038.同調/探知
「ありませんー」
「では、御二方は私が責任をもってお護り致しますので、……こちらをどうぞ」
シュトルムは、今まで手に持っていた二種充填式魔術槍をファブリカに手渡す。
「オネスティさんにはこちらを」
私には、小さな筒のようなものが手渡される。
「ファブリカさんにお渡ししたのが、本体の槍。オネスティさんにお渡ししたのが充填筒です。二つ合わせて充填式魔術槍ですのでくれぐれもお身体にご自愛ください」
「?」
「エクタノルホスが生息しているのはニキシー山脈を越えた先にあるヘータ山です。お渡しした武器を運搬し、山脈上で展開をすれば射程範囲内に収めることが出来ます」
「とりあえずー山脈に行けばーそのエクタノルホスは視認できるんですかー?」
「現在、火口内にて休息をとっているとの情報を機械化部隊が入手しています。御二方の状態を分析した後、改善方法が纏まりましたので即時偵察に向かわせた次第です」
「了解ですー。そうしたらー、私達はこの武器を持って山脈に向かいー、角の回収後ーこちらに帰還すればいいんですねー!」
二種充填式魔術槍の使用方法やニキシー山脈への生き方、ヘータ山の特徴など事細かく解説を受けた。私達は、これからに自壊魔術発動後の施設調査と対術防御を固めるために動かねばならないという「シュトルム」に見送られ、元来た場所から反対側の搬入口へ向かった。
移動要塞を抜け、搬入口へ降り立った私達はそこから更に上。シュトルムに図で説明、案内された管制施設の最上部。何一つの隔て無く空を仰げる天板にてニキシー山脈を視界に収める。
「あれが、シュトルムさんが言っていた『ニキシー山脈』ですか」
「うんうんー! ここからではー山脈で隠れちゃって見えないけどー、あの先にあるヘータ山にー例のエクタノルホスが待ってるんだねー」
「ですね。イラ・へーネル団長とダルミさんを一刻も早く助ける為に角をこちらに届けて、安静の確保と事態の全容解明を急ぎましょう」
「そうだねー。あの二人に何があったのかー、知る必要があるもんねー。それで……なんだけどー、魔素同調による反射探知をしてー、この一帯をー、一応調べてもいいかなー!」
「ここで、ですか?」
「うんうんー! こんなに周りから高くてー開けている場所ならー探知範囲がー大きくなるからねー」
魔素同調による反射探知。それをこの開けた高台で行うのは、周辺状況を探る為だという。ファブリカは、背中に携えていた長杖を保持し、天板と垂直にしながら両手で持ち上げる。
「そのためにはーこれをー……えいっー!」
彼女は顔の前で長杖を両手で折り二本に分解させると、思い切り力を込めて腕を東西方向に広げる。目を瞑りその場で動かなくなった彼女の背中を眺める私は、直後に訪れた静寂に固唾を呑んで、次なる報告を待った。
幾分かの時が経ち、耐えず変わらぬ姿勢の彼女を眺めていると、突然その体から湯気のような気体がゆらりゆらりと湧き上がっているのが確認出来た。
私はその正体への探求衝動が耐えきれなくなって、少しだけ身を伸ばし鼻腔に意識を集中させる。すると。人間特有の匂いを感知することに成功したので、目に出来る気体のようなものがいわゆる汗的成分を含んでいることが予想された。
「……特に異常はないねー」
「お疲れ様です」
「だねー。これでー気兼ねなくー出発できそうー!」
「ですね。……ちなみにファブリカさん。その、魔素同調による反射探知というものは、どのような方法で運用をしているんですか?」
「ああーさっきのー? これはねー、私が使っている風魔術の応用でねー。少し前に前線基地を襲撃された時にー団長と一緒にー空中でー奇襲攻撃をしたでしょー?」
「しましたね……」
「でねーその時に使った空間断絶ってのをー、私を中心に全方位でー放つことによってー、風に触れたものがー分かるってわけー!」
「え、全方位に、あの見えない攻撃をしていたということですか?」
「うんうんー死んじゃうようなものでは無いけどー、オネスティーくんはーあの時、縦移動だけをしていたからねー。横移動なんてしてたら危なかったよー!」
(そうか、匂いを嗅ぎに前方に縦移動をしたのは……その反射探知によって把握されているのか)
「……そうなら言ってくださいよ……怖いですよ」
「ははー、冗談だよー!」
「ひぇ」
私は屈託の無い笑顔に末恐ろしさを感じながらも、気を確かに持ちながら、自身が行なった縦移動についてこれ以上深く考察することをやめた。
「……では。探知されなかった、ということで。さっそくヘータ山を臨むべくニキシー山脈へ向かいましょう」
「だねー! じゃあ、オネスティーくん。……おいで?」
「ん……ええ」
私は忘れていた。
ファブリカとの偵察行動中、どのようにして王国へ辿り着いたのかを。




