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027.浮遊/接近


そんな言葉からファブリカが何に気づいたのか、その答えを悟る。イラ・へーネルは、彼女の問いかけに応えるように手を振りながら向かい、私達の目の前で、その足を止める。





「……先程、ロームルスの奴と話をしてきたんだが、これまた厄介な事になっているらしいな」





厄介な事、という言葉を耳にして……。ファブリカは首を傾げるようにして、イラ・へーネルの顔を見た。私はそんな様子を伺いながら、彼女の口から告げられる次なる言葉を待つ。





「な、なんだあれ!」





突然、騎士の一人が指を掲げながら声を上げる。すると。それを皮切りに他の騎士達も、彼が示しているものに気づき始めていった。





「あれ……なんだ? なんであんなとこで止まってんだ?」



「おい、急いで空へ上がらなければ!」



「早くしないと、手遅れになるぞ!」





至る所から騎士達の様々な声が飛び交う。それはいつしか収拾がつかない程になっていく。一度定位置を見つけた事によりある程度落ち着いていた騎士団だったが、再び、どちらかというと後から来た騎士団の方が目立って混乱し始めた。





直壁路(ちょくへきろ)





突如。身を正される様な言葉が辺りに響くと、駐留騎士によって形成されていた壁が声の発生源に沿って割れていく。鎧を(まと)い、背中には大きな盾、そして腰には二本の斧を携えた筋肉質の男。駐留騎士団が隊列を組んで形成した壁の中を通って、こちらへ歩いてくる。





「……なんでまたこんな時にシュトルムの奴はいないのかね」



「ロームルス、なんだその登場の仕方は……」



「いや、さっき、話していたじゃないか」



「そう……だが、まさかこんな大掛かりにやるとはな」





柱の周りにロームルスという人物とイラ・へーネルの二人が集まると、先程までそこで(たむろ)していた騎士達がそこから離れていき、私達のいる柱周辺を中心に自然と作られた同心円状の空間(スペース)に騎士達の視線が注がれた。





「あれを見たら、厄介事の意味も分かってくるってもんさ……」





イラ・へーネルにそんな事を呟いたロームルスは、騎士達で形成された囲いの中で視線を周囲に向ける。





「諸君、王国機関の指示によると、このまま待機を継続せよとの事だ」





ロームルスの言葉によって城壁上は静寂へと一転した。まるで、電撃が走る如く勢いで騎士達は身を固める。そんな迷いなく告げられた言葉が目の前を駆け抜けた後。近くでそれを聞いていた一人の騎士が頭を下げる。





「……それはつまり、敵にみすみす攻撃をさせるという事ですか!」



「……そ、そうだそうだ!」



「あんなもの、今のうちにさっさとうち落とせばいいじゃないか!」





静寂の中。一人の騎士の問いが辺りに響いたことを皮切りに……。あちらこちらで、喧騒が立ち上がる。





「ああ、その通り。このままひたすら耐えるのだ。国家の方針としてはここで、攻撃を受けた後、反撃として奴らを迎え撃つつもりだ」



「聞こえたな! さあ、持ち場に戻れ!そして、王によって与えられた役目を果たすのだ!」





ロームルスは冷静に口にした。その言葉を聞いて一旦は静寂に舞い戻るも、再びざわめき始めた群衆。それを制止する様に、先程の言葉によって形成された壁の先頭にいた一人の騎士が、声を張り上げる。先頭の騎士。よく見れば……。装備が他の駐留騎士とは異なり、装飾が入っているのを発見した。その男から発せられた言葉を耳にした他の騎士達は、何か言いたげな表情を浮かべながらもその足を動かす。



集まっていた後から来た騎士団は、この城壁上の至る所にある階段を下っていき、下に何があるのかは皆目(かいもく)見当もつかない城壁の内部へと消えていく。いつの間にか後から来た騎士団の姿は跡形もなく消え去り、城壁の上に存在している人員は壁の防御を固める駐留騎士団のみとなった。……おそらくこれが騎士達の本来の持ち場なのだろう。



ロームルスの騎士団は城壁の守りへと戻る。もう一つの騎士団は城壁の中へと戻っていった。そして。周りを囲むようにして出来ていた人集(ひとだか)りがなくなった事により、本来の城壁の姿へと戻ったこの場所で、彼はイラ・へーネルに向かって笑いかける。





「はあ……。シュトルムの奴め……(かしら)が不在だから統率が乱れるのだ」



「まぁどうせ奴は、城壁の中でまた何か作ってるんじゃないか?」



「ははっ……。そりゃ違いないわな。今頃の奴の頭の中と言ったら、あそこで行儀よく待機している敵を(ほふ)る事だけだろうからな」



「それは……奴に限ったことでもなさそうだが」





二人の会話が進む中。そのやり取りを固唾を呑み、落ち着かない身を抑えながら視界に納めていた。私はイラ・へーネルの発した言葉を聞いて視界を城壁の外、つまりは「原因」に向けて広げてみると、空飛ぶ魔術士、魔術駆動車群そして謎の浮遊物体が一堂(いちどう)(かい)しているのが分かる。



城壁から見て約五百(メートル)付近で静止している光景が目に入った。異様なる様相(ようそう)を見ながら二人の会話を聞いていると、不思議と神経が擦り切れてしまいそうである。





