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030.放送/吸収


────無慈悲に魔術士達は焼き殺された。



閃光の後の紛れもない事実。それを遅れて認知した殆どの人間が、その光景を目にするなり歓声を上げる。湧き上がった歓声から、騎士達が頭上に存在していた魔術士の消失を大いに喜んでいる様であった。



城壁に沿って守りを固めているロームルスの騎士団は、その光景を認知した事を皮切りに沈黙を破り、こぞって雰囲気を盛り上げ始めた。柱付近からでも、そうして始まった会話が至る所で聞こえてくる。





「これが……実験か」



「こりゃ、とてつもないな」



「ああ、実に。この躊躇いのなさには敵いませんな」





・・・・・・





「おいおい、あの人。また自分の名前変じゃなかったか?」



「いやぁ、いつもの事だろ」



「たしか、この前はシュトルムベェス……とかだったよな」



「その前はシュルシュルシュトルムだな」



「そして今日は……」





一人がそう言った後、騎士達は顔を見合わせる。続いて彼らは全員その顔を見合わせたまま、一斉に口を大きく開ける。





「シュトルムデェス!!」





そんな会話をしていた騎士達。彼らは、重ねさせて言った言葉に腹を抱えて笑い出した。至る所で駐留騎士の会話が耳に入ってくる中で……。大抵はこの様な類のものばかりである。城壁上の様子などを見ると、どうやらシュトルムの評価は悪くないようだ。





「えー、はい。こんなものの……ののようですね。それではぁ仕上げと、いきますす……すですかな?」





掠れた声は、前より更に酷く聞き取りずらくなっている。そんな難解な伝達放送(アナウンス)が、再び空間を飛翔するように響く。そこに含まれていた「仕上げ」という言葉から、シュトルムが次の矛先としたもの、つまりは次なる標的が王国から距離をとって待機している魔術駆動車群であると、恐らくこの場にいる全員が気づいていただろう。留まることを知らない不気味な伝達放送。先程の空気から一転。不穏な空気が、辺りに立ち込める。





「へぇ……。それもまた……展開」





何かの作動音が聞こえ始め、それは徐々に徐々に増大させていく。私はそれが大きく変化したことで、より鮮明に聞き取ることが出来る。その作動音から懐かしく聞き慣れた「ある音」を思い出した。……この音は掃除機の作動音にとても似ている。恐らく一家に一台の必需品であるので容易な想像が可能であり、音が鮮明に聞こえ始めた辺りから酷似していると思ったのだ。



だが、こんな場所で。しかもあんな凄惨な光景を作り出したシュトルムの伝達放送後に……。そんな音が聞こえるということは当然、その作動音の主が単純な家電製品のそれでは無いことは分かっていた。(むし)ろ、その原理を無慈悲な実験として使っているのだと。魔術士達の姿を見れば、気づいてしまう。私は城壁上から聞こえた音から、掃除機が頭の中に浮かんだ。ならば……ここから聞こえている作動音は、何を吸い取るために鳴り響いているのだろうか。





「……御協き力ぅありがろとうござ……ざざいましした。全員ン……漏られれえなくく……く我々の記憶の一部とと、となり……まましすたた」





地が揺れ、絶えず鳴り響いている作動音の中。そこに、何か別の音が混じり始めているのに気付いた。何かが擦れるような音。衝突するような音。割れるような音。壊れるような音。不愉快な聞いたことのないような音……そして、確かに聞こえた、断末魔の様な「人間」の悲鳴。



────私は目にする。人や物が見えない何かに吸い込まれていく光景を。待機していた魔術駆動車群。浮かび上がり、完全に制御不能となったそれらは、耳に纏わりつくようにして鳴り響く作動音と共に王国側へと引き込まれていく。



