん。えらいね。うん」



「ふー、何とか全員だねー!」





後ろから聞こえた声に私は、自らの向きを変える。





「……えーっとこの中が、地下……ですか?」



「ううんー、まだだよー! ここは外で見てきた()()の中ー。ここである手順を踏めば、彼女達の内蔵空間……つまり地下へと向かえるんだよねー!」



「ねー!」



「=うん。安全性は重要ー。うん」



「……ということはここは唇の中、まだ段階の途中であると。その……どんな手順をとれば、拠点に向かえるのでしょうか」



「それはねー……はいっ! これをー使うんだよー!」





ファブリカが異空間を見上げ、手元に小さく円を書くと、そこからまるで空気中に存在しているかのように現れた「輪」を中心に細かな雷光が走る。浮遊した雷光(まと)う輪は、その姿を次第に変化させ、過去に目にした「動物」の形状が、いつの間にか目の前に存在していた。現れた動物は、飼育されるには最早(もはや)一般化した……大して珍しくはない「もの」に似ているようかのように見えるが、それはあくまで外面に限る。





「……これは?」



「ダルバロだよー。手足が切り落とされてるけどねー!」



「切り落としたとは……」



「この子はね! 本当は四本の足があるの! だけど、このために加工されてるから、変な形なんだ!」



「=うん。たのしみたのしみ。うん」



「……?」





頭部の形状に関しては、紛れもなく「(うさぎ)」なのだが、幾ら確認しても……後に続くその動物の身体には……四肢(しし)がない。しかし、切断面と思しきものは確認出来ないからか。元からその動物には四肢など存在していなかったかのような……その滑らかなる曲線美を目にし、息を呑む。



頭部と体を接着させている首元。そこから、その尾に至るまで起伏が感じられない形状。そして、それを覆う細かな体毛から、芋虫を連想させた。柔らかさを感じさせるように整った毛並み。その合間から覗く「甲虫」のような生物的鎧を見れば……。その中身の部分は、異質である。





「あっ、この子には、名前はまだないよー?」



「そ、そうなのですね……。……って、この後この子は……」



「準備が出来たところでー。この子を使ってー、更に奥へと向かうよー!」



「やったね!」



「=うん。これで今度こそ、だね。うん」


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