037.魔術/充填
「……それは斑な彩色豊かな皮膚を持ち、五から七本の脚にて巨体を支え、その一つの角で魔術の攻撃を防ぐ生物。その角に強力な魔素阻害効果がある為に魔術士の攻撃は効きません」
「やはりー方法としてはー、それしかないですよねー」
「はい。御二方を助けるということは、その角を持ち帰ることを意味します。ということは、魔術士にとって最悪の相手との戦闘になります……ですので」
シュトルムは、おもむろに壁に掛けられていた、長竿の様な筒を持ち出した。
「これが……そんな相手に対して、私が提示出来る最大限の方法です。……ファブリカさん。突然ですが、魔術は何をもって作用させることが出来るでしょうか」
「えーとー、魔素を体内から対象に繋げることによってー作用することがー出来ると思いますー!」
「その通りです。魔術は術者と対象とが魔素が作り出す道、つまり『線』で繋がることによって作用することが出来ます。魔術阻害はエクタノルホスの角によってこの線が切られてしまう為に発生します。……ですが、あの生物の阻害はその原理のみを活用しているので、それ以外の攻撃では作用しないんです」
「とーいうことはー。予め魔術を用意しておいてー、展開から作用までをー、線で繋がなければいいんですねー!」
「そうです! そこでこの筒に魔術を予め封入、さらにこの槍で射出させれば、エクタノルホスの魔術阻害を破ることが出来ます」
そうか。二人が話しているその魔術の原理を考えると、作用にあたって必要である術者と対象の線的繋がりが阻害される。そのような限定的条件ならば、直接的に対象を捉える訳ではない「二種充填式魔術槍」による攻撃は、エクタノルホスの角による阻害の影響を受けない。
角によって阻害されるのは対象と術者が魔術攻撃を介して線で繋がっている時のみであるならば、魔素を阻害される恐れはない。封入された筒を遠距離から射出する攻撃は、対象と繋がらずに可能だ。
「この二種充填式魔術槍は二人一組で運用する武器です。そのため、一度エクタノルホスに見つかれば即応的な移動は難しく、無防備な状態になりますので、くれぐれも気をつけてください。それに、試験運用は済ませてありますが、なにゆえ試作段階です。そのためといってはあれですが、今回の実戦情報を収集させてください。それがその武器を貸し出す条件と致しましょう」
「それって、大丈夫なんですか?」
「心配ですか? いえいえ、安全装置が備わっておりますのでそれには及びませんよ。ですが万一のことがないとも言い切れません。開発者としては複雑な心境ですが、あまり武器を過信しすぎず、何らかの異常があれば即時撤退を第一に考えてください。────それで……オネスティさん」
突然。シュトルムは、身を仰け反りながら、手にしていた充填式魔術槍を掲げる。
「男の子ならっ、この形、魔術が射出される槍を見て心が踊りますよねっ?」
「え……」
今までの会話からは想像出来ない調子に驚きながらも、私は思い出す。たしか彼は、壁上での戦闘時に指揮を執るより、開発を進めていた。そんな話をロームルスとイラ・へーネルがしていたのだ。それに……私よりもその様な浪漫を理解する女性を知っている。
「画期的で心擽られるものがありますね。特に装填をし、発射させるところが……。それにしても……す、凄いですね。これを全てご自分で?」
「良かった! 魔版を筒状に加工しておいて良かったですよっ、……そうなのですよ。私は開発が生き甲斐でして……このように自らの身体さえもその材料にしてしまうくらいですから」
「開発をしにー、ここに来たのですかー? ドルフベルン団長を抑えてー」
「あれ、上手く隠せていたと思っていたのですが……。私任務内容を聞き、それならばと、志願致しました。それに、この移動要塞の運用、実戦情報入手を思えば、ドルフベルンを差し置いてここまで赴く必要性があります。それに、新作の武器も────」
【────全人員収容完了。計測班により判明、残り時間三十秒、衝撃に備えてください】
「やっとですか。二人とも! 掴まってください」
シュトルムは自身の体を指で示し、捕まるように指示する。ファブリカは迷わず飛び出した外装部分に掴んだので、私も同様に対となっている反対側の部分を掴んだ。
【────五・四・三・二・一……】
秒読みが途切れ、視界も途切れる。音は聞こえないが、振動はある。体が浮き上がってしまうような、下から上へと突き抜ける衝撃。私は転じた視界を彷徨いながら、聞こえてきたある笑い声でここが現実であると認識させられた。
「あはははハッ、ここれ、れれがっ! わ、我が移動要塞のた、耐久りょ……力────」
【────耐久値減少無し。設備損傷、人員負傷は確認されませんでした】
【────現環境魔素値正常。安全状態です】
「大丈夫ですか? お二人共、安全は確認されました。この具合だと、我々を殺傷するためのものではなく、施設にあるものを隠匿することに特化した自壊魔術ですね」
「だーいーじょーうぶですー! 時間に多少の余裕があったのはーそういうことだったのですねー!」
「オネスティさん。平気ですか?」
「は、はい。少し目眩がするくらいで、あとは何ともありません」
「では……現状の確認、情報共有完了次第、各行動に。トーピード魔導騎士団長イラ・へーネル並びに団員に精神汚染が確認されました。状態異常診断・状態正常化のためにその身柄は我々が保持。経過、変化あり次第今後の運びは同団員に通達致します。お二人は深層精神汚染の特効薬となり得る「角」の回収を────相違はありませんか?」




