042.噴進/再開
「……準備ー、問題ないよー!」
私はその言葉からか、両手を強く握り込み、魔術槍の固定を強める。なぜ、手に魔術槍の形を馴染ませる様にしたのかというならば。先ほど姿を現したエクタノルホスが、その凶悪な二つの眼球を向けているという事に気づいてしまったからである。ファブリカの準備完了の合図。エクタノルホスによる視線。あらゆる状況が変化した山脈で、この地の利と遠距離から攻撃の可能である持ち合わせた武器を生かした先制攻撃を仕掛ける。
……私とファブリカの立場というのは、奴に発見されてから、実に時間が経つにつれて、それに沿うように次第に悪く、不利になっていく。即座に攻撃をしないということ即ち。その間、敵に時間を与えることとなり、対処されかねない。さすれば、地の利と、適性である武器を獲得している状態において、エクタノルホスに考える時間を一瞬たりとも与えてはならないのだ。
私は全てのことを踏まえ、保持した槍把を持ちながら槍身下部に添えた右手を突き出た充填用の把手に移動させ、すぐにその手を動かし、勢いよく魔術筒を槍身側へと移動、開放させる。そして、そのまま手元に引き込む。その暁に開かれた排出口から筒の上蓋が放物線を描いて宙に舞い、これで魔術筒の射出が可能になった。
間髪入れずに元の位置へと押し戻し、反回転させて閉鎖する。射出態勢が完了した私は握られた槍把、添えられた槍身下部。充填された魔術筒の全てが揃い、視野を拡張させる器具から対象を臨む。
「射出します」
肩を鈍器で押し込まれたような衝撃と共に、槍把下部に付けられた小さな引き金を引くことにより、筒が噴進した。煙を生み出しながら進みゆく姿はまるで、「飛翔体」のようであり、遠のく筒を背後から目にした私は、咳をする。
「……」
ニキシー山脈の縁からヘータ山の窪地中央部に佇むエクタノルホスを臨み、魔術槍を向ける私と、鋭い眼光の持ち主との構図は、平たくいえば撃ち下ろすようなものである。奴の動向は当然の如く、相手の様子を伺っていたエクタノルホスは、自分に向かって何か飛翔物が発射された事を察知する。
「……ファブリカさん」
「うんー。これはちょっとー、まずいかもー」
────放たれた魔術筒はエクタノルホスの表皮に命中した。
表皮に食い込み、魔術筒は当たっているのだが。攻撃を受けても尚、エクタノルホスは怯むどころか、射出位置を割り出したらしく、こちらを目にしたまま微動だにしていない。発射方式が一発づつの手動によるものなので、発射速度は使用者射手に依存しているが、迫ってくるエクタノルホスを見たファブリカは焦りからか、充填を既に終えていた。
……対象は、一切の無傷であった。
私はこの状態は大いに危険だと、一気に背筋が寒くなった。奴からすれば……。自身の体に攻撃を受けた事を認知し、私達による襲撃を察知する。位置の判明に十分な要因になり得てしまうからだ。
「準備完了ー! オネスティーくん。体には効かないようだからーあとは……」
「……足、ですね」
ついにエクタノルホスはその均等感の悪そうな七本の足を別々に動かし始め、魔術筒が射出された山脈の縁めがけて、ゆっくりと歩み寄ってくる。私は第一射の失敗を元に、誤差修正から導き出されるより正確な第二射の実行へ移るべく、気持ちを落ち着かせる。匍匐をする時のような、うつ伏せの姿勢、緩やかな形態を保持する。そこで、絶えずこちらに向かってきている下方の「エクタノルホス」を再度、器具越しに捉えた。
今度は、奴の不安定なる七本の足の内の一つを目標にして覗き込み、魔術槍側による指示位置と重ねる。(均等にする必要がある)正確にそれらすべてが重なり合った時、充填を既に終えていた魔術槍の引き金を絞り、射出を実行する。
────吸い寄せられるように飛翔した魔術筒。
エクタノルホスの足へと接着した、緻密なる衝撃。考えうる限りの可能性を加味し、第二射をもって、攻撃の再開としたのだ。




