040.投下/巨体
「投げ込んじゃう作戦……。そうしたらこれは……」
「んー、おいてくー? あーでもーそれは危ないからー、一応念の為ー私行ってくるからさー援護してよー!」
「そ、それは」
「筒は二人でためればいいし、私ならこういうの、慣れてるからねー。頼んだよー! オネスティーくん!」
ファブリカはそう言うと、そそくさと空へと上がってしまう。その姿を見れば、本当にその身で空中を飛んでおり、おかしくも思える光景を見ながらも多少の段差、緩やか高低を平らにし魔術槍の展開位置を定める。
私は二種充填式魔術槍を支え、予備として装填された魔術筒を地面に広げる。万が一、これを射出する事態が起きれば。装填時間が結果を左右することさえ有り得る。
展開作業を終え、槍身をシータ山に向けた後。彼女はその縁に辿り着いたのだが、辿り着いた山頂の縁で火口内を覗き込むことを躊躇していた。シータ山より高いところにいる私からすれば、目標は目と鼻の先である事は確認することが出来るが、現場はそう簡単に割り切ることも出来ないのだろう。何せ、ここからでもファブリカが縁を境にして降り立った瞬間。不穏な香りが印象として画角の随所に浮かび上がっているのが分かる。
「……いないな」
無意識に口から言葉が溢れていた。シータ山の窪地。鎮座しているであろう生物を血眼になって探すが、やはり姿は確認出来ない。ファブリカは空中にて浮遊し、窪地の中央に存在している巣穴を、深々と執拗に覗き込んでいる。
……確認を終えたのか、こちらに向かって手を振る。それに応えた私の姿を確認した後。彼女は山頂の縁から緩やかに続いていく窪地に着地し、その中央部に存在している穴の手前まで足を進める。
……そして、問題の穴、入口付近に辿り着く。今すぐに討伐するという切羽詰まった状態ではなく、ある程度の心の準備をするという事が、エクタノルホスの休眠期によって可能になった。
だが。得られた心の安静も時が経つにつれ終わりを迎える。筒を持ちながらに浮遊し、シータ山の火口の縁に立ったファブリカは、ついに攻撃の火蓋を切ろうとしていた。
────筒が投下される。
ファブリカは自身の手から筒を投げ入れると、即座に大地を蹴って上昇し、移動蹟が見える程に加速しながら、全速力でこちらへ向かってくる。私はそれを目にし、あまりの速度に着地時における衝撃を想像する。故に、後ろに向かって走るのだ。
いざ、どれくらいの距離をとれば安全なのかと不安になる。乱れた心持ちにて後ろを振り返るも、同時に。それが、もう手遅れだということに気づいてしまう。
「たーだーいーまー!」
「お、おかえりなさい。すごい汗ですね……」
ファブリカは超速のままに山脈へと戻り、着地した。この速度の影響か髪は荒ぶり、汗が確認出来る。
「急いできたからねー!」
「そうですよね……でも、そんなに急いで────」
────刹那、シータ山の方角から炸裂音が鳴り響く。
「そーゆーことー」
「……なるほどですね」
その現象に気づくと、立て続けに自らの足で正体不明の揺れを感じ取った。そして、その揺れは徐々に徐々にその強さを増していく。
「こ、この揺れも筒の爆発によるものですかね」
「……いやー、違うと思うなー! だってーあの筒に入っている魔術はー、炸裂するような仕様のものじゃーないんだけどねー!」
「え、じゃあこの揺れは……」
直感的に不安感を抱く。閉鎖された炸裂音のようなものから筒の投下を確認したが、その後の振動はその行動によって作用されるものではないという。この振動、音から察知した不穏な可能性。現実として現れ、避けられないという未来を……私は察した。
今すぐに状況を確認したいものだが。その欲求は、炸裂音の発生源に背を向けることなく、頬を赤らめているファブリカの横顔によって、阻害されてしまう。
その音の正体を突き止める為に、彼女が目にしている方向に目を凝らすや否や、自らの視界が捉えたのは、まるで間欠泉のような勢いで、辺りに舞い上がった粉塵であった。
「ファブリカさん……あれって」
「うんー……。だめだったみたいだねー」
「やっぱりそうですよね。……そう簡単にいきませんか」
立ち上る粉塵。その中に一度みたら決して忘れる事はないであろう均等の悪い姿が、舞い上がった粉塵の落ち着きと比例して、徐々に徐々に浮き上がり始めている。
(……ああ、遂にお出ましか)
私はやっと、エクタノルホスをこの目で捉えた。予め説明されていたものより、ずっと実物は生々しく凶悪な顔つき。身体は、躍動感を感じられる顕著な起伏と、隆起した筋肉で覆われている。頭部には牛のような回収対象の角があるが、それはエクタノルホスには一本しか無かったり、足も均等ではなく五本……いや、七本ついている。
もうその時点で、私が知る生物とは程遠いが、極め付きは模様と色である。事前情報から受け取れる模様は何となく細かい斑点気味であり、その色は赤、黄、紫、の毒々しいものであった。まるで、「危険」と警告しているような雰囲気なのだ。遠くから確認しているその姿は、堂々たる体躯から滲み出ている気迫に押し潰されそうな程に、この離れた距離ですら大きく見えた。だが、エクタノルホスの姿のそれら全ての中でも、明らかに異質で特異な部分が存在していた。
食い入るように目を見開き、視界に吸い寄せられる部分とは……。紛れもなく皮膚である。確かに想像していた表皮の色は、えらく仰々しいものには変わりないが、やはり実際に捉えたものとは比べ物にならない。にわかに信じ難い程の対比。激しい高色彩で埋め尽くされた不穏な雰囲気な体表から、いかにも触れてはこちらが爛れてしまいそうだ。
想像していたよりもずっと恐ろしく、得体の知れない生物を目にして、今にもこの場所から離れてしまいたいと思った。目まぐるしく変則的に訪れる不安感で、どうにかなりそうだ。姿を現した後にどう動くのか、エクタノルホスの一挙一動に目を凝らし、いわば受け身で臨まなければならない状況に焦りを感じている。




