044.轟音/跳躍
「……ッ」
「充填完了ー、いつでもいいよー!」
「了解です。今度こそ、動きを止めます」
迫る存在を前にして射出態勢を整える。支えられた二種充填式魔術槍は、再び口先から噴煙を吐き出した。そして即座に、放たれた魔術筒は、寂しげな右足へと接着する。
(……止まった?)
攻撃を受けたエクタノルホスは足を撃たれ、その場で倒れる。崩れ落ち、負傷したのか、そのまま動こうとしない。遂にこの時をもって、足は残すところ「一本」のみとなる。映る光景から成る緊張の解れ。頭を突っ伏したその衝撃で、粉塵が舞い上がっていた。
「オネスティーくん! やったねー!」
「なんとか……ですね。あと一つ、残っていますが、あれも破壊しておきますか? 念の為」
「だねー! あと一本じゃー何も出来なさそうだけどー、念の為にしといた方がいいかもねー!」
「ですよね……それでは」
「────ねえー? オネスティーくん。え、あれ……うごいて……ないー……?」
「……っ?」
流石に。一本足では立ち上がれず、進行も止められたと思っていた。だが。奴の動きは……静止していなかった。まるで、規則に従って動いているように一定期間静止した後。足を引き摺って、失われる前と同様の歩みを再開する。つまりは、その繰り返しである。
ファブリカが言うように。何も出来ず、進行なんて早々に止まるだろうと予想していた。その根拠は一般的な概念として「一本の足でどの様にして進むのだろうか」という疑問に対して、答えを提示できていなかった事にある。
私は、一本のみ足となったエクタノルホスを目にして、今後の進行は不可能であると決めつけた上で、安心していたのかも知れない。
────轟音。
まるで目覚めた様に頭を上げたかと思うと、一本の足で高々と大地を蹴り、地響きを轟かせながら間欠泉が吹き上がるような勢いで粉塵が舞い上がった。爆発的な脚力から、当初の本数から考えたら寂しくもあるその足で、大地を揺らし跳躍をしたエクタノルホスは、推進力が空中で無くなると次第に放物線を描いて落下を始め、奴は、なんと自身の体を使って着地した。
しかも。その流れは一度だけではない。何度も何度も連続的に繰り返しながら、こちらに向かってくる。奴は、あくまでどんな状態になっても止まるつもりはないのだと、その姿で宣言しているようである。そして、そんな姿になっても尚。執拗にこちらに向かってくるという、この狂気的で異様かつ異質な光景に、立ち荒れた鳥肌を隠しきれなかった。
「……変」
思えば、私は小さく、漏らすように口にしていた。一つ跳ねるごとに近づいてくる奴の姿。水槽の中から取り出された金魚のようにも見える。それに……そんな光景を……。魔術槍の引き金に指をかけたまま機器の窪みから見ているのだが。自らの体を着地の時に強く打ちつけているので……。なんだかとても、痛々しげでもある。跳躍からの着地、というような単調的な旋律。故に、次なる行動把握、予測に関しては比較的容易であり、私は奴を出来る限り引きつけて確実に命中させようと画策した。
「あの様子だと、移動できる範囲は限られてきます。このまま奴を引き付けて、確実なる位置にて動きを止めましょう」
「うんうんー! せっかくここまで自分で来てくれてるんだしー、材料集めの労力も削減できるねー。……よしー、充填は出来てるからーオネスティーくん! あとは頼んだぞー!」
────奴の行動から容易に把握できた進行速度から察するに、次の跳躍から着地の間までに……我々との距離が差し迫る。
その仰々しい眼球を絞ることなく、鮮明に確認できる。既に跳躍し、間も無く落下を始めようとしている姿に気づいた私は、視界を落下する動きに固定したまま、その画策を実行に移す。
準備万端である魔術槍の引き金を盛大に引き込み、射出された魔術筒は次の跳躍の一歩手前で、エクタノルホスの凝縮した足を穿孔させた。当然の如く、力を込めて飛ぼうとしていたその足が突然使い物にならなくなったとなれば、その「跳躍」という試みは途中で頓挫する。行き場を失った跳躍の力は、目の前に頭から突っ込むということをもってして消費されていく。
私は全ての足が使い物にならなくなった途端に、地面に滑り込み、消費し切れない力を用いて、更に前方に滑り込んでくるエクタノルホスの姿を察知した。
(……このままだと巻き込まれる)
このままだと突入を敢行した奴の体躯に押し潰され、身の安全が危うくなりかねないと感覚的に気づかされる。
「ファブリカさん! このままですと、押し潰されてしまいます!」
「よーし! 君もこいつもー私が送ったげるよー」
「え」
今にも奴の体によって空気や空間が歪んでしまいそうな……。言うならば。まるで電車が自らの目の前を通り過ぎようとしているようなこの瞬間。ファブリカは展開済であった二種充填式魔術槍を片手で軽々と持ち、私の腰に腕を回して保持すると、反射的に大地を蹴って横に転がり、間一髪のところで地面に滑り込んだ。
固く保持された柔らかな温もりの中で五六回程回転した後。身体下部の冷たさと背中部分の温もりを感じると、今回一番の炸裂音が鳴り響く。
「……ありが……とう……ございま……す」
「いいえー! 私もー攻撃を任されてもらったしー、これくらいのことはー、しないとねー」
「……いえいえ、ファブリカさん……の素早い充……填がなければ、こうはなり……ませんでしたよ」
「そうかなー、それならいいんだー! 役に立てたらねー!」
「はい。……それ……でといって……はなんですが、ファブ……リカさんがい……なければ、……こう、間に合……っていなかったとい……うか……回避できな……かったで……すので……」
「あー、ごめんー! ちょっと苦しーよねー。すぐ移動するからねー……。はいー、これでどうだー!」
ファブリカは、私の上にて、うつ伏せの状態である。彼女はその身を移動させ、手にしていた魔術槍を隣に置いた。そして、私は自由となる。自らは、体勢を立て直し、その場で両足をつけて立ち上がる。
「……オネスティーくん、あれ見てよー」
立ち上がった私は、朧気ながら。ファブリカの指差す方向に身体を向ける。




