025.結界/再来
「そうしたらーまずはー、あれをー見てみてくださいー!」
ファブリカは私の背に向けて指を向ける。そんな彼女を目にした時、先程体験したばかりの異質な存在を思い出す。今は背にしている扉の方向。私の肩を通り抜かしたその先に広がっているであろう何か。それを指定している彼女……。
もう一度。振り返ってあの場所を目にしなければならない……。そう思うと、少しばかり身構える。しかし。天真爛漫な様子で示し続けているので、恐る恐るではあるが、行動に移る。
「あれは……」
────視界に映った信じ難く印象的な光景に、自らの目を疑った。
私の背後には……正確に言えば背面中央には。広大な範囲に広がる円形に建てられている城壁から街にかけて針のようにも見えたいくつもの棒が伸び、その一つ一つが半透明の幕のようなものを支えながら王国内部を覆っている光景が存在していた。
薄幕は街を歩いていた時には存在していない。故に、今この場より、生成されていたことを知る。また、その半透明は棒から始まり、街へと近づいていくにつれて撓んでいるので、全体の形状としては正に椀状のものであった。
城壁の上。その場から光景を捉える私は、釘付けになったまま現状の位置にて留まる。そして。街を唐突に覆った半透明のそれに向かって、指を向ける。
「これは……?」
「これはー対魔術防御結界だねー! これがあるおかげでー街への魔法攻撃の侵入を防げるのだー」
「対魔術防御壁の次の……これが、その対魔術防御結界というものなのですね」
その言葉を聞いてから、「対魔術防御結界」という、まるで日除けの天幕の様な存在から視線を彼女の方へと向ける。
「……壁は先程実行され、これが街の上空に張られたということは、つまり……」
「うんうんー! 私達の情報は迅速に伝わったみたいだねー。その情報の信用性を証明するー……ううんー、正確に言うとねー、私達の存在はーこの後のー動きをとるべきかどうかの判断する材料ってことなんだよー」
「防御壁に結界が使われたのは、いわば当たり前のことだということですか?」
「そのとーり。後の行動はー審議が必要よねー」
「後の行動ですか」
「攻撃するかー、しないかー」
「攻撃の危険性に迅速に備えておけば、後の対処は問題なく、その後実際に攻撃があった際の判断基準が情報。つまり伝令なのですね」
「うんうんー! その為に、ここまで来たのだー」
ファブリカの言葉を聞いて、この場に着いてから意識する事の無かった城壁の様子を目にする。椀状に広がっている結界といい、この城壁内の緊張感から大きな変化と任務の終盤を思い知らされるような気がした。
「……ここまでくれば、私達の役目は終わりに差し掛かっていることになるのでしょうか」
「いえいえー、何をおっしゃいますかー! まだまだー、寧ろーこれから忙しくなるんだよー……」
「……ですよねー」
「うんうんー! それにーあの部隊は未だにー、先制攻撃を仕掛けるつもりだからー」
ファブリカは唐突に言葉を詰まらせる。そして、何かを考え込む様に、彼女は少しだけ空を見上げる。
「ファブリカ、オネスティ。よくやったな、ご苦労。後の報告はこちらで引き継ごう」
────刹那、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
絶対に忘れることのない声。その気配を察知することすら出来なかったことに、私は驚かなかった。
「へーネル団長ー、間に合ったんですねー! ……それで基地は────」
「ああ、抜かりないぞ。ダルミは移転先で防衛任務に当たっている。それに私は招集……いや、いわゆるお呼び出し、ってやつにだな……」
その言葉の後。イラ・へーネルは突然首を曲げ、物凄い勢いで私のことを見る。
「まあそれも、今は待機の指令が出たままであるから……大きな動きがない限り、我々の出番はないだろうが……な」
豪快に腰に手をかけ笑ったイラ・へーネルはその後。同じく城壁の上にいたと思われる鎧の人達に呼ばれていたので、彼女とはすぐに別れる事になった。
「それで……今は待機状態、でしたっけ」
先程、部隊長から聞いた待機状態という情報について。ファブリカと同じ様に城壁の内側から結界で覆われた空を見ながら今一度、聞いてみる事にした。
「そうだねー! 今のところは、って感じだけどねー」
「これが、突破されなければ……でしたね」
「まあー、実際はー突破される前にー……。んー、そんな感じのー予兆が少しでもあればー、空に上がるのはー必須かなー。それまではー城壁の方達にー任せる任せるー!」
「そうですね……って、空って言いました?」
「言いましたー。あれー、今回はーあんまり驚いてないねー?」
「……この短時間であれだけ体験すれば嫌でも、ですかね」
「なるほどなるほどー。でも良かったねーオネスティーくん。空を飛ぶのはー、魔導部隊の出方次第で決まるそうだからー、ちょっとはー安心できそうだねー」
「いえいえファブリカさん。もう私はそんな淡い期待はもちませんよ。今も、またあの子にお世話になりそうな気がしてならないのですから……」
飛行の可能性。彼女の言い方から思うに、そこまで低くはなさそうだ。しかも、実際にこの目で見てきたあれらが、何の手も無しに、ただ直進してくるだけとは不気味にも思いたくない。
「……そろそろ、かなー?」
上方に熱い視線を送っていた彼女は、呟くように問いかける。唐突に、その場で二回ほど回転しながら振り返る。結果、先程まで見続けていた結界を背にする。そして。彼女はそこから目にすることの出来る外側の景色に向かって、すらりと伸びた腕を上げた。
「……?」
彼女の言葉を耳に残しながら。示されている街と背中合わせの方向を城壁の上から見る。その先に何があるのか。私は彼女が指し示す方角に視線を送り、その「指し示すもの」を決死で探したが、それらしきものを見つけることが出来なかった。
目を凝らしても視界に映らない。私は助けを求めるために一旦彼女に視線を送る。しかし。微かな自尊心にその動きを制御され、視線は元の場所へと舞い戻る。私はやっと。そんな一悶着の末に、彼女が何をもってそんな表情をしていたのか理解することが出来た。
────私の狭まった視界が捉えたのは、指し示された方向の遥か彼方。
微かに確認出来た、小さな一つの発光物であった。揺らめきもなければ、点滅もない、単なる光の点。見た限りでは発光物が何かは分からないが、決して見間違いなどではない。だが、それが、彼女の言葉が指し示すものであるのか、それが正解であると自信がなかった。
「もしかして……ファブリカさん。あそこにある白い点のようなものが……」
見当違いであることを恐れながらも、その光の点を指さしながら口にする。彼女は、そんな私の指先を横目で確認した後。指し示した方向に目をやった。
「そうそうーあれあれー! おそらくーあれがー、こちらに向かってくるー魔導部隊のー移動跡かなー……えーっとー、想像しやすいものだったらー、彗星ー? みたいなものかなー」
先程から見えていた小さな光の点。それが、あの魔導部隊の移動蹟だと聞いて、私は内心驚いた。なぜなら。あの丘から確認した一つ一つの人間や魔術駆動車などの多数が確実に、向かって来ていることが彼女の言葉から分かってしまったからである。もしや、再び空へ上がるのではないか。あの魔鳥に乗る確率が、この時より更に、上昇した気がした。




