026.視認/騎士
────光の点が拡張し、それは横線を引くようにして地平線に広がる。
本来そこにあるべきものが押し出されるかのような不思議な感覚。圧縮されたものを急激に解放した時のように、私は衝撃をこの身で受けた。先程まで何も無かった地平線に。突如として無数の馬車と飛行物の集合体が現れる。
空を覆うように飛ぶ魔術士。盛大に土煙を舞い上がらせながら進む魔術駆動車群。それらが横一列に並びながら進んでいる様子から、正しくこれが、先程に情報収集をした「魔導部隊」なのだと認識させられる。
「……御出座しみたいですね」
「……だねー」
そのような光景に驚きを隠せないでいるのは、私達だけではなく。城壁にて守りを固めている駐留騎士達も同様の反応をしている。騎士達の中には現れた魔導部隊を目にして、固唾を呑むようにしている者や、目を丸くさせて驚いている者もいれば、あるいはそれを見て、嘲笑している者さえいた。
そんな城壁の様子を一瞥するだけで、現実として示された光景が彼らにとってどのようなものなのか……その中身の部分が自ずと伝わってくる程であった。……だが、光の拡張と共に現れた魔導部隊を目にしたのは、壁に沿うように並び、仰々しい佇まいの騎士達だけではなかった。
私は、城壁から頭一つ抜けた昇降機のような柱の辺りにて環境を見渡す。そこで、いつしか騎士達が、その異様な光景に強調するかの如く四方八方から集まり始めているのに気づいた。
「……なあ、帝国の割には随分とお粗末過ぎやしないか?」
反応や装備などを比較し観察しているうちに……。私の位置から見て、右少し前の方に最前列から離れた人集りが出来ていた。声が大きいのか陽気なのか。会話がこちらまで聞こえてくる。
「ああ……報告があってから最優先に動いた結果、もうこっちは迎撃の体制を整えられるくらいの状態だってのに、それでも奴らが引き返さない理由が分からないな!」
「だよなぁ、明らかに完全防備固められてて、無理だって一目見りゃ分かんのに、帝国のやつら、どうしたね?」
「……それも引っかかってる要因の一つでもあるんだな!」
確かに、既にこの場所から魔導部隊が確認出来るという事は、相手も同じようにこちらの様子が見えているはずだ。当然。王国に結界が張られている事も、ましてや城壁内で待機しているこの人数についても分かるはずだ。そして彼らは、この光景を見て察するだろう。……もう既に、攻撃が悟られていると。
彼等の目的は宣戦布告なしの攻撃、つまり奇襲の遂行であるが、その時点でその目論見は頓挫したと気づくだろうし、遂行不可と判断するはずなのだ。騎士達の言うように、今から攻撃を仕掛けるという相手側に情報を知られ、尚且つ万全に待ち構えられている事が分かるという絶望的なこの状況で、未だその進行を止めないというのは、些か奇妙ではある。
会話にも不可解な点は幾つかあるが、仮に彼ら魔導部隊の目的が奇襲そのものではないとするならば、その目的は自らの姿を露見させても何ら支障はない。寧ろ、その姿を表すことに意味があるものなのか。その答えも、もうすぐ始まるであろう変化にて分かるかも知れない。
今や現れた魔導部隊の姿を目にしようと、どこからともなく増え始めた騎士達が駐留騎士の列の背後で前へ前へと詰め進む特異な光景が作り出されている。既に城壁の上は当初からの騎士群と、へーネル団長のように召集をかけられたであろう騎士群がおり、一瞥した限りで確認出来た、その人達の装備の違いを見れば、この城壁上に何種類かの騎士団の存在が判別出来る。……そうした後に目にしたのは駐留騎士達と、後から来たいくつかの騎士。
────そこで、私は違和感を覚える。
視界に入っていた異なる騎士達の格好。そこから私は、その所属する騎士団の数を把握していた。また、装備の統一具合からある程度の所属を判別することが可能であり、騎士団ごとに統一された装備が異なる。それは誰が見てもすぐにでも分かるような違いである。
私はそこで、この城壁の上を見渡すようにして視界を広げると、城壁上に駐留騎士の騎士団、後から来た騎士団の二種類の格好が存在している事に気づく。私の視界には現時点で二つの騎士団が同時に確認出来、それぞれ異なる装備を身につけながら、迫り来る魔導部隊を臨んでいる姿が映し出されている。
……壁上に二種の騎士団の存在が明らかになったが、同時にそれを理解することで頭を支配される様な違和感の正体に気づいてしまう。
格好の異なる二種類の騎士。一目見れば分かる様な違いに気づき、それを目にした時に感じた違和感。それは、この場所にトーピード魔導騎士団と同じ格好をした騎士は、イラ・へーネル、ファブリカ以外見当たらないことなのである。昇降機のようなものに乗って壁上に降り立った時から、城壁上に駐留している騎士は広大な円形をした城壁に沿うようにずらりと配置されており、その人数は計り知れないほどであった。また、魔導部隊の姿が見え始めた辺りから、城壁の上に姿を見せた騎士団の数もかなりのものである。
最初からいた騎士団と、後から来た騎士団の二つの騎士団がこの城壁上にいる訳だが、ここで、ほんの些細な憶測が記憶を織り交ぜながらに浮かぶ。
《イラ・へーネルは魔導騎士団の団長であり、ここに存在している騎士とは異なる「一角」であるはずだ》
しかし、トーピード魔導騎士団を視界に捉えている二つの騎士団と比べた場合、騎士の数が圧倒的に少すぎることに疑問を抱かざるを得ない。後から、実はトーピード魔導騎士団は大多数いる、と言われても私は、すぐには信じられないだろう。
人数が仮にいるのならば。あんな広い洞窟で、たった三人で護衛はしないはずだ。だが、それで護衛が務まるのはイラ・へーネル、ファブリカ、ダルミの三人で事足りるからであると言われてしまえばそれまでである。それを踏まえて疑問は彼女らが少数精鋭、別動部隊なのか、はたまた三人こそが魔導騎士団そのものであるのかという二つに絞られる。
私は目にしたものから発生したあらゆる違和感を胸に抱きながらも、いつの間にか落ち着いた人集りに意識を向ける事にした。城壁に沿うようにして敵魔術士群の進行を見ている騎士団は、ある程度それぞれが定位置を見つけることによって落ち着いたが、そこから溢れた他の騎士達は壁の後方で集まり、人の塊を所々に形成させていた。
その「所々」には、私とファブリカのいる柱周辺も含まれている。騎士は最早、敵の進行やら、それを捉える見物人と化している。そして、胸に抱いた違和感という入り交じった混沌なるこの場所で、いずれ起こるかも知れない何らかの動きを逃すまいと、備えていた。……隣に並んでいるファブリカとこの場で待機をしていると、どうやら彼女が、何かに気づいたようである。
「あ、へーネルさん!」