見えない何かに集まっていったそれらは、もはや原型を留めていなかった。例えば、この様子を初めて目にしたとして、当初これが何だったのかと問われたならば、恐らくその答えを出すことは……不可能だろう。正体不明の圧縮力から帝国の魔術駆動車は消失し、上空にいた魔術士と合わせて、襲来した魔導部隊が完全に崩壊した光景に、騎士達は溜まったものを吐き出すような歓声を上げる。



イラ・へーネルとファブリカ、そして私のいるこの場所も同様毎度の事ながら盛り上がっており、そこから騎士団を様子を眺めていた。目の前で起こった光景の後。いつしか聞えなくなっていた作動音と入れ違えになるように、機械音が、この城壁上を再度駆け巡る。





「これにて、今回襲来した敵はいなくなりました。よって、現在発令中である警戒態勢を解除します。また、調査と対策の為に、今後しばらく結界が張られたままとなります。……それでは、召集された騎士団の皆様は通常の任務にお戻りください」





なんという事だろうか。今、伝達放送をしているこの声は紛れもなく「シュトルム」のものであるのに、こうも口調が違うと音声の発生元の人物が別人のように思えてしまう。先程までの抑揚などの多種多様にある特徴的な話し方とは打って変わって、平坦でそれこそ時報の様な喋り方に私は拍子抜けしてしまった。



彼の音声から、この城壁上に臨時的に集められた騎士団。つまりはトーピード魔導騎士団はこれにてお役御免になったらしい。そして同様に……。偵察という役目もこれにて無くなったのだと悟る。私は、もう空に飛ばなくて済んだと胸を密かに撫で下ろしたのだ。



……音声が消え、それを耳にした騎士達は騒然としたが、直ぐに落ち着きを取り戻し、その隊列を組み直す。こうして、ロームルスが率いる騎士団は通常任務へと戻っていった。





「……そうなった訳だが」





音声案内の終了と共に、いわゆる通常の状態へと戻った城壁の上で、イラ・へーネルがこちらを向いて口にする。先程の音声によれば、彼女が騎士団長を務めるトーピード魔術騎士団は今回の有事によって招集されたが、それが解決された今となっては、この城壁上にいる必要は無いのであろう。





「ご苦労だったなファブリカ、オネスティ。ここから我々は新しく移転したばかりの基地へ向かう。それで、聞いておきたいことはあるか?」





────聞いておきたいこと。彼女の騎士団の数がロームルスと比べて圧倒的に少なく、ましてやその明確な人数も分からない。故に、私はあの時……。トーピード魔術騎士団に属する、その「数」について疑問に思ったのだ。





「あの、トーピード魔術騎士団についてなんですけど……」



「ほう」



「へーネル団長の騎士団はどれ程の人数が所属しているのですか?」



「……人数か」





私は、無言で頷く。





「あそこにいる騎士団はロームルスが率いる騎士団だ……ここで君に問おう。あの騎士団は何をしているか分かるか?」





唐突なる質問に、城壁上にて隊列を組んでいる騎士団の方へと目を向ける。





「敵の侵攻から王国を守っているのではと」



「うむ、その通りだ」





私の答えに頷いているイラ・へーネルの姿を目にして唐突に、張り詰めていた何かから解放されたかのように感じた。しかし。彼女はその場でただ頷いているだけではなく、今までいたその場所からこちらへと詰め寄る。……そうすることによって。いつの間にか顔の距離が、拳三つ分ほどになった。





「そのことを踏まえて……再び問う。敵の侵攻を守る騎士団。その騎士団は()()()()()から何を頼りに敵を認識し、そして国を守る?」





私は少しばかり考えた後……。幾らか浮かんだ中から答えを決める。





「それは……目だと思います」





イラ・へーネルは私をじっと見て、何秒か沈黙を続けた。その後、彼女は……。自らが狭めたこの距離をゆっくりと戻し始めて、最初の位置へと辿り着く。





「そうだな……。その目が認識したもの、それが敵だ。たしかに敵を認識するのは目だ。だが必ずしも、そうだとは限らない……敵が認識出来なければ、騎士団なぞ、もはや存在すら意味を成さない。例えば、私の騎士団はフラックには到底及ばない。だが、一見そう見える差も、王国五大騎士団の一柱という事から、我々が他の騎士団と同様に列せられている事を考えると」





