055.王国/建物
《王国》【城門前】
オリヴァレスティの杖の乗り心地は良く、外の景色を楽しむ余裕すらあった。王国領内であるという見えない新拠点を後にし、磁力列車を遥かに上回る速度の中で空を進むと、次第に不整合な建造物の集合体がその姿を現す。辿り着いた王国城門前にて浮遊し、制動が収まる。それと同時に、足をつけたオリヴァレスティ。彼女は、到着の合図を告げると即座に、杖から降りてしまう。
彼女が降車したことを確認し、私も同様に杖から降りるが、やたら恥ずかしかったのか、目もくれずに杖の回収作業を始めてしまった。そうこうしている間に、隣にいるのが居た堪れなくなってしまったので、少し離れたところで杖をしまっていたファブリカのそばへと向かう。
「ファブリカさん。二人で杖に乗るのって、普通ではないことなのですか?」
「あー、オリヴァレスティねー。二人で杖に乗るのは、まあ言っちゃえばー、恋人がする行為ー? みたいなー?」
(乗り物の二人乗り……?)
「なるほど……って、そういえばファブリカさんも同じことしてたような……良かったんですか?」
「良いも悪いもー、そうしないと移動出来ないからねー! それにあそこじゃー誰にもみられないしー。オリヴァレスティがあーなのはー。あそこらへんの衛兵さん達にー、見られちゃってるからかなー!」
私は、彼女が顔を向けた方向に目をやる。
「そういえばそうですね。……人。いました」
「そー! そういうことだからー。でもこれを聞いたからってー、オネスティーくんが変に身構えることもないからねー! ほらっ、せっかくだしー空気変えてきなよー! こういう時ってー、意外とねー」
「……はい。ありがとうございます」
展開された杖を縮小、分解し、畳んでいる彼女の元へと近寄る。
「そのような杖が、拠点にあるのですか?」
「……あ、来たんだね兄ちゃん。そうそう! あるある! 大量にね! 団長も言ってたし、好きなの選ぶといいよ!」
「=うん。わくわく。うん」
・・・・・・
「ふふっ、準備終わったー? ……うんうん。じゃあ行こっかー」
高く聳え立つ城門前にて、またもやファブリカは、衛兵に声をかける。私は、それを見ながら入国に備える。即応的に、別れ際にシュトルムから手渡された被せ布にて、「右手の武器」を覆った。何を告げているのか。将又彼女自身を向かわせることに意味があるのかは分からないが ……。扉が、こうも開いたことを考えると、意味が無いことではないのだろう。
外界の閑散とした砂の光景とは異なり、国内に森林を携え、対比させるかのような人々の行来に、二度目ではあるが驚きの感情を抱く。東国的な建物、西洋調の建物、はたまた近代的な塔であったり。私が知る様々な年代、場所のものが一堂に会し、一つの空間を形作っている。どうしても、この世界が、滅びた古の世界だとは、思えなかった。
魔術は科学で解明できないあらゆる事象を残し、そして解決する。有限だと思われた事象に際限はなく。我々が願っても成し遂げられない結果を、身近の者達が実行するという現状。それは……。魔術という超常能力が存在しない「世界」に生を受けた私にとって。大きな衝撃となった。
ターマイト戦略騎士団であったり、この城門の開閉であったり、それら全てが原因不明の発光を発生させながら動作している。……気づいていたのだ。いわば、それらが「魔術活用品」だということに。個人が自由自在に空を飛べていた世界が、過去にはあった。では、その力を一切持たない人間は……。この世界にとって、どのような「価値」があるというのだろうか。
「その……トーピード魔導騎士団の拠点、本部というのは、どこにあるのでしょうか。門を抜け、ただひたすらに進んでいるばかりですが……」
私は尋ねる。自身がどこへ向かっているのか。何もわからないでいるのは、二つも三つも重なれば辛いものだ。
「私達のー目的地はねー。この大通りの先にあるー蛮竜の広場なんだよー!」
「蛮竜の広場?」
「本部の目的地! まずはそこを目指さないとね!」
「=うん。そこを見つければ、あとは少しの動作の後に秘密の世界へ向かえるのです。うん」
「そうそうー! 王国の端から端まで伸びているこの通りを進んでー、石像が目印の蛮竜の広場が見えてきたらー、右手にあるよー」
「蛮竜の広場……の右ですね」
ファブリカ、そしてオリヴァレスティから本部の場所は、「蛮竜の広場」という所を目印として、右手に存在していることが判明した。彼女らによると。現在、進んでいるこの大通りは、王国の端から端までを貫いているらしい。蛮竜の広場なる場所は、生憎全く分からないが。とりあえず、この一直線に続く大通りを歩かない事には何も始まらない。そのような心意気を叩き込まれたかのような印象を覚え、疑いを抱くことなく私は彼女達について行くことにしたのだ。
・・・・・・
(……?)
今まで歩いてきた大通りとは明らかに異なる、開けた空間を目にする。その円形の開けた場所の中央には、竜の形を模した大きな石像があるのが見え、それが彼女達が話題にしていた蛮竜であると、勝手に紐付けた。
「あれが、そうですか」
「そうそう! あれが蛮竜の広場……そして!」
共に歩みを進め、雑踏晴れたあたりに蛮竜の広場を初めて確認したかと思えば、いつの間にか私達は、目印にすぐ近くまで近づいていた。オリヴァレスティが発した言葉。それと共に動かされる指は、右側を指している。目にし辿り着いた空間が、蛮竜の広場であるということが判明したならば。私は迷わず、確認すべき場所を捉える。
「=うん。じゃじゃーん。拠点だよ。うん」
「あー、でもこれは表向きの姿だけどねー!」
「それはどういった……」
「入ったら分かるけどー、私達のそれだって分からないようにー、大衆に上手く紛れ込むようになってるんだー!」
大いに幅のある大通りとは比較にならない程。それはまるで今まで歩いてきた道を塞ぐかのように聳え立ち、いくつもの異なる旗がはためく、煉瓦造りの巨大な要塞のような建造物。それは、今まで見てきた家や店の装飾の中でも極めつきで、これを見た瞬間に私は、やはりこの世界について何も知らないのだと思い知らされる。
細長い銀鏡が煉瓦造り調の建物を覆う様に浮遊し、その上部には無数の銀鋲が、尖端を外側に向けながら、空中で静止している。壁に備わっている幾らかの窪みに灯りが灯されているが、その「光源」は私の知るものではなく、完全な球体をした炎のようなものが、そこにはあった。
大通りの両脇に建てられている建物とは、全く異なる目の前の建物。もはや異次元の存在そのもの。大通りを実際に歩いているうちに、これが滅びた古の世界であれ、生活様式だけは変わらないのだなと安心しかけていたが。やはり、そのような思いは、幻想であると気付かされる。露店を展開し、商いをする人々の姿。少しばかり安心できたのは、ここへ来てから今までの間。そのような光景から離れていたからである。故に私は、共通点を探しているのかもしれない。
「ほらー、オネスティーくん! そんなところでぼーっとしてないでー、早く入るよー」
「早く入って、奥の間に向かおう! ちゃちゃっと作業して色々したら、あら不思議! だよ!」
「=うん。たのしみたのしみ。うん」
この建物について。未だ、大衆にとってどのような目的を果たしているのか、掴めていない。足を踏み入れる前に、詳細を調査しておきたいと思ったが。私の惚けていた姿を見兼ねたのか、ファブリカは先導するように前を歩きながら振り返り、手招きをする。オリヴァレスティは立ち竦んでいた背中を押し、誘導をした。そんな彼女らの支えもあって……。私は、この大きな得体の知れぬ建物に、足を踏み入れることが出来たのだ。




