039.飛行/魔槍
「……飛ぶ……んですよね」
「もちろんもちろーん! 私ー、魔術駆動車なんて持ってないからー」
「あの時の魔物さんは、お返ししてましたね……」
「うんー、だからー早くー、団長とダルミを助けに行かないとー!」
私は半ば諦め気味に、ファブリカが大きく広げた腕の案内に従うように……。それこそ、急降下急上昇急旋回するような加速的遊具設備の椅子に座るかのような心持ちで冷静さを保ちながら彼女の元へと向かった。
「はーい、それじゃーしっかり掴まっててねー」
私は体験したばかりの記憶を思い出しながら、その言葉を聞いて振り落とされまいと力を入れる。
「そういえばー、前とは違ってーかなり遠いからー、その分速度もー上がるからねー」
「え」
まさか。力入れたことが原因で体全身の筋肉が硬直し、一切の抵抗が出来なくなってしまうとは思いもしなかった。彼女が放った最後の言葉に意志を伝えることも出来ず、ただ力の抜けた反応をしたのを分岐点に、全身に強い力が掛かり臓器という臓器が外に放り出されてしまいそうになる。
────私はこれを最後に、感覚が消えた。
──────。
────。────。
────。
────。
──。────。
* * * * * *
──。
────。────。
──────。
────。────。
────。
────。────。────。
「────はいはーいお目覚めですかー?」
なんだか挑発的な声がする。
「もうーこの温もりに慣れちゃったなんてーオネスティーさんったらー」
これ以上、何も反応を示さないと取り返しのつかないことに発展しそうだ。
「────ん」
「あーオネスティーくーん。着きましたよー!」
私は目覚める。閉じていた目を開ける。温かさを感じながら視界に映りこんだのは、やはり、少し明るい暗闇だった。私は飛び起きるように身を後退させて、視界をより鮮明に確保する。
「ファブリカさん……私また、飛んでました?」
「うんうんー! 色んな意味でねー! そのおかげで、オネスティーくんはー無事に辿り着いたわけでー」
「……ここが、ニキシー山脈……」
「そしてそしてー、あそこに見えるのがー、ヘータ山だよー!」
「エクタノルホスが生息しているという……」
視界に映りこんだ彼女の背後に、雄大な雲海が広がっているのに気づいた。彼女の体で温められていたせいで気づかなかったのだが、それからも標高の高さが伺え、ラムダ山の時とは異なった気温の変化に、ここが目標物を目にすることが出来るという山脈なのだと実感する。
足をつけた山脈にて確認出来たのは、自身の位置より少しばかり低い山。窪んだ火口を浮かばせるシータ山だった。我々はこのニキシー山脈にて、シュトルムより預かった二種充填式魔術槍を展開し、その射程にエクタノルホスを収めなければならない。
「うんうんー! あそこにいるみたいだけどー……あの様子だとー、シュトルムさんが言ってた型式その二だねー!」
私とファブリカは二種充填式魔術槍を預かり、移動要塞を後にする前に、シュトルムからエクタノルホスについての追加情報を聞いていた。彼の話によるとその生物は、その日によって休息か活動を無作為に選択しており、実際にシータ山を一望し、生息地である火口内を確認してからでないと魔術槍を放てないという。
「ですね。今こうして、シータ山を目にしてもそれらしい姿が確認出来ないことを考えると、休息をとっている可能性が高いですね」
「だねだねー! それもー少し丘みたいになってるーところがーいかにも事前情報のー巣にみえるよねー」
「その場合ですと……運搬した魔術槍を山脈上で展開し、射出された筒が放物線を描けるように槍身を上方向に傾けるそうです」
「そしたらー山なりに飛んでく筒がー巣の真上に落ちるようにー調節をしたりしなきゃだねー!」
私とファブリカは山脈にて運搬していた二種充填式魔術槍を下ろし、シータ山の火口に向けて魔術槍の発射口である槍身の方向を定める。これが二人一組の武器だと言われるのは、魔術を筒に込め、射出するには多量の魔素が必要であり、二人分の魔素をたんまり使うことや、次筒装填のために射手と装填手が別々に必要という仕様が影響している。
放物線を描くように筒が射出され、エクタノルホスの巣の直上に落ちるように角度の微調整をする。休息期の目標を相手にするには、活動期と異なる対処を講ずる必要があると念を押された為、熱心に調節を重ねるが、やはりこれは一度射出し位置を計算した方が、より正確な着地地点を算出できるのではないかと考える。
「冬眠期ですと、活動期とはまた違った対策が必要なのですよね」
「だねー、加工に穴を掘っていてーその深くで寝ているみたいなんだけどー、それがーなんだか特殊な装甲にー守られているって言ってたねー!」
「なんでも寸分の狂いも無いほどの精密さで掘削されているため、その穴に何かを入れる時に少しでも違えてしまえば不可能……つまりエクタノルホスが掘った穴と同じ角度で、筒を入れなくてはなりませんね」
「それー絶望的だよねー……」
「ですよね……」
ほぼ不可能に近いと思われた二種充填式魔術槍を用いた筒の射出。私は何度か射出し、精度を高めながら成功に導く方法を提案しようと考える。しかし。ファブリカが不敵な笑みを浮かべ、手にしていた杖を山脈に勢い良く突き刺したので、私は次なる動作に思考を移行させながら期待をした。
「思いついたー! 私ねー思いついたよー」
「ファブリカさん……ついに、この絶望的な状況を打破する案を思いついたのですね……」
「うんうんー! それはなんとー! 魔術槍を使わずにー、直接巣穴にー投げ込んじゃえ作戦ー!」
「……え」
なんと型破りな案なのだろう。私にはその斬新な発想の一片も思い浮かばなかった。魔術を無効化してしまう能力を持った生物に対抗出来る唯一の方法。攻撃が出来るというエクタノルホス攻略の鍵である……魔術を込めた「筒」を射出するのではなく、直接投げ込んでしまおうというのだから、突拍子も無い話である。
だが、この案。掴みどころない話に思えるかもしれないが、決して不可能で無謀なものでは無いと、私は考える。線で繋がれた攻撃を無効化する相手への対抗手段について。必ず魔術槍を使用しなければならない、とも言われていない。シュトルムが告げたのは、筒が必要であることである。つまり、筒さえ目標にぶつけてしまえば、事足りる。
魔術槍は、そのための増幅器に過ぎない……。というのがファブリカの考えなのだろう。




