028.小筒/継続
────刹那、不安感を煽り立てるような音調の電子的信号が、まるで音波で体を震わせる様に、鳴り響く。
ほとんどの人間が気づいているはずの「街全体」を包み込む様にして鳴り響いた機械的な音に、私の視界に映っているロームルスが率いる騎士団は一切動じていなかった。
魔導部隊の出現時に発生した壁上の喧騒とは打って変わって。今度は後から来た別の騎士団がいないせいか、音が消えるとすぐさま緊迫した空気が押し寄せた。さすが本職であると心の中で感心しながらも、城壁上という逃れることのできないこの場所に蔓延った空気の原因は、依然として浮遊している。
電子的信号が鳴り響いた原因。それは結界で覆われた街の上に瞬時として現れたあの浮遊物体とそれを牽引しながら飛ぶ、魔術士群であった。先程までは幾らか城壁から離れていたはずなのに……。魔術士が周りを囲み、頭上に巨大な浮遊物があるという事実。今こうして見上げてみれば、驚きを隠せない。
私は少しばかり視界を上から下の方に移動させると、この城壁が暗く映った。それは結界を挟んだ街の上にて浮遊する物体が、陽の光を遮っているからであると再び視界を上に戻しながら実感させられる。
警報音によって気づいた魔術士群と浮遊物の存在。それと同じように静かな城壁上……そして、城壁の外から見えるのは、行儀よく静止している魔術駆動車群。原理不明の瞬間的な移動を経て、音もなく歩み寄るようにして現れた空中の存在を城壁上の全員が認知している。しかし、それでも騎士団はその場を動こうとはしない。……それは、イラ・へーネルも同じだった。
「あれー? やっぱりーこう近くで見るとー、かなり大きいですねー……」
「うむ。あの大きさ、中身は知りたくないな」
空中の存在を眺めるイラ・へーネル。彼女は、機関から指示された通り、「待機」の状態を保つ。同様に、それに属するファブリカも……その状態のままである。
「しかも、明らかに、あの魔導部隊……このまま仕掛けてくるな」
視界に映る、魔導部隊。街の上にて浮遊物を取り囲み、浮遊している魔術士達はそこから反発し合う磁石のように離れた。そうすることによって、先程まで厳重にされていたその物体が丸裸となり、空に浮く単純な浮遊物の存在に異様な雰囲気を感じさせる。
結界の真上で静止し浮遊している物体は今までとは異なり、単なる個体となったが故に、次なる事象に対する不安感は更に強まっていった。壁上にて待機する騎士団一同は、まさに固唾を呑むような様である。まるで、その喉の音が、耳元で聞こえるほどに。
空を見上げているその光景を目にしながら、私は取り残されるようにして浮遊している物体に目を留めた。先程浮遊物から離れた魔術士群はそこから全員がいくらかの間隔をあけて、浮遊物を囲むように円状の隊列を組んでいる。
魔術士達の全ての眼差しが空中にあるその物体に注がれているという光景もまた、薄気味悪い要素を感じるには十分である。同様にその光景を目にしている騎士団も、こんなに間近にいながら何も出来ないという歯痒さを感じざる得ないだろうと、私は天と地を交互に見るようにして感じ取る。
────そして、時経たずして、そんな光景に次なる展開が訪れる。
「あれは……」
私はその光景を目にして、自然と言葉が漏れていた。だが、それは私だけの事ではなく、同様にそれを目にしていた騎士達も口々に声を漏らしている。流石の沈黙もこれを機に破られた。
四方の辺にて作られている浮遊物。立体図を展開した時のようにその姿を変形させた。街の上にて浮遊する物体が、突如として変形したという変化を目にした城壁上の人間は、様々な反応を見せる。
ただ、一見反応はそれぞれ異なるが、城壁という高所から箱のような浮遊物体が開かれた光景を目にしたという事は、同時にそこから現れた箱の中身の存在にも気づいているという共通点もある。つまり、騎士達の反応はこの王国……いや、街の上でこれから何が起こるのかをある程度悟った上でのことなのだと私は気づいてしまったのだ。
────開かれた浮遊物体の中から現れたのは、無数の小筒であった。
浮遊物体を形作る枠が開かれた事により。その物体の本来の役目はこれをもって崩壊した。イラ・へーネルの直感が醸していた物体の中身が、開かれた箱の中から、包み隠さず溢れ出してゆく。当然の如く。空中から「何か」をばら撒けば、それは下に向かって落ちていく。
そのことから。現れた無数の小筒は下部の街に吸い寄せられるようにして落下を始めた。弾けるようにして姿を現した無数の小筒は、その入れ物の大きさからか、かなりの範囲に広がるようにして落下している。散布された小筒は、煙を振り撒きながら街へと向かっており、空中に噴煙が撒かれたような奇妙な光景に目を見張る。
「……この後、どうなると予想する?」
唐突なイラ・へーネルからの質問。それを受けて、ぼんやりと空中の光景を眺めていたからか、私は息を呑む。少しの沈黙の後。それに対する答えを告げるために彼女に視線を移動させる。
「あのままですと……結界によって小筒の落下は遮られるのではないかと」
「その通り。その通りなんだが……」
イラ・へーネルはその言葉の後に口を閉ざす。頭に手を当てながら困ったような表情を見せるのだ。
「ファブリカ。あれは、な」
「はいー……してやられましたねーこれはー」
「?」
「オネスティ。あの結界は魔術攻撃を防御する為のものだが、同時に物理的な攻撃にも対応が出来る。さて、もう一度聞くが……あの小筒、この後どうなる?」
「街へと辿り着く前に小筒は結界のところで、止まりますね……」
イラ・へーネルは返答を聞き、ゆっくりと二回程頷く。
「そう、あの小筒は最終的に結界に当たって、止まる。……そこでだ、展開された結界の上に無数の小筒がある状態で結界はこれからどうなる?」
「結界は……あのまま……。いや、その状態が保持されるということですか」
それに気づいた時、飛来していた小筒の動きに関する明確な変化を確認した。街と覆うようにして張られた結界の上に、小筒が次々に吸い寄せられていくかのように落下、着地していくその光景に、イラ・へーネルは手を添える。
「……この通り、上に小筒が置かれたままになったら、結界を元に戻す事が出来なくなる。それは持続に労力を使う結界であるからこそ、仕組まれて当然なのだ。────つまり、これから王国は結界を展開したまま維持することを強いられる」
すると、その言葉の後にファブリカが無数に落下し、徐々にその数を増やしている小筒に向かって指をさす。
「しかもー……あの煙ー。良くないものだとー思いますー」
良くないもの、そんな印象的な言葉を耳に残したまま、私は彼女の示した方向に改めて目をやる。すると彼女が示している光景と、先程までのイラ・へーネルとの会話がどこかで繋がったように感じた。……街へ落ちる前に結界によって止められた小筒は、結界に着地してからも煙を吹き出し続け、あんなにも広大であった結界が、発生した煙によって覆われ始めていたのだ。
「敵の狙いは展開させた結界を解かせない事にあった……その狙い、つまり結界を最大限持続させる為には何を考えるのか。その答えがあの煙、であったという事だ」