「ああ、そうだね。そうだったよ」





ロームルスの言葉の後。会話に若干の沈黙が出来た。それを逃すまいと隣で待機していたお付きの騎士と(おぼ)しき男が、ロームルスにすかさず耳打ちをする。





「お、そろそろか」





ロームルスはその騎士の言葉を受けて、なにかに気付いたような顔をしながら呟くように言葉を放つ。そして、その言葉の後。イラ・へーネルに別れの言葉を告げ、いざ自らの持ち場へと戻ろうとする時に、ロームルスは私の存在に気づいたのか、彼はこちらへと近づく。





「私はこの城壁の防衛を担当しているフラック迎撃騎士団の団長、ロームルスだ。……それでだ。もし、声がかかっていないなら、気をつけるんだぞ、まだ若いのにこの上は悲惨だからな……」





そんな言葉を途中から小声で口にするや否や、ロームルスはそれに対する返答を待たずして、お付きの騎士と共にこの場所から離れていった。私は、「唐突に」ロームルスという騎士団長から告げられたその言葉の意味に首を(かし)げんばかりにしていると、隣でその一部始終を見ていたイラ・へーネルが、顔を覗かせる。





「オネスティ、あいつにこそ気をつけるんだ。あいつ、()()()()()が欲しくて声をかけて回っている変人だからな……」





にかっと笑ってこちらを向いたイラ・へーネルに、私はどうしたら良いか分からず、ファブリカに助けを求めて顔を見合わせることによって、なんとかその場をやり過ごした。





「えー、さっき言いそびれた厄介な事と言うのは……」





イラ・へーネルの会話は、確かロームルスや魔導部隊の静止などの異変が起きてしまったがために、途中で(とど)まっていた。





「もう分かっているかとは思うが……」



「あれ……ですか」





私は視線を地平線に向けて口にした。





「ああ、あれは完全に予想外だったが……」





イラ・へーネルは腕を組む様にして困った表情をしている。





「……あの物体、これが初めてじゃないんだろ?」





イラ・へーネルが言っている「あの物体」とは、それを目にした騎士達が目を見張った、突如としてその姿を現した四つの辺にて形作られた浮遊物である。だが私は……。この城壁上にて目にした時に、騎士達のようには驚きはしなかった。なぜなら彼女の言葉通り、突然現れた謎の浮遊物、その姿を目にしたのは、これが初めてではないからである。



ファブリカとの偵察任務中、小高い丘にて進行してくる魔導部隊を確認した。その時に回転羽根(プロペラ)の様なものが確認出来た、大きな箱のようなものを既に()()()()で発見していたのである。故に。この城壁上にて騎士達が驚き慌てふためいていた浮遊物体の存在に特に反応することも無く、ただそれをぼんやりと眺めている事が出来たのだ。





「……あの箱の様なものを偵察の段階で目撃しています」





私がそう答えると、ファブリカは頷く。





「そうですそうですー! あの正体不明な巨大浮遊物のー用途は全くもって不明ですがー、あんなところでー居座られてもー困りますよねー。ですけどー、それでもー手出しはしないのですかー」



「ああ。王国の方針としては、彼らが何らかの動きを見せた場合のみ攻撃を許可している。つまり、相手に何もされなければこちらは何も出来ないわけだ」



「彼らのー攻撃をー受けることはー必須なのですねー!」



「むしろ先程の騎士達同様、今こそ先手を打って排すべきなのだろうが、そうも言えないんだ」



「先制攻撃は……出来ないんですね」



「……ああ、複雑なものだよ……たしかに。個人的な意見ではあるが、あの騎士も言っていたように到着前というか今すぐにでも王国に近づく前に叩き落とすのが、最も最善のはずなのだが……やはりなにか引っかかるな」



「そうなるとー結界はー大丈夫なんですかねー!」



「そうだな……ファブリカの言う通り、攻撃を受ける場合結界で受け止めることになるはずだ。この街にあえて攻撃をさせるなんて……」



「そうだ。何も分からないからこそ、王国は帝国の情報収集をこの機にしたいのでは?」





会話が途切れ、個々の沈黙に陥った時。私は気づいた。





「確かに情報収集として活用することも視野に入れているだろう……外にある防護機も作動していない事も考えると、まあ、だいたいその辺だろうな。だが、それが本当だとすれば、機関の大博打(おおばくち)にも程がある」





機関。ファブリカから発せられたその単語から、そのような決定機関の傘下に騎士団があり、(すなわ)ち騎士団は機関の決定に従う義務があるのだと意識し始めていた。王国の確かなる意図は不明であり、そして目の前から今も尚迫りつつある得体の知れない浮遊物体など、分からないことが多すぎる。私は考えられる一つの理由として、「情報収集の可能性」を挙げたが、決して絞らなくても良いのではないかという考えが頭の中を駆け巡っている。



しかし、その事を先程のように声に出すことはしなかった。



……上部に目をやり、その視界に捉えたものをぼんやりと眺める。王国の内部は、円形に広がる城壁の端から端までを結界が完全に覆っており、それはこの城壁上にも存在している。私は何を思ってか結界を茫然(ぼうぜん)の中で確認している。



上を見れば……。街全体を覆うような「結界」という半透明の(スクリーン)が張られているという事実。人が住まう環境、守るべきものを前にして、敵の得体さえ知れないものを排除しないでいるというのも……危険性(リスク)が高いように思えた。


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