半ば彼女が口にしていた言葉が会話なのか、それとも独り言の域なのか。その話し方や彼女の雰囲気からは、その言葉を説明しているというような「印象」ではない。決して誰かに説明するわけではなく、ただひたすらに彼女が思っていることを羅列しているだけのように思えて仕方がないのである。なぜ、私がそのような印象を抱いたのか正確には分からないが、尻窄(しりすぼ)みとなった彼女の会話は、まだどこかで続いているかのような……不思議な余韻を孕ませていた。



────敵が認識出来なければ、騎士団など最早(もはや)存在すら意味を成さない。



この言葉の意味とは、一体何を意味しているのか……全身の至る所から、末恐ろしさ沸き立つ感覚を感じた。私は彼女からの問いに対して、「目」であると答えたが、その答えでは彼女の賛同を完全に得る事は出来なかった。回答に補足をしたことを考えると、確かに騎士団が敵の存在を認識出来ないならば、その存在理由は無くなり、一切の意味を持たないはずだ。





「ヘーネル団長ー! オネスティーくんはー、多分ー王国五大騎士団をー知らないとー思いますー!」





途切れた会話に無理やり付け足すようにファブリカが横槍を入れる。イラ・へーネルは視線を彼女に向け……。「説明しておいた方がいいか」と尋ねた。ファブリカはその問いかけに大いに賛成し、それを受けたイラ・へーネルは、腕を鎧の上から組み直す。





「……うむ。王国五大騎士団とは王国に存在する五つの派閥の事だ」





彼女は、腕を組みながら、人差し指を立てる。





「その内訳は……対外戦闘を担当し、平時は内地で勤務するレパルス攻撃騎士団。城壁上で駐留勤務し、王国防衛を担当するフラック迎撃騎士団。王国の治安や王の警護を担当し、王国騎士団の中で最も所属数が多いゲルリッヒ近衛騎士団……はあ、後ファブリカ頼んだ」



「ええー、まあ仕方ないですねー! えーっと……結界やー大型兵器までの開発とー運用を担当してー、王国の技術面を担うターマイト戦略騎士団ー。魔術をー軸としたー能力をもっていてー王国内外の専門的任務をー担当するー私達ートーピード魔法騎士団の五つですねー。……うぇぇつかれたー!」



「ご苦労。……そして、騎士団のそれぞれに、魔術士が一定数配置されているが、所属騎士の全てが魔法に携わっている騎士団は、実に我々のトーピードただ一つだけだ」



「……なるほど」



「そのような騎士団の騎士はこの国に住む者が希望する事にって選別、後に割り振られるが、トーピード魔術騎士団は基本的に、その枠からは除外されている。つまり、他の騎士団には新しい騎士が入ってくるが、我々の騎士団────」





途切れることなく進んでいたその会話の流れから、求めていたトーピード魔法騎士団の総数についての情報が示される事を期待していた。だが、彼女は空を見上げて、自らの口を閉じてしまう。私は、その不自然さから「何か」を隠しているのだと、感じてしまった。





「あ、もしかして騎士を欲しているのはフラック迎撃騎士団のロームルスさんだけではなくて……」



「ま、うちも一緒だな。奴に横取りされては困る」



「へーネル団長ー、わざわざー会話をずらしてたのにー口滑りましたねー」



「おいファブリカ」



「ひっ、ひえー!」



「えっと、へーネル団長のトーピード魔術騎士団は、人が少ないことが分かったのですが、その理由というか、なんと言いますか……」



「ああ。うちらは王国内外の専門的任務。つまり敵を探る特殊なものを任されているから、認識阻害の魔術を常にかけなければならないからだよ」



「……それって」


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