004.記憶/約束
《彩雲/彩花》【記憶】
私と彩花は幼馴染であった。彼女はとても優秀で、大学の教授である父親の手伝いに、よく研究室に通っていたのを記憶している。
何の変哲もないある日。未知の物体が発見される前。
彼女は、私をかつて幼い頃に遊んだ山へと誘った。
────あの日、確かに私は、彼女と約束の場所に向かっていた。
世界を震撼させる事実。区画整理のために手付かずであった森林を伐採し、掘削作業の最中。作業班は巨大な人工物を発見した。
……私達は目にしたのだ。
通称「α」と呼ばれた未確認地層。その場所は私達が住む町のすぐ近く、幼き頃の秘密基地があった辺りだった。その日。魔術書が発見されたあの場所が、それが惜しくも私と彼女の約束の場所であり、その因果関係は今となっても判明していない。
たくさんの大人達が私達の基地に土足に踏み入れる姿。それを見るなり、必死で止める彼女に背を向ける。私は振り切り、隠れていた茂みから飛び出したのだ。そこで私は、見た。巨大な物体から菫色の光線が四方八方に拡散する異様なる空間を。あまりの光景に声も出ず、立ち尽くしたままの私に声をかける彼女。私は、答えてしまったんだ……取り返しのつかないことを。
教授である彩花の父は、あの物体を研究する第一人者であった。居場所を告げた言葉を最後に彩花の父親は、帰ってきていない。彼女はそれ以来、父の研究室に入り浸り、研究を始めた。そう……人が霧のように消える、彼女の父親を消した存在について。
────故に、私は、最後の魔術を研究している。
人が消え去る不可解な現象。残された未知の物質=霧は、「最後の魔術」発現後に残されていた。人間が蒸発したと思われる霧の成分を照合し分析した結果。物質は人間の組成と良く似た「全くの別物」であり、この世界には存在し得ない未分類の物質によって構成されている霧の影響で研究は困難を極めている。
最後の魔術について唯一判明していること。それは、現象が確認されるのは、決まって殺人現場であるということだ。つまり……。統計的にほぼ間違いなく、霧となり消えてしまう人間の全てが殺人を犯した「加害者」なのである。
それにそもそも文献によれば。魔術を行使出来るのは本文のままに訳すと他者の命を譲り受けた者、もしくは別解釈として他者の命を奪った者に限定されるため、最後の魔術という現象はその条件に合致してしまっている。
このままいけば、私には決められた未来しか訪れない。発見された人智を超えた物体と、最後の魔術との因果関係。それが過去に存在した魔術世界と魔術の潰えた現代社会を繋ぐ架け橋であるとは誰も思いもしなかった。
【この世界は一度、滅びた世界の上に成り立っている】
彼女は言った。この世界には元々魔術が常用されていたが。世界が滅びることによって能力を使用することができなくなったと。現人類における魔術行使。それが叶わないのは、我々の祖先が能力を失っていたからである。
かつて存在し滅びた、魔術統一世界。共通言語を使用し、名前すらも最頻利用言語に統合されたという、国家の垣根が存在しない世界。魔術という共通の存在の上に立ち、世界を統べる者。即ち「大賢者」が作り出した複製魔術世界。それが、人工物に収容されていた「魔術書」の中に、保存されている。
彼女は研究の末、ある結果を導き出す。
あの時父親は粒子となり、器に捕らわれたのだと。
彼女は父親の手伝いをしながらよく発明をしており、自らの身体をもとに複製体である「フェルゼン」を完成させ、私に託した。そう、この世界に……「複製体」だけを残したのだ。
消え去った人間の所在を確かめるにはあちらの世界へ赴く必要があるとし、父親の手掛かりを求めて、魔術書を介した世界移動、その調査に「調査員」として出発した。
機関によって管理されていた魔術書が冬月不悠乃に奪取されてから一年。人工物から離れたことによりこちらからの調査は不可能であり、過去の調査によって繋げられた連絡線は時間に差が生じるためか、現在も彼女の安否確認は取れていない。
霧は最後に託された選定術、その試練越え得る者即ち、現世を離反せしめる────私は、もう一度、彼女を……あの時の「約束」を果たすために、必ず連れて帰らねばならないのだ。
